第28話 能力のひとつ

 酷い現場だ。


 床一面に血溜まり。


 壁にも、血だけではなく……肉の破片があちこちに貼りついている。まだ肉も血も新しいが、次第に固まっていくようだ。それが実に生々しい。



(……翠羽みはねに見せなくて、正解だ)



 僕は、乃亜のあさんの案内で特殊牢のところへと案内されたが。僕が来て、調査しやすいように……現場証拠はそのままとなっていた。


 僕が、これまで請け負った仕事の経験がなければ……薄れているとは言え、血と腐肉の臭いで吐いていただろうが。生憎と、経験のお陰で不快には感じるが……そこまでは至らない。


 しかし……あの子はそうとは限らない。足の一部は取り戻しても……記憶がほとんど無くとも、この惨状に耐えられるとは思えないのだ。まだ成人していない……幽体でも少女だ。


 驚く以上に、逃げ出したいとも思うかもしれない。そんな嫌な思いはさせたくないのだ。



「私が署に戻った時には、既にこの有り様でした」



 乃亜さんは透明人間なので、表情などは見えないが……悔しそうにしている声だけは聞き取れた。


 せっかくの、『魍魎もうりょう』の幹部候補の確保もだが……ここまで悲惨な事態を、『呪い』でその地位にいる輩にも施すのが許せないと思ったのだろうな。


 僕でも、それは同感だ。


 どこまで……性根が腐っているんだ。


 翠羽まで……巻き込んでいる時点で、僕は十分に憤怒の感情は覚えているが。



「……乃亜さんが戻ってすぐですか?」


「ええ。署に入ってすぐのようです。部下のひとりが慌てて知らせてくれました」


「……それで僕を?」


「……お願いします。蘇芳すおうで探っていただけませんか?」


「……たしかに、琥珀こはくだと分野外ですからね」



 出来なくもないが、ここまで悲惨な状態だと……水晶では限界があるだろう。


 僕は中に入らず……力を吸収する鉄格子だけ解除してもらい、両手を血溜まりに向けた。


 瞳から力を身体全体に巡らせ……手に集めていく。


 手が熱くなっていくと、手の構えをスコープのようにして……僕の顔の前に持ってきた。



『ぐああああああああああ!!?』



 スコープ越しに、だんだんと見えてきた。


 見たくもない、スプラッターシーンのような映像だが。


 翠羽の右足を利用しようとしていた奴が……身体が異常に膨らみ、風船が割れるかのように、肉や骨が弾けていった。


 その時間を少し巻き戻してもみたが、妨害されているのか……映像はそれより前に動かない。


 仕方がないので、僕はスコープを包むような構えに変え……しばらく動かないでおく。



「……とりあえず、この記録だけ」



 乃亜さんの前に差し出したのは、一本のUSBメモリ。蘇芳の能力があれば、多少はこういう電子機器に変換出来るのだ。


 乃亜さんは、手袋をはめ……僕のつくったメモリを大事そうに受け取ってくれた。


 その後に、部下らしい刑事のひとりを呼び……メモリを鑑識に渡すように指示した。



「翠羽さんの事も含め、我々は全力で協力します」


「僕も、力になります」



 単純に、魍魎から翠羽の身体のパーツを取り戻す。


 それだけでは済みそうにないのが……色々辛い。


 幽体になる前の、行方不明の期間。


 あの子に、何があったんだ?

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