第5話 そうなるまでの経過。

 待ってくれ。出会って二日目。時間で言うと、ほんの数時間の相手に、何のカミングアウト?性自認が女?こんな、俺様でイケメンなのに?私より女。

『私より女ってのはおかしいだろ!』

『そこじゃないだろう、普通は!』

そこじゃないのか?

『まぁ、性自認の事は分かった。びっくりはしたけどね。そう言う事に、私は偏見とか無いし。私は、女でも男でもないって思ってるから、自分で。だから、誰かのモノになるとか、何かを決められてる様で嫌だった。今分かったわ。うん。嫌だ。』

『なら、結婚してくれるのか?』

『それとこれとは別じゃね?』

『えー…』

 こいつは、ただのイケメン変態男ではなかった。人に言えない事を隠す為に、無駄に強気な俺様を必死で演じている悩ましきイケメンだった。

『すんごい萌え…』

『え?』


 そんなカミングアウトがあったが、取り敢えず付き合う事にはなった。ただ、普通の付き合い方では無いが、或る意味新しい形の付き合い方が始まった。

『ランチ…行かないか?』

『行く。腹減った。』

『よねぇ♡』

『その見た目でクネクネすんなや。誰が見てるか分からんのだからな。』

『はぁい。』

 カミングアウトした途端に、やたら仕草が女っぽいのは…何故なのかは、敢えて気付かないフリをしよう。その方が面白い。

『美味いご飯を奢って。今の、やたら繊細な告白のせいで身体が肉を欲している…。』

『なら、ステーキご馳走する!』

『ご馳走ね!おごりね!良し、行ってやる。』

 最初の、俺様な始まり方とは百八十度違う、何となく萌える。私には、もしかしたら合ってるのかもしれない。


 お昼を食べて仕事に戻る。すると、案の定女共が集ってきた。

『真由、あんなイケメン、とどこで知り合ったの?恋愛に興味無いんじゃなかったの?』

『うん、まぁね。』

『なら、私に譲ってよぉ!イケメンで、御曹司で、悪い所何も無いじゃない!ねぇ、紹介してよぉ。』

『うるさい。去れ。』

『もぉ、紹介してよぉ!』

 女のこう言うの、本当に嫌いだ。他より高スペックだと気付くと、猫なで声で寄ってくる。目の色を変えて、狩りの体勢に入る。狩られる方も可哀想だが、こんなのが好きなんだろう、世間一般の男はな。男も、何処を見てモノにするんだろうか?身体か?この公害でしかない香水の香りか?この淡い色の服か?

 仕事が終わり、いつも通り夕方五時ちょうどに会社を出る。目の前には、あの高級車。私の、イケメン変態男改め、萌ダーリンのお出迎えだった。やつが、笑顔で手を振る。笑った顔初めて見た。あれ?そう言えば、こいつ…。

『名前、知らないんだけど。』

『あれ?言ってなかった?』

『聞いてもいなかった。』

『せめて、名前は聞こうよ。』

いや、名前を聞く暇すら無い怒涛の時間だったんだけど?

『いや、自ら名乗れ。』

『田中宇宙。宇宙って書いてそらって名前だ。』

『同じ田中?でも、キラキラネームなのね(笑)』

『同じ苗字だから、結婚しても変わらないからいいだろ。結構しよう。』

『黙れ。苗字同じとか、別にどうでもいいわ!早く送ってぇ…。送ってくれるよね?』

『送ってやるよ。』

『偉そうにすんなや。』

 当たり前に、助手席のドアを開けて、私が乗り込む時には頭をぶつけない様に、縁に手を当ててくれる。普通の女子なら、トキメキ案件だろう。そして、静かに助手席のドアがしまった。走り出すと、私の萌ダーリンは話し始めた。

『初めて何かが違うと、違和感を感じたのは中学生の時だった。裸になるのが嫌だった。夏のプールとか有り得ないと。人前で着替えるのが苦痛でしか無かったんだ。でも、その時はそこまで人と違うとは思わなかった。ただ、恥ずかしいだけだ、と。』

『うん。』

『成長するにつれて、自分の身体が自分の物ではないと思うようになった。自分の身体が気持ち悪いと。そして、初めて人を好きになった。相手は、高校の同級生。男だったんだ。その時に、自分は男じゃないと確信した。でも、そんな事言えないよな。言えば、気持ち悪がられて、いじめの対象になるだけだ。男は男って囲って、男らしくを求められた。辛かった。話す相手も居ない。理解してくれる人間なんて居るとは思えなかった。取り繕う為に、男らしさをネットで調べた。性自認についても調べた。他にも、同じ様な人間は居た。でも、立場が違う。俺は、社員の生活を守る為に上に立たなくてはいけない人間だ。より、男らしさを求められたんだ。』

『うん。』

『気持ち悪いか?』

『いや、全然。自分が何者かって高校生で自覚するのってすげぇなとしか思わん。』

『やっぱり変わり者だな。でも、理解してくれると思ったよ。あの有り得ないプロフィール見た時に。』

『それ、まだ言うか。自分も同じだろ?』

『俺のは、嘘だらけだ。今までも、これからも世間に…家族にも嘘をつき続けなくてはいけない。』

『私は、その片棒を担がされるのね。』

『ごめん…。』

『上等じゃない。受けて立つわよ。』

『お前、男らしいな(笑)』

『乙女に何を言うか!』

『乙女…キモっっ。一番似合わないぞ、その単語。』

『あー、やる気失くした、別れようや。』

『嘘です。すみません。』

『ん。』


 その車の中で、色々なことを話した。お互いの家族の事。今までの経験の事。あ、エッチな方の経験じゃないよ。萌ダーリンの仕事の事。御曹司ってすげぇとしか感想がないけどな。家に着くと、奴の顔は、最初出会った時より明るくなってた。笑顔も本物っぽく見えた。

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