第8話 学院生活の始まり

 一夜が明け、本格的に学院生活が始まる。

 教室の椅子に座るシロウは、ネオン教官の話に耳を傾けていた。


「教育内容については他のクラスと大きく変わりはないんだけど、いくつか特別クラス特有の授業があるの。星辰器の扱いを習って訓練するのも一つの授業内容だね」


 それともう一つ、とネオンは続ける。


「隔月に一度、遠征実習が行われるんだ。特別クラスの皆は他のクラスとは違った場所に行って実地訓練をしてもらうから、覚悟していてね」


 騎士見習いとして各地に遠征し、実習内容をクリアすると単位が貰える。要するに隔月ごとに行われる試験だった。


「それと、アルセイユ騎士学院にはバディ制度があって、学年問わず好きな相手とバディを組むことによって様々な特典が得られるの。良ければ皆も学院生活におけるパートナーを探してみてね。もしバディを組むことになった場合は私に申請してくれると受理するので」

「バディ制度は前々から聞き存じておりました。そして実はわたくし、すでにバディの相手を決めていますの」

「アリシアさんは積極的だね。ちなみに誰と組むつもりなのかな?」

「ふふ、それは決まっているでしょう」


 アリシアが横目で見たのは、今日も眠たげに目を細めているシャルンだった。アリシアの視線に気づいたシャルンは首を傾げる。


「えっと、よく聞いてませんでした。なぜアリシアさんは私を見つめているのでしょう」

「教官の話はきちんと聞くものですよシャルンさん。それはともかく、わたくしはシャルンさんとバディを組みたいと思うのですけど」

「バディとは?」

「本当に全く話を聞いてなかったのですね……」


 ネオンが再びバディについて説明すると、シャルンはアリシアに向かって頷いた。


「そういうことなら、私は問題ないです」

「嬉しいですわ! わたくしとシャルンさんが組めば序列を駆け上がることだって余裕ですわよ!」

「序列とは?」

「わたくしも詳しくは知りませんが、アルセイユ騎士学院には序列制度があるらしくて。ネオン教官、説明を願いますわ」

「あはは……まるでアリシアさんが授業を進行させてるみたいだね」


 教官の話をそっちのけで自分の知りたいことを質問するアリシアである。フリーダムなお嬢様の要望をネオンは聞き取り、序列制度の説明をする。


「序列は生徒全体のランキングと捉えてもらって構わないよ。成績や能力評価に応じて順位が上がっていくの。最初は生徒全員が参加させられているけど、もし順位付けされるのが嫌なら言ってね。序列から外してもらうのも可能だから」

「生徒ランキングなのですね。優秀なわたくしは、やはり上位に入っておりますよね?」

「アリシアさんは現在50位付近に入っていたね。入学試験の結果だけでここまでの上位に食い込むのはさすがとしか言いようがないよ」

「ふふっ、わたくしならば当然ですわね!」


 教官に褒められて嬉しいのか、アリシアは笑顔で胸を張った。

 シロウは順位付けに大した興味はない。ただ、一位の生徒がどのような強者なのかは知りたかった。


 アルセイユ騎士学院に所属する者は過酷な入学試験を乗り越えた精鋭ばかりだ。その中の頂点に立つのは、とてつもない実力者なのだろう。その者に挑めるのならば、序列を上げるのも良いかもしれない。


「学院制度の大まかな説明が終わったところで、さっそく訓練でもしようか」

「訓練所があるんだったか」

「うん、校舎の左にある別棟が訓練所だね。まずはそこに行こうか」


 ネオンの引率で特別クラスのメンバーは訓練所に辿り着いた。

 無機質な白い壁に囲まれた大部屋には、ネオンの言った通り様々なトレーニング機器が設置されていた。


 すでに他クラスの生徒たちが訓練に励んでいる。ネオンは他クラスの教官と話し合い、訓練エリアを分けてもらう。


「機器は取り合いにならない範囲で好きに使っていいよ。模擬戦をする場合は訓練用の装備を使うのが義務付けられてるから注意してね」

「訓練めんどくさーい……ソーニャは寝てていい?」

「今は授業中なのでダメだよ。軽く動くだけでもいいから、頑張って」

「えー……じゃあ、あれやる」


 ソーニャが指差した方向には射撃訓練用のエリアがあった。

 防弾仕様のパネルで仕切られた射撃ポイントがいくつかあり、前方には的が設置されている。


「えっと……どうして射撃訓練が良いのかな?」

「撃つの楽しそうだから」

「ソーニャは銃使いというわけではないのだな」

「うん。ソーニャは前に出て戦う系」


 問いかけたシロウにソーニャは気怠そうな表情で頷く。

 近距離戦の訓練を今更やる必要はないと思っているのか、それとも単に動くのが面倒なのか。ソーニャは魔導長銃を持って射撃訓練に移った。


「では、わたくしは適当に準備運動でもしましょうか。あまり動き回っては制服が汗で汚れてしまうかもしれませんし」

「あの狼っ娘と同レベルのサボり魔よね、あんた」

「別にサボるつもりはありませんわ! 準備運動も立派な訓練の一つですし!」

「そうかしら?」


 エーデル姉妹も適当に訓練を始めた。

 シロウは何をしようかと訓練用の機器を眺める。


 学院敷地内において真剣の所持は基本的に認められていない。ゆえに今のシロウは刀を持たず手ぶらだ。

 徒手空拳の状況で一体どんな訓練をすればいいのか途方に暮れていると、ジェシカが声をかけてくる。


「シロウくん、これなら剣の訓練もできるんじゃないかな」

「これは、魔導剣か」


 訓練用の支給武器の一覧に並べてあった西洋風の長剣を手に取り、掲げてみる。刃は細長い三角形で、魔力を注ぎ込むための動力コアが柄部分にはめ込まれている。使った経験のない武器だが、振るだけならできるだろう。


「感謝する、ジェシカ。これなら何とか扱えそうだ」

「良かった……シロウくんは東洋人だから、西洋の武器には慣れてないんじゃないかと思ったから」

「わざわざ俺が扱いやすそうな武器を見つけてくれたのか?」

「えっと……そ、そういうわけじゃないけど」


 どこか恥ずかしそうに顔を逸らすジェシカに、シロウは再び礼を言って訓練を始めるのであった。

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