第9話 師匠が使っていた模造刀
訓練を終えたシロウはネオンが渡してくれた水筒を呷る。よく冷えた水で喉を潤していると、ユリリカとアリシアも休憩に入るようで、こちらに近づいてきた。
「訓練と言っても軽いトレーニングばかりね。少し物足りないわ」
「最初はこんなものでしょう。これから段々と厳しくなるに違いありませんわ。まあ、わたくしは程々に頑張りますけど」
「あんたは呑気でいいわね」
水筒に口をつけたユリリカは、座り込むシロウを見下ろす。
「あんたも物足りないんじゃない?」
「そうでもない。西洋の剣だと模擬戦もできそうにないからな」
「支給武器に刀はないのかしら?」
「見たところ、無かったな」
シロウは壁に立てかけた魔導剣を見る。
学院にいる間、この剣を延々に振り続けるわけにもいかない。どうにかして訓練用の刀を調達したかった。
「学院長様なら、どうにかしてくれるかもしれないね」
ネオンの言葉にシロウは頷く。
「そうだな。一度クーデリアに話してみるか」
「なら解散しようか。そろそろ良い頃合いだし」
ネオンが授業の終わりを告げ、一同は訓練所を出た。
シロウは校舎に戻り、学院長室に向かった。
獅子の紋章が描かれたドアをノックすると、クーデリアの声が返ってくる。入室してもいいとのことなので、遠慮なくドアノブを捻った。
「シロウくん、どうしましたか?」
「訓練用の支給武器についてだが、刀はないのだろうか? 東洋人の師匠が在学していたのだから、あってもおかしくはないと思うのだが」
「そのことですね。実はとっておきの模造刀があるのです」
クーデリアに連れられ、とっておきの模造刀とやらが保管されている別室へと向かった。
そこはクーデリアの私室のようで、学院長室よりも遥かにプライベートな空間だった。ソファに置かれた狼のぬいぐるみを横目に、クーデリアが模造刀を出してくれるのを待った。
「これが、リンカ先輩が在学中に扱っていた模造刀です」
「ほう……師匠が使っていたのか」
差し出された模造刀を受け取り、ゆっくりと抜刀する。
刀身は磨き抜かれ輝きを帯びている。刃は無いために訓練で扱っても問題なさそうだ。
「支給武器として登録されてありますから、心置きなく使ってください」
「ありがとう。それにしても、なぜ自室に仕舞っていたんだ?」
「リンカ先輩の愛用品でしたから、大切に保管してあげたくて……」
照れくさそうに理由を説明するクーデリアだった。
かつて師匠の愛用していた模造刀を腰に差したシロウは、クーデリアの自室を後にする。
特別クラスの教室に戻ると、エーデル姉妹とソーニャがいた。
アリシアが近寄ってきて、シロウの腰に視線を向ける。
「どうやらシロウさんだけ特別な武器を貰ったようですね。ずるいですわ」
「この刀も支給武器の一つらしい。何もずるくはない」
「ぐぬぬ……わたくしも早く専用の武器が欲しいですわ。星辰器とやらは、まだ支給されないのでしょうか」
特別クラスの生徒専用の星辰器は未だに調整中であり、支給されるのは来月辺りになるのだとネオンに知らされている。アリシアは早く自分の星辰器を使いたくて落ち着かない様子だった。
「刀を貰ったのなら、模擬戦もできそうね」
「お姉様はシロウさんとやり合いたくてムラムラしているのですね」
「変な言い方しないで。単純にシロウの実力を知りたいだけよ」
ユリリカは妹の頭を小突き、シロウに不敵な視線を向ける。
「東洋人の田舎者がどれだけやれるのか試してみたいのよ。まさか私の頼みを断るなんてないわよね?」
「いきなり悪役令嬢みたいなことを言い出しましたわね」
「うるさい黙れ。今はシロウと話しているの」
「ご、ごめんなさい……怒らないでくださいませ……」
怖気づく妹を無視したユリリカが睨んでくる。
こちらの実力を知りたいのは本当のようで、わざと好戦的な態度を取っているのだろう。シロウは溜め息を漏らした。
「そう急かさずとも、そのうち模擬戦をする機会もあるだろう」
「……つまらない男ね」
そう吐き捨てたユリリカは、それ以上は何も言わず自分の席についた。離れていたアリシアが駆け寄ってきて、ひそひそと耳打ちしてくる。
「ああ見えてお姉様はシロウさんに興味津々でしてよ。気になる殿方にはツンツンしてしまう素直になれないお方ですから、どうか嫌わないであげてくださいませ」
「この程度で嫌うなど有り得ないが……気に留めておこう」
席に座り机に頬杖を突くユリリカは、いつもの冷めた無表情に戻っていた。再び話しかけるのもはばかれたので、シロウは次の授業が始まるまで、机に突っ伏して寝ているソーニャを眺めるのであった。
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