第3話
「じゃあ今からする質問に、正直に答えて下さい」
漸く切り出した俺に、彼女は安堵したように綻んだ。
「何だよ普通じゃないか。喜んで」
「部長ってサディストなんですか?」
「いや何だよいきなり!」
その怒声は、俺達以外誰もいない部室を貫き、廊下にまで鳴り渡る。
彼女は怒鳴ってからはっとした。
「ああいや悪い、大声が出た……。廊下まで響いたよな今。失礼。先生に見つかってしまうな……。いやでも、本当に何だよいきなり。何が理由でそんな疑問が出たんだ」
「さっきそれっぽい事言ってましたので」
彼女は冤罪でもかけられたような不満顔で、組むように重ねた両腕をテーブルに着くと身を乗り出して凄む。
「いつだよ」
「コテンパンにされ続けてるのに全く懲りないのが面白くて、いつまで続くんだろうと賞品をチラつかせてみた、って」
「…………」
嘘みたいにあっさり黙った。
俺の冷たい視線が辛いのか、彼女は繕うように即座に喋り出す。
「いや、黙ってないさ。記憶を辿ってたんだ。いやー言ったっけかなぁそんなこ……。いや言った言った。言ったわうん思い出した。分かったから
ゴミ呼ばわりされたパンを掴んだ手を下ろしながら尋ねた。
「つまり部長とは、二年間も俺の事をからかってたんですか?」
「まあ正直そういう部分もあったよ。口ばっかりの雑魚だったから。……いや
余りにも遠慮が無い言葉にムッとしてしまったが、確かに俺のお願いに従ったに過ぎないので、俺が悪いのかもしれない。それにしてもオブラートを用いない人だとは思うが。
彼女はしゅんとする。
「あぁまた大声……。済まない。君、この手の質問を続けるつもりか?」
俺への態度にかと思いきや、自分の大声に落ち込んでいた。
「はい」
「あぁそう……」
「嫌そうですね」
「嫌な顔にもなるだろこんな厄介な質問攻め……」
俺へは特に罪悪感を覚えていないらしい彼女は、気を取り直すように
「分かった。質問には答えるが、大声を出して先生に見つからないように、君の隣に座ろう。近付いて話せば、流石に怒鳴る前に冷静になれる。君の耳が痛くなるって分かるからな。椅子をそっちに持って行くから待ってくれ」
彼女は言い終えない内に立ち上がると、掛けていた椅子を持って隣に来た。そこへ椅子を置くと、満足そうに座る。
「うん。完璧だ。どんと来い。……ん? 君……。背が伸びたな?」
関心したように見上げて来た。
「そうですか?」
最近急に伸びたとは感じていないが。
彼女は無邪気に笑った。
「うん。ほら、つい見上げたぞ。顎を持ち上げないと視線が合わない。ふふ。君が一年生の時に隣に座っても、見上げなきゃいけない程身長は離れていなかった。君も大人に近付いてるんだな」
確かに、数字の上では一年の頃より伸びてはいるが。でも友人同士でも背が伸びたなんて、中々気付かないと思う。いつも顔を合わせているが故に。
「……実感無いですね」
愛想の無い返事でも、彼女は嬉しそうだ。
「そうかい? でも私にははっきりと分かるよ。毎日顔を合わせてたからね。ふふ。何だか新鮮だなあ。隣に座って君と話すの。いつもチェスを挟んでの対面だったか……。いや待て」
懐かしむような穏やかな笑顔から一転、彼女は何やら、重大な事に気付いたように張り詰めると俺を見る。
「こうも身長が離れているとだ。
「嫌です」
「何でだよ。じゃあ今から、君の質問には絶叫で答えるぞ」
「それだと隣に座った意味が無いですよ」
「だから分かってるなら言う事を……。ああ。そうだったな。敗者は私の方だったよ」
唇を尖らせていた彼女は指摘する前に気付き、がっくりと項垂れた。かと思えば、パッと明るくなって顔を上げる。
「なら、お互いに声を潜めよう。修学旅行で、布団に入った後もお喋りを続行する時みたいに」
彼女は妙案を思い付いたようにご機嫌になると、同性の友人を相手にしているように身を寄せて囁いて来た。
「これなら外には絶対聞こえないし、この距離感も活かせるだろ?」
全く無意識に披露して来る心地いい低語の声に、耳をくすぐられる。
確かに放送部や演劇部でも無い限り、自分の声質を理解している人間なんて少数派だと分かってはいるが、彼女は自身の声がいいと気付いていない。高過ぎないハスキー声は性別問わずウケがよく、実は部内でも聞いているだけで落ち着くと評判なのだ。賑やかになりやすい人なのでいつもそうクールという訳でも無いが然し、これで動揺しない男はいるんだろうか。
まして、俺に手を掴まれた時よりよっぽど大胆な振る舞いを見せているも、これは明らかに天然でやっていると分かるのだから、やっぱり彼女とは読めない。
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