第2話 温泉まんじゅう

駅舎で無意味なおしゃべりをしながら送迎バスを待っていると、駅前のまっすぐな道の突き当たりのT字路を曲がって、1台の車がトロトロと近づいて来た。


私:「あれは?」

雅美:「送迎バスじゃないみたいねー」

私:「遅いねー。もう40分も待ってるのに」


ロータリーをゆっくり回って私たちの前にワゴン車が止まった。ドアに「奥沢目温泉旅館 夕焼け荘」と消えかけた字があったドアが開いて、40代とおぼしきスキンヘッドの男が降りてきた。男がタオルで頭の汗を拭きながらこちら側にまわってくる間に、しげしげとワゴン車をながめていた雅美がポカンと口を開けて言った。


雅美:「これが送迎バス? ただのワゴンじゃん。しかも汚い」

私:「シッ! 聞こえるじゃない」


男:「いや~。待たせてすまんかったネ。後ろん席にドゾ~」


親切にドアを開けてくれたのはいいのだが、足元に泥が付いている。

しかもシートの後ろの荷台に鍬とシャベルのような物が積んである。


雅美:「ちょっ! ナニこの車。 泥だらけじゃん。」


男:「いや~。すまんネ。畑から直接こっちに来たもんで」


スキンヘッドの頭の汗を旅館の名前入りタオルで拭きながら言う。


秋田先輩:「雅美。文句言わないの。嫌なら1人で歩いていく?」

私:「あ、いえ、大丈夫です。私たちジーンズだし。ね。雅美」

村瀬先輩:「せっかく迎えに来て下っさたのよ。早く乗りましょう」


雅美:「チッ、こんなとこまできて先輩風吹かすのかよ」小声で言う。

私:「は、あの、お迎えありがとうございます」雅美の声に被せて言う。

男:「そりではみなさま、安全のためにシートベルトをお願いしますネ」

雅美:「は? シートベルトだと? 飛行機かよ」また文句を言う。


「お世話になります」


麦わら帽子をとって丁寧にお辞儀をし、最後に乗ったのはマリだった。

マリだけ水色のかわいいワンピースを着ていて、ちょっと気の毒に思った。


意外にも温泉旅館は近く、『送迎バス』で5分も走れば着いてしまった。駅から2km。アクセスは駅から徒歩で25分とあったのを思い出した。日差しが強くなければ、5人でおしゃべりしながら歩いて行ける距離だ。


旅館に着くと60過ぎくらいの愛想のいい女性が出迎えてくれた。


「まあ、まあ、お綺麗なお嬢さんばかりで。ようこそお越し下さいました」


深々とお辞儀をして、ニコニコしながら私たちみんなの顔を見て言った。


「温泉以外なーんもないところですが、ゆっくりなさってくださいネ」


建物は古いけど立派な日本家屋で、地元の旧家といった感じ。旅館とは名ばかりで離れをリフォームしただけだが、綺麗な庭もある。小さいけれど「一棟借り一組限定」というのは贅沢な宿だ。


「こちらが居間兼寝室。こちらが洗面所と浴室になります」


建物は古そうだが、内装はリフォームしてキレイで安心した。お風呂はあまり広くないけど、檜風呂にはすでにお湯が張ってあった。白く濁ったお湯がチョロチョロ流れて出ており、出しっぱなしらしい。


「トイレは廊下の突き当たりになります」


ちょっと気になって見てみるとウォシュレット付きの洋式だった。


「へー。トイレ、キレイですねー」私が感心してそう言うと、

「ハイ。この頃は外国のお客様も多いもので」とおばさんは言う。

「はあ。なるほど。そうなんですか」私はウォシュレットに安心した。


私は痔持ちなので、ウォシュレットの有無は重大問題なのだ。


居間兼寝室の和室に案内されて、おばさんが冷たい麦茶を出してくれた。


「お食事は母屋のほうにご用意させていただきますが、7時でよろしいですか?」

「あー、はい。みんな、それでいいよね」と秋田先輩。


雅美もマリも黙ってコクリとうなずいた。


「承知いたしました。お風呂はご自由にお入りくださいネ」

「御用の際はお電話ください。それではごゆっくりなさってください」


おばさんは畳に両手をついて深々とお辞儀して足音をたてずに出て行った。


雅美:「あのスキンヘッドのおっちゃん。おばさんの息子かな」

私:「だろうね。頭の毛が薄いからスキンヘッドにしてるんじゃない」

雅美:「じゃ、まだ30代かな。フケ顔だねー。奥さんいなさそう」

私:「でも、まあ、いい宿で良かったよねー。トイレもお風呂もキレーだし」


雅美:「そうだね。思ったよりいいね。ちゃんと温泉饅頭もあるじゃん」

秋田:「おなかすいてるのか? なら、アタシの分あげるわ」

雅美:「え? アキ先輩いいんですか?」

村瀬:「私のも食べていいわよ」

雅美:「ムラ先輩の分まで? さっすが先輩。やさしいなあ。感激です!」


私は、なんとな~く、ひとくちサイズの茶色い温泉饅頭を見てた。

表面がなめらかじゃなくて、ちょっと黒いプツプツしたのが見える。


マリ:「ねえ、みゆきさん、コレって、中は粒あんかしら」

私:「あ、マリは粒あん苦手なんだよね。割ってみようか?」


家が和菓子屋のマリはこしあんしか食べないのを思い出した。


私とマリが話しているうちに雅美はさっそく饅頭を口に入れた。


雅美:「なんか、ちょっとジョリジョリする。なんだろー?」

私:「粒あんじゃないの?」

雅美:「違う。甘いけど、なんか普通のあんじゃないみたいだなー」

私:「普通のあんじゃないって? どんな味?」

雅美:「なんかね。香ばしくて甘い」

私:「ふーん。ゴマとかナッツとか?」

雅美:「違うなあ。エビみたいな味がするよ」


まずいわけでもなさそうで、雅美は2個目を口に入れた。


私:「あ、もしかして、これのことじゃないかな?」


私はスマホで奥沢目村のお土産のページを見つけた。

奥沢目温泉名物『むしまんじゅう』と書いてあった。


『蒸してすりつぶしたイナゴやバッタなどが入っていてとってもヘルシー』

『キッチョン饅頭とも言う。キッチョンとはこの地方の言葉でキリギリスのこと』

なるほど。「蒸し饅頭」と「虫饅頭」をかけてあるわけかー。


感心して雅美にそれを見せると、雅美の口の動きが止まった。イナゴ?バッタ?キリギリス?エビみたいな味は虫の粉末なのか!?雅美の顔が「なんとかして!」と私に必死に訴えてるがなんともできない。私と雅美の会話が聞こえているはずの先輩2人は知らん顔で外を見てる。


麦茶でゴクゴク温泉まんじゅうを胃に流し込んだ雅美は何もいわない。口に出して言うといまにも戻してしまいそうなので、私は黙っていた。秋田先輩と村瀬先輩はきっと知ってたんだろう。さすが先輩だと思った。


「イナゴはミネラル豊富な健康食よね。おまんじゅうに入れるなんて斬新!」


マリは気を遣って必死にフォローしているが、もちろん自分は食べない。


小学校3年まで東北で過ごした私はイナゴの佃煮を普通に食べてたので、残り3個の『むしまんじゅう』は私がおいしくいただいたのだった。イナゴが食べられるならバッタもキリギリスもおんなじようなものである。





つづく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る