第7話 同級生たちとテーブルを囲む

 リンカに一日の報告をすると、彼女はいつもの柔らかな笑みを浮かべた。


「どうやら無事に学院でやっていけそうですね」


 まるで息子の門出を祝福する母親のような師匠である。

 リンカは時折、慈愛に満ちた表情をシロウに向ける。弟子を本当の息子のように思っているのだろうか。


「特別クラスとやらに配属されたのは意外だったがな」

「私が在校中の頃にも似たようなクラスはあったのですよ。特待クラスといって、優秀な子だけが集められたクラスでした」

「優秀であることが条件ならば、師匠も特待クラスだったのだろうな」

「そうですね……学院長に半ば無理やり加入させられて」


 リンカは自分が特別な存在だとは思っていない。

 たまたま剣術と相性が良く、師に恵まれたゆえに剣聖とまで呼ばれるに至った。ただそれだけのことだと謙遜する。


 同じく師に恵まれているシロウからしてみれば、自分はとてもじゃないが彼女の領域にまで達せられる気がしないので、やはりリンカには特別な才能があるのだと思うのだが。


「クーデリアとはライバルだったと聞いたが」

「ええ。彼女もまた特待クラスに所属していて。私はクーデリアとバディを組んでいました」

「バディ?」

「アルセイユ騎士学院におけるパートナー制度のことです。好きな相手とバディを組むと闘技大会に参加できたり、学院側から様々な支援を受けられるんですよ」

「なるほどな。師匠はクーデリアとバディを組み、切磋琢磨していたのか」

「その通りです。彼女は大切なパートナーであり、共に剣を交えたライバルでもありました」


 昔を懐かしんでいるのか、リンカは遠い目をしながらシロウに向かって呟いた。


「あなたも誰かとバディを組んでみると良いでしょう。きっと掛け替えのない相手になるはずです」

「念慮しておこう」


 バディを組む相手は、まだ想像すらつかない。

 何はともあれ学院生活を無事に始めることからだ。


 シロウはリンカに見送られ、荷物を持って寮に戻った。

 自室に荷物を置いてダイニングに顔を出せば、自分以外の特別クラスの生徒たちは揃っているようだった。


「あ……おかえりシロウくん。もう少しで夕食ができるから待っててね」


 キッチンのほうからダイニングにやってきたジェシカはエプロンを着ていた。寮生活の初日は彼女が食事当番であり、キッチン方面から漂ってくる香ばしい匂いに食欲をそそられる。


「なんて可愛らしいお姿なのでしょうか……健気な幼妻という感じで最高ですわ」

「あんたね……同級生をそんな目で見るのやめなさいよ」


 目を輝かせてジェシカを凝視するアリシアにユリリカが呆れている。

 ジェシカは特別クラスの中で二番目に年齢が低く、ともすれば幼女に間違えられそうなほどに小柄で華奢だ。気弱なのか頻繁にうつむきがちな目も相まって庇護欲をそそられる容姿である。


 それにしても、アリシアがジェシカにそういう視線を向けるとは思わなかったので、シロウは少しだけエーデル家の次女に親しみを抱いた。


「可愛らしいと言えば、ソーニャさんもそうですが」


 静かに呟いたのはシャルンだ。彼女はラフな私服に着替えており、スカートの裾から生脚を伸ばしてダイニングテーブルに座っていた。


 当のソーニャも椅子に尻を置いてテーブルに突っ伏している。

 よく眠る子だと思い、シロウは腕を組みながらソーニャを見下ろす。


「ソーニャは学院の生徒の中で最年少だったか」

「確か十三歳かと……若いですね」

「お前も若いだろう、シャルン」

「そうですか?」


 シャルンはシロウやユリリカと同じ十七歳だ。年寄りを気取るには若すぎる。

 とはいえ年長組ではあるので、年少組のジェシカやソーニャを可愛がっている様子があった。


「シャルンさんとは気が合うようですわ。まあ、過去に何度かお逢いしていた頃から同志だと分かっていましたけど」

「初対面じゃなかったんだな」

「同じ三大貴族ですもの。エーデル家のアリシアとアイゼンベルク家のシャルンと言えば、貴族令嬢の中でも最優秀レベルの聖騎士候補ですわ!」

「ただの自称なので真に受けるんじゃないわよ?」


 得意げに鼻を鳴らし豊満な胸を張る妹に呆れた姉がシロウに忠告する。

 アリシアとシャルンが優秀なのは、シロウもなんとなく肌で感じ取っていた。他の面々も同じく特別な才を持っているだろう。その中でシロウが一番に可能性を感じたのは、他ならぬユリリカだった。


「できたよ。上手く作れたか分からないけど……」


 おずおずとジェシカが夕食の完成を告げる。

 腹を空かせていたシロウはジェシカに礼を言い、テーブルについた。

 寮生活の初日にて、特別クラスのメンバーは夕食にありつく。


「おいしい……ジェシカ、料理じょうず」

「そ、そうかな? ありがとうソーニャちゃん」


 先ほどまで寝ていたソーニャが目を輝かせてハンバーグに齧り付く。

 ジェシカは自分が調理した食事を褒められたのが嬉しかったのか、ソーニャに向けて微笑んだ。


「本当に美味しいですわ。これはお姉様も負けていられませんね。わたくしの舌が唸るほどの料理を作らないと皆様方が満足できませんわ」

「あんたが食べたいだけでしょう……」

「もぐもぐ……美味しいです」


 相変わらずボケるアリシアとツッコむユリリカ。そして周りの者たちを気にせず料理を口に運ぶマイペースなシャルン。彼女たちの様子を窺うシロウは、同級生たちとテーブルを囲むのも悪くはないと思うのであった。

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