ファウンド・フッテージ
西野ゆう
シモキタの公園にて
真夜中を過ぎた公園に、デジタル一眼レフカメラが落ちている。
カメラには手ブレ防止のジンバルが付けられていた。写真というよりも、動画を取っていたのだろう。
シモキタという街にいて、私は何か感覚をおかしくしてしまっているのだろうか。カメラを少しだけ持ち上げると、私はそこからフラッシュメモリーカードだけを抜き取った。そこに罪悪感はない。
地面で寝ている男のリュックから、中に入っているタブレットを取り出す。そして、スロットにメモリーカードを、イヤホンジャックにイヤホンを挿した。
メモリーカードの中には、システムファイル以外は動画のファイルがひとつだけ。
自動でファイル名に設定されたであろう数列が、ほんの数分前に撮影されたものだと物語っている。
私は、動画のファイルをタップし、立ち上がった画面の真ん中に表示されたボタンを、迷うことなくタップして映像を進めた。公園の真ん中が、小さな映画館となって、私のタブレットが見知らぬ者の作品を映し出した。
「いよいよクライマックス? っていうか、エンディング? が近いっつうやつ? イッちゃう?」
酒が入っているのだろうか。それともシラフでこの口調なのか。全ての語尾が上っている。私は最初の五秒で苛立ちを覚えた。
映っているのは髪の長い女の後ろ姿。
ニットのチューブトップと、スキニージーンズは、赤いピンヒールが主人公であると言っているように見えた。
その女も、やはり苛立ちを隠さず振り返った。
いや、苛立ちどころか、怒りに溢れた顔だ。
だが、その怒りは、先程のイヤな喋り方に向けられたものではなかった。
「どうして私よりあんな女が良いの?」
女は振り返りはしたが、カメラの方を向いていない。カメラの僅かに左上を見ている。
「田舎から出てきた世間知らずのお嬢さん。そんなあの女の方が自由に出来ると思った?」
カメラを持った男は何も答えない。ただ、女はなにか聞こえたかのように表情を変えた。怒りから徐々に悲しみへと変わる表情。
「なんで……。なんでそんなこと言うの? 私のことなんかどうだって良いくせに!」
カメラが女の目元に寄る。派手な服装の割に化粧っ気の少ない女の頬を、透明な涙が流れる。
その涙を手で拭った女は、「もういい」と言ってカメラに背を向けた。そして早足で公園を通り抜けようとした。
だが、その背中にカメラが迫る。
「もういいって言ってるじゃない!」
女が肩に伸ばされた手を払いのけた。
その拍子に、カメラに手が当たり、画面が大きくブレた。
「ちっ、今のはねぇわ。素人かよってんだ」
画面の下の方から脚が伸び、女の裸の腹に膝が入った。
「うぐっ!」
女が苦痛で膝をつく。
ここはシモキタだ。
カメラを持った男が女を蹴っていても、誰もが見て見ぬふりをしている。
「ちょいとシナリオ変えてみっか?」
地面にへたり混んでいる女の服を、片手にカメラを持った男が乱暴に捲り上げた。
ここはシモキタだ。
カメラを持った男が女に跨っていても、誰もが見て見ぬふりをしている。
女は当然抗った。
必死に伸ばした右手の先が、今日の主役に触れる。
なんとかそれを足から外し、右手で握りしめる。そして、女のジーンズのボタンを外そうと男の腰が浮いた瞬間、女が仕返しとばかりに膝を突き立てた。
それを股間で受け止めた男はとうとうカメラを落とし、その顔をレンズに晒した。
「クソアマ……がっ!」
男が最後に発した声は、女に向けた罵声ではなく、こめかみに突き立ったピンヒールが漏らさせた苦痛の呻きだった。
私は動画を止め、メモリーカードを抜き取った。イヤホンも抜き取る。
だが、男に刺さったままのピンヒールは抜き取らず、その横に、もう片方の主役を置いた。
別れの言葉を書いた紙の上に、メモリーカードを乗せて。
ここはシモキタ。
真夜中に男女が倒れていても、その傍にカメラがあれば、誰も何も気にとめない。
ファウンド・フッテージ 西野ゆう @ukizm
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