第6話


「部長が頭を抱えてうずくまる所なんて初めて見ました」


「ほーう一体誰の所為せいだろうなァ!」


 風を切る速度で上体を持ち上げて怒鳴られた。蹲った際の勢いで眼鏡がずれたままだが、羞恥心による怒りからそれ所では無いらしい。色白なので人並み以上に顔が赤くなっているのが分かりやすいが、それを引いてもかなり赤くなっている。


うるさいだとお前ェ! 先輩やぞ!」


「言ってません」


 真横で怒鳴られたので思いはしたが。顔に出ていたのかもしれない。


 彼女は眼鏡をかけ直すも冷静さは失ったまま、大きな身振り手振りを交えて命じて来る。


「じゃあ君だってやってみろよ! 彼女がいると仮定して、その人の好きな所を挙げてみろ! この羞恥心に耐えられるのならなァ!」


「面倒見がいい所、分かりやすい所、意地っ張りだけれど感情表現がストレートな所」


「って待て待て待て! 何でそうも平然とこなせるんだおかしいだろ! 恥知らずなのか君!?」


 彼女は礼儀知らずだと思う。


 幾ら先輩でも看過されないだろう発言にまるで気付いていない彼女は、異星の化け物にでも遭遇したような目を寄越しながら続けた。


「もしや分かっていないのかこれがどういう事なのか。この厄介な設定をこなす為にはな、自然と異性の好みをペラペラ喋らなきゃいけないっていうとんでもない辱めを……」


 無自覚に無礼を重ねていくので流石に指摘しようか迷っていると、勝手に黙ってしまった。言っていて恥ずかしくなったのだろう。


 このまま沈黙が続くと彼女の気が触れそうなので、カバーに入ってやろうと口を開いた。


「俺は恥ずかしくありませんよ。何せ常に、理想の彼女について考えてるんで」


 彼女は顔の赤みが突然引いて、呆れに満ちた視線を投げて来る。


「……アホとは話したくないもんやな……」


 それはもうシンプルに失礼だろ。


 彼女の不満は止まらない。


「そもそも君、彼女なんていないじゃないか」


 俺はじっと、彼女を見た。


 言葉の代わりに投げた視線を受けた彼女は、ぽかんとしていた表情を惑わせる。


「……え? さっきいないって言ったじゃないか。何で黙るんだよ。は? 嘘をつく必要があったか? い、いや、ちょっと待ってくれ……」


 遣り取りを思い出す為か、顎に手を当てる彼女に告げた。


「……本当にいませんよ」


「何よもう変に黙らんといてよ。ゾッとして心臓止まったわ今」


 彼女は顎に当てたばかりの手を胸に当てながら、声を大きくして俺を見る。


 ささやかな復讐を達成した俺は、つい微笑んだ。


「驚きました?」


 すっかり不満顔になった彼女は、据わった目でじっと俺を睨んで唇を尖らせる。


「……ああそうよ。もし君に彼女がおるんやったらこの距離感は不適切やから、早々に離れなあかんって焦っただけ。長い休みが待ってる学期の最終日に彼女すっぽかしてこないおそおまで、女の先輩と二人でおりましたーなんて聞いたらおこらはるやろ? 事前に連絡入れてんやったらええけど」


 彼女がそんな事を言うのは何だか意外で、つい尋ねた。


「そんなもんですかね?」


「……いや怒る思うよ。男女間の友情はあるか無いかっちゅう話やなくて単に、彼氏が黙って他の女の子と二人でおって、気分がええ彼女らおらんからな? 気い付けなあかんで自分。まあ君に彼女なんていないから、そもそも要らない心配だけど」


 それは自然に標準語に戻った彼女は、じっと俺を見上げた。


「……本当にしてないだろうな、そんな無神経な事」


「それは勿論」


「そう。宜しい」


「つまりさっきのシチュエーションボイスから見るに部長とは、男らしい人がタイプって事ですか?」



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