第8話 みゆきのキモチ

スキンヘッドのおじさん(タカシさん)が、駅まで送ってくれた。おばさんと妹のミワさんが送迎バス(ただのワゴン車)を見送ってくれた。おばさんは昨日来たときよりさらにステキな笑顔で手を振ってくれた。ミワさんは茶色っぽいロングヘアで、今まで気がつかなかったがキレイな人だ。


タカシさんは駅前のロータリーに車を止めると、素早い動作で回ってきて、ドアを開けてくれた。こういうところはプロらしくちゃんとしてる。


「来てくれてありがとネー。よかったらまた泊まりにきてくなんネー。」


ニコニコと愛想よくお礼を言われた。スキンヘッドだがなかなかの男前だ。今日は車の中もちゃんと掃除されてて、雅美も文句を言わなかった。


電車を待ってるのは私たち5人だけで他に誰もいない。駅は閑散としていた。駅前の店は今日も閉まっている。もう営業してないのかもしれない。


来たときと同じで、ミンミン蝉の鳴き声だけが響いている。


雅美:「なんかあっという間だったけど、よかったね」

マリ:「そうですね。いろいろありましたけど」

雅美:「マリ。いろいろってナニよ?」

マリ:「いろいろはいろいろです」


マリが私の顔を見て言った。


私は黙ってマリとアイコンタクトして笑った。


雅美:「なんだー? まだ二人だけの秘密があるのかー?」


雅美が不満そうにふくれっ面をした。


先輩二人は相変わらず仲の良さを見せつけてくれてる。

知ってしまうと普通に話してるだけなのにラブラブに見えてしまう。


15分ほど待つと時間どおりに電車が来た。

日本の電車はこんな田舎でも時間どおりに来る。

外国人はこういうところに感心するのかもしれない。


券売機で切符を買って電車に乗る。ワンマンカーだ。

いちおう2両編成だけど、私たち以外の乗客は3人だけ。

雅美が窓側、私は通路側、通路をはさんでマリが座った。

先輩たちは当然二人で並んで座っている。

車内はガラスキなので、先輩たちの2つ後ろの席にした。



電車が発車した。

雅美は窓の外を眺めている。

ちょっと疲れたのか、それともイツキのことでも考えてるのか。

おみやげに『むしまんじゅう』ではなく、自家製ソーセージを持っている。

棚橋家では『おみやげを買うのがしきたり』なんだそうだ。


ほんの10分もすると雅美が窓にもたれて寝てしまった。

雅美なりに『いろいろあって』疲れたのかもしれない。

というより、雅美はいつでもどこでもヒマさえあれば寝てる。


マリ:「ねえ、みゆきさん。こっち」


通路を挟んで座っていたマリが窓側に寄って席をあけ、手招きした。

私は雅美が起きそうにないのを確かめてから、マリの隣りに席を移した。


マリ:「みゆきさんの話を聞かせてもらえませんか?」

私:「え? 話って?」

マリ:「初恋ですよ。みゆきさんの」

私:「そうだねー。初恋とかいうのはないんだけどなー」

マリ:「ずるいですよ。自分だけ秘密だなんて」


マリが期待に目をキラキラさせて迫ってくる。


私:「困ったなー。ほんとにないんだけどな。そういう系の話は」

マリ:「ヒトを好きになったこと、ないんですか?」マリが目を見開いている。

私:「ないことはないけど、私のはそういうんじゃないのよ」

マリ:「じゃ、どういう系なんですか?」


私はマリにじっと見つめられて、恥ずかしくなって目をそらした。

この子は子供みたいにじっと目を見て話してくる。


私:「私のはね。初恋とか、そういうのとはちょっと違うと思う」


マリの視線を感じながら、私は『彼のこと』を話すことにした。

話したほうが少し自分の気持ちが軽くなるかもしれないと思ったから。


私:「今朝さ、付き合ってるヒトはいないけど、友達ならいるって言ったでしょ?」

マリ:「はい。」

私:「私のは、その、友達。 そう、トモダチなんだよ」


マリは真剣に聴いている。


私:「年下なの。3つ年下。まだ高校生なんだよ。だから、トモダチ」

マリ:「そんな。恋するキモチに年の差なんて関係ないですよ」

私:「そうかもね。彼もそう言ってる。でも、トモダチなんだよ」

マリ:「みゆきさんは、その、彼に、恋してないってことですか?」

私:「どうかな。彼と一緒にいるとすごく楽しいし、ずっと一緒にいたいって思う」


マリのほうを見るとマリがまっすぐ目を見て真剣に言う。


マリ:「じゃ、恋じゃないですか。それは恋ですよ。みゆきさん」

私:「そうなのかな。そうなるかもしれない。いつか。でも今はトモダチでいたい」

マリ:「好きなのに友達のままでいたいんですか? そんなのウソです」

私:「そうだね。マリの言うとおりかもね。マリのほうが恋愛歴は長いものね」

マリ:「そんな話してません。わたしは片想いですよ?告白されたんでしょう?」

私:「うん。私のこと好きだって。ずっと一緒にいたいって。真剣に言われた」

マリ:「みゆきさんは、どう答えたんですか?」

私:「私も好きって答えた。すごく好きって」

マリ:「なのに、友達のままでいいんですか?」


マリは自分のことのように悲しそうな顔をしている。


私:「私は彼のことが好き。だからキスもした。フレンチキスじゃないけどね。でもね。彼に好きって言われるたびに、なんか、罪悪感みたいなモヤモヤした感じ。しちゃうのよね。彼は私のなにが、どんなとこが好きなんだろうって思ったりもし」


マリ:「好きなるのに理由なんかないですよ」


私:「そうね。私が彼を好きな理由は何かってきかれても答えられない。好きは好き。理由なんてない。でも私が彼に感じてる想いは、恋じゃないと思う。恋ってさ、相手を独占したいって思うものじゃない? 私にはそれがないの。彼を独占したい思いが」


マリはちょっと首をかしげて聴いている。


私:「彼は高校生だけど、考え方もしっかりしてるし、はっきりした目標も持ってる。ただ外国に住みたいなんて考えてる私なんかより、人間としてよほどできてる人なの。一緒に話してても、3つも年下だなんて思えないくらい、いろんなことを知ってて。それだけじゃなくて、自分の考えを持ってるの。私よりずっと大人なのよ。彼は」


私:「でもさ。彼が立派だからこそ、私なんかと話してる時間、私は彼の貴重な時間を無駄にしちゃってるような気がするの。彼は進学校だし、部活も生徒会もやってて、1分だって無駄にできないような生活してるんだもの」


マリ:「でも、みゆきさんと会う時間も彼にとって大切な時間だと思います」

私:「彼もそう言ってる。私と会ってる時が自分にとって一番大切な時間だって」

マリ:「だったら」

私:「うん。マリの想いはよくわかるよ。でも私は、やっぱり彼を独占したくない。恋をするなら私じゃなくて一緒に勉強したり将来の目標を語り合えるような女の子。私なんかよりもっと魅力的で心もしっかりした子が、彼にはふさわしいと思うの」


マリ:「みゆきさんは、それでほんとうにいいんですか?」ため息をつくマリ。


私:「うん。でも、彼に恋人ができたら、やっぱり嫉妬するかな。少しは。でもいいんだ。ステキな恋人なら。私、彼を応援するつもり。これ、強がりじゃなくてほんとだからね」


マリ:「その人の他に、告白された人はいないんですか?」


私:「いたよ。でもさ。なんかみんな、私のこと何も知らないのに告白してくるのね。私とろくに話したこともないのに。一目惚れですとか。そんなのっておかしいじゃない?」


マリ:「私もわからないけど、恋ってそういうものじゃないですか?」


私:「そうかもね。『恋に落ちる』っていうものね。でも、私はそういうのはできないな。一目惚れってキモチがわからない。彼と親しくなったのだって、ボランティア活動で何度も同じ現場で一緒に働いているうちに、彼のこといろいろ知ってからだったしね。同じ目的のために一緒に協力して、頑張って汗流して、彼から個人的な相談も受けて、私もいろんな話をした。それがあったから私は彼を好きになったし、彼も同じだと思うの。一目惚れなんかじゃない。一緒に協力して苦労して助け合って過ごした時間があって、だから」


そこで私は言葉につまった。


「だから」


なんだって言えばいいんだろう。

トモダチ? 親友? それとも・・・


マリ:「みゆきさんは彼のこと、愛してるんですね。恋してるんじゃなくて」

私:「え?」 私は驚いてマリの顔を見た。

マリ:「わかります。みゆきさんのキモチ。わたしも同じですから」


マリは目をそらして、窓の外、はるか遠くを見つめていた。




いくつもの駅に停車しながら、各駅停車の電車は乗り換え駅に近づいていた。






つづく。

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