第6話 マリの想い人
翌朝、チュンチュンという雀の鳴き声・・・ではなく、カラスの鳴き声で目が覚めた。腕時計を見ると5時20分。私は高校時代から腕時計をしたまま寝ることにしている。理由はそのうち話す。かもしれない。
東京とくらべて、真夏とは思えないくらい涼しい夜だった。エアコンなんて必要ない。みんなは? 体を起こして見わたすと、マリがいない。布団がきちんとたたまれている。先輩たちがいつ頃戻ってきたのか気づかなかったが、二人とも静かに寝息をたてている。二人で抱き合って寝てる・・・などということはまったくない。寝相もよくてごく普通。
雅美は見るに堪えない格好だ。掛け布団を蹴飛ばして、裾がはだけてパンツが丸見え。これじゃ風邪ひくかも。私は雅美の裾を直して、掛け布団をかけてやった。
さて、私も起きることにした。着替えて縁側に出ると、マリが座って庭を眺めていた。私は昨日と同じジーンズだが、マリは昨日と違って白のワンピースを着ていた。
私:「おはよう。マリ」
マリ:「あ、おはようございます」
私:「早いのね。よく眠れた?」
マリ:「はい。私はいつも5時起きですから。昨日はほんとにすみませんでした」
しおらしくマリが頭を下げた。
私:「気にしなくていいよ。雅美はいつもあの調子だから」
マリ:「わたしまでワルノリしちゃって。ほんとにごめんなさい」
私:「ここは涼しいね。真夏とは思えないくらい。」
外はすでに明るくなっている。
マリ:「みゆきさん、ちょっと散歩しませんか?」
顔を洗って歯磨きをすませてから、私はマリと庭に出た。
マリ:「みゆきさん、アサガオが咲いてますよ」キラキラした目でマリが言った。
私:「ほんとだ。キレーだね」
しゃがんでアサガオを見ているマリは少女のようだ。
マリ:「みゆきさんは・・・。 好きな人いますか?」マリが振り返って言った。
私:「え? 私?」
突然きかれて私はちょっとびっくりした。
マリ:「はい。恋人とか、付き合ってる人とか。・・・片想いとか」
私:「うーん。どうかな。気の合う男の友達ならいるけど」
マリ:「ともだち・・・。付き合ってる人じゃなくて?」
私:「そういう人はいないかなあ。マリは誰か好きな人いるの?」
マリ:「私は・・・。います。ずっと前から」
私:「中学か高校の同級生?」
マリ:「違います。わたし、女子校ですよ?」
無邪気に笑うマリはカワイさ10割増しだ。
私:「んー。じゃ、担任の先生とか?それとも、ひょっとして幼なじみ?」
マリ:「惜しいけど違います。もっと、もっと近い人。かな」
私:「もっと近い人? 親戚・・・イトコとか?」
マリ:「兄です。双子の」マリはまじめな顔で言った。
この子は時々ヒトをびっくりさせるようなことをまじめに言う。
マリ:「わたし、小さい頃からずっと兄が好きで、ずっと一緒に寝てました。」
私:「そう。仲がいいんだ」
マリ:「小学校の時は行きも帰りもいつも兄と一緒で。兄といるだけで楽しかった」
私:「お兄さんは今どこに?」
マリ:「京都の大学に」
私:「そう」
マリ:「たまにしか帰ってこなくて。今はあまり会えません」
私:「今でも好きなの? お兄さんのこと」
マリ:「はい。 とても」
マリは大きな目でまっすぐ私を見て言った。
それからマリは歩きながら話し始めた。
「わたしは、ずっと兄に恋してます。わたしの初恋の人は兄なんです」
「兄はヒマワリみたいな、いつも日が当たってるような、そんな人なんです」
「わたしの気持ちは変わりません。兄が好きです。今も。これからも」
2m近くもある背の高い大輪のヒマワリが空に向かって咲いていた。
マリはまぶしそうな顔でヒマワリを見上げている。
「でも、母にそれがバレちゃって。わたしだけ私立の女子校に入れられました」
「自宅通学だってできたのに寮生活させられて。兄とは休日にしか会えなくなって」
ちょっとうつむいて、ヒマワリの根元に視線をおとして話すマリ。
「わたし、中学3年のとき、兄にキスしてって言ったことがあるんです」
「そしたら兄が真面目な顔で、キスは一番大切な人のためにとっておけって」
「わたしの一番大切な人は兄なのに。兄だってそれがわかってるはずなのに」
マリは思いつめたような目でヒマワリの根元に咲く小さな花を見つめていた。
私はなんて言ってあげればいいのかわからなくて、マリの横顔を見ていた。
「わたし、おかしいですよね。 実の兄を、双子の兄を好きだなんて」
「でも、わたしのほんとうの気持ちがそうなんだから。仕方ないです」
マリはしゃがんで、ヒマワリの下でひっそり咲く小さくて地味な青い花にそっと手を触れた。まるでそれが自分自身であるかのように。マリのお兄さん、きっとマリに似てハンサムなんだろうな。一度会ってみたいと私は思った。
しゃがんでいたマリが立ち上がって、吹っ切れたような明るい声で言った。
「でもいいんです。わたしと兄はきょうだいですから。結ばれちゃったら大変です」
それが本心なのか、
自分にずっとそう言い聞かせてきたのか、
私にはわからなかった。
「アサガオみたいに朝にだけ咲いて、昼には忘れられる。それでいいんです」
「わたしは、もう十分兄に可愛がってもらったから。 それで、いいんです」
マリは大きな目をキラキラさせてキッパリ言った。
でも、やっぱり切ないなあ。実のお兄さんにずっと恋してるなんて。お兄さんはそれがわかってるから、遠方の大学に進学して実家に戻らないようにしてるんだろう。いつかマリに恋人ができて、マリの一番大切な人が自分じゃなくなる時まで。
まぶしい朝日が庭を照らしていた。もう6時半を過ぎている。
私:「みんなもう起きた頃だよ。 戻ろう。マリ」
マリ:「はい。戻りましょう」
秘めた想いを吐き出してスッキリしたのか、晴れ晴れとした笑顔のマリ。
マリに本当の恋人ができるのも、そう遠い先のことではないだろう。
つづく。
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