※※※

「いいかぁ? 目的は暴走してる呪具の封印及び部外者の救出。身内は助けなくてもいい。中にいる全員まとめて実地訓練の対象とする」


 後ろでザリッと慈雲じうん長靴ちょうかが地面を滑る音が響いた。被せるように朗々と響く声に黄季おうきはコクリと空唾からつばを飲み込む。


「うちの呪具保管庫には、お前達に扱える呪具から手を触れちゃマズい物まで種々雑多に詰め込んであった。中に飛び込んだらまず、自分で扱える呪具を自分の使役下に降して武器としろ。今自分が使ってる呪具はとりあえず封印な。命がかかった場合だけ使ってもいいこととする」


 黄季の隣には黄季と似たりよったりな表情を浮かべた明顕めいけん民銘みんめいが並んでいた。民銘は結界展開を慈雲に譲り渡したはずなのに、顔色はむしろ先程よりも悪い。そんな民銘にチラチラと視線を走らせる明顕も、民銘と似たりよったりな顔色をしていた。


「最初に手に取った呪具を使い、自分に封印ができる物は封印して入口に控える俺の所へ受け渡すこと。自分の手には余ると判断した物は、相手をすることなく俺や涼麗りょうれいを始めとした上位の退魔師へ投げるように。『封印』と『見極め』、また現場内での立ち居振る舞いを学ぶことを本件の目的とする」


 それも仕方がないことだと黄季は思う。


 今からこの呪具と呪力の嵐の中へ、実質新米三人で飛び込めと言われているようなものなのだから。


「俺はここで結界の展開および回収されてきた呪具の監視を行う。涼麗、お前は三人と一緒に中に入れ。だがくれぐれも手を出すなよ。お前が力を振るったら実地訓練の意味がなくなるからな」

「分かっている」


 三人から少し離れた場所に陣取った氷柳ひりゅうは結界内に視線を置いたまま静かに答えた。ともすれば無気力にも聞こえる素っ気ない声だが、黄季にはそれが視線の先へ注意を向けているからだということが分かる。


 ──氷柳さんは傍にいてくれるけど、助けてはくれない。今の俺は、氷柳さんを守る後翼こうよくではなく、主体的に現場に斬り込む一退魔師。つまりここは戦場じゃなくて、氷柳さんとやってる実地訓練の場に近い。


 氷柳を守るために出る現場ではなく、己の技術を磨くための現場。周囲に人が多いだけで、やることは氷柳の屋敷で繰り返された実地訓練と何ら変わりはない。


 ──うん。なら、きっと、大丈夫。


 きっとものすごくしんどいんだろうけど、と心の中で呟きながら、黄季は体をほぐすためにその場で軽くびはねた。そんな黄季の行動に同期二人がギョッと目を剥く。


 突然その場で跳ねだした黄季に単純に驚いたらしい二人だったが、黄季が構わず跳ね続けると、逆にそのおかげで適度に緊張が抜けたらしい。視線を向けあった二人はクスリと吐息だけで笑いあうと、腕の筋を伸ばしたり、足首をクルクル回して黄季の動きにならう。


「お前ら三人が何をやり始めたか気付けば、中で慌ててるやつらも冷静になるだろ。それでも冷静になれないやつらは一発ぶん殴れ。もしくは上級呪具をぶつけろ。俺が許す」

「はいっ!」


 三人の声が綺麗に揃った。そんな黄季達に慈雲が笑みを浮かべたのが分かる。


「突撃まで五、四、三……」


 慈雲の秒読みの声に、黄季は浅く腰を落とす。明顕と民銘が同じように構え、氷柳が組んでいた腕をほどいた。


「ニ、一……突撃っ!」


 号令に合わせて一瞬だけユラリと結界面が揺らぐ。その揺らぎに向かって黄季達は真っ直ぐに突っ込んだ。明顕、黄季、民銘の順に突っ込み、中に踏み込んだ瞬間手早く散開する。


「ぬ、わぁっ!?」

「っ!!」


 その瞬間、ヒュンッと顔の横をかすめるように何かが飛んできた。それを気配と音だけで察した黄季は反射的に横に転がる。


 そのまま一回転して床を滑りながら顔を上げると、一瞬前まで自分が踏みしめていた床に抜き身の剣が突き刺さっていた。今の刺突の鋭さを物語るかのように柄の先を彩る緋色の房飾りと添えられた水晶がシャラリと揺れている。


 ──いやいやいやいやっ!?


 その光景をきちんと理解した瞬間、黄季の全身からザッと血の気が引いた。


 ──『この程度なら単騎突撃しても死ぬことはない』って長官言ってなかったかっ!?


 いや、これは普通に死ぬだろう。呪力云々ではなく、物理的に。


「お、黄季っ!!」


 震える声が黄季を呼ぶ。声の主は悲鳴を上げながら反対側に飛び退いた民銘だった。


 ハッと我に返って顔を上げれば、床に突き刺さった剣が微かに震えている。一番近い場所にいるのは民銘だが、民銘は別方向から襲いかかる独鈷杵とっこしょの対処で手一杯で剣にまで手が回りそうにない。


「っ!」


 黄季はとっさに飛び出すと抜け出そうとする剣のつかに飛びついていた。自分の技量に余る物か否かを判断するよりも早く、口からは封じの呪歌が紡がれている。


「『眠れ 凍れ 止まれ 封縛ふうばく』っ!!」


 キンッと高い耳鳴りとともに黄金の光が剣を取り巻くように舞う。


「っ! ごめん黄季、ヘマったっ!」

「はぁっ!?」


 だが封印がきちんと成功したかを確かめるよりも、半泣きに近い民銘の声が響く方が早かった。


 思わず黄季は手の中にあった剣を振り抜いていた。本能に従って体を捌きながら剣を構えれば、剣身に当たって動きをいなされた独鈷杵が床に叩きつけられる。


「『封縛』っ!!」


 考えるよりも早く独鈷杵を踏みつけ、左手で刀印を組むと封じをかける。呪具として有していた力はそこまで強くなかったのか、黄季の封じを受けた独鈷杵はそのまま大人しく動きを止めた。


 それを見た黄季は思わずホッと息をつく。そんな黄季に相変わらず涙目になっている民銘が声をかけてきた。


「ごめん、黄季」

「思えば民銘って、昔から運動神経鈍かったもんな……」


 民銘の声に答えながらも黄季は右手に握った剣に視線を落とす。


 封じが綺麗にかかった、という感触とは、少し違うような気がした。


 封じがかかった呪具は外界と呪力の流れが断たれるのだが、手の中にある剣は今黄季の呪力を吸い上げている。だが極端に剣に呪力を吸われている、という感覚ではなかった。剣が体の一部になったかのような、延長された指先に血が通うような感覚、と表現するのが一番近いのかもしれない。


 そんな剣の切っ先を見つめて、黄季はわずかに眉をひそめた。


 ──……武具の形をした物にはもう、手を触れないつもりだったのに。


「黄季の方は、使える呪具が手に入った感じだね」


 軽く黄季に己の失態を侘びた民銘は、黄季に背中を預けるように立ち位置を変える。トンッと背中に民銘の背中が当たる感触で、黄季も視線の先を剣から呪具が乱れ飛ぶ空間に置き直した。


「波長、合ってると思うよ。その剣と黄季」

「……あんま、嬉しくないかも」

「え? でも黄季、体錬免除してもらえるくらい武芸はできるじゃん」

「武芸ってなんだよ、武芸って」


 民銘に軽く答えながら、黄季は軽やかに前へ出た。飛びかかってくる木札、数珠、扇、筮竹ぜいちくの群れを剣身ではたき落とし、最後に飛びかかってきた剣の鞘だけは軽く弾いて左手で受け止める。ほぼほぼ直感的な判断だったのだが、手にしてみてやはり今手に握っている剣の対になる鞘だということが分かった。


 そんな判断がとっさにできてしまった自分に、黄季の心は沈む。


 ──俺は、武具を握っちゃいけないのに。


 泉部せんぶの退魔師は、己の身を守るために退魔術の他にも武芸を学ぶ。体術や剣術を基本に、弓術や薙刀術が特性に応じて追加されることも多い。戦いに向いた呪具は武器の形を成していることが多いから、それらをぎょすための修行も兼ねてという意味があるらしい。


 退魔師育成のための学寮である祓師寮ふっしりょうの時代から、泉仙省に配属されて己の呪具が定まるまで、体錬は必須とされている。


 だが祓師寮での黄季の成績を見た慈雲は、入省当初から黄季の体錬を免除にしてきた。表向きは『同期入省の人間よりも退魔術に劣っているため、まずは退魔術の研鑽けんさんに励むように』とされているのだが、その本心が違う所にあるということを、黄季は慈雲当人から聞かされている。


『お前、入省先は本当に泉仙省ここで良かったのか?』


 その時言われた言葉を、黄季はいまだに覚えている。


 これから先も、きっと忘れることはないだろう。


『お前が本来あるべき場所は、泉仙省じゃなくて……』


 その言葉の先を、黄季は意図的に脳裏から締め出した。ついでに飛びかかってきた香炉を剣身でいなし、フワリと袖元で受け止めて鞘を握った手を軽くかざす。


「『封縛』」


 カタカタと微かに蓋を鳴らした後、香炉はすぐに静かになった。きちんと封じがかけられたことを確かめた黄季は、そっと香炉を床に置くと軽く足で押すようにして床を滑らせる。入口近くまで移動させられれば、近くに控えた慈雲か氷柳か、あるいは二人の助手役に回った誰かが回収してくれることだろう。


 ──今は、緊急事態。特殊事例だ。とやかく言ってる場合じゃない。


 黄季は胸の内に広がる苦いものを無理やり飲み下すと顔を上げた。


 泉仙省の中は相変わらず呪具と呪力が嵐を起こしている。状況はいまだに改善のきざしを見せていない。


 ──ウダウダ悩むのは、この状況を切り抜けた後!


 左手の中の鞘を指先だけでクルリと回し、鞘と剣で双剣の構えを取った黄季は、意識を切り替えるとタンッと嵐の中に飛び込んだ。




  ※  ※  ※




 微かな違和感は、黄季おうきが剣を取った瞬間からあった。


 ──顔付きが変わった? ……いや、雰囲気全体が変わった、か。


 新人三人の後に続いて突入した泉仙省せんせんしょうの中は、涼麗りょうれい慈雲じうんが連れ立って出てきた時と変わらず、暴走する呪具が気の乱流を起こしている状態だった。


 中に取り残された人間も退魔師の端くれであるはずなのに、何か対処がなされた気配はない。練度の低さに思わず溜め息が零れたが、八年前の大乱の惨状を思えばここまで泉仙省泉部せんぶを存続させてこられただけでも上出来だ。全てを放り出して引き籠もっていた自分がこの状況にとやかく口を出す資格はない。


 そんなことを考えながらも、涼麗の視線はずっと己の直弟子であり相方である黄季に据えられていた。


 黄季がこの程度の現場でへばることはない。他の人間は知らないが、黄季は涼麗が仕込んだ弟子であり、今では実力を認めた相方でもある。だからその点においては全くもって心配はしていない。


 気になったのは、呪剣を握った黄季の体捌きが明らかに新米退魔師のそれではなかった点だ。


 ──まさか、呪剣に取り込まれた? ……いや、あれは武具の形をしてはいるが、そこまで凶悪な代物ではない。


 涼麗と出会った頃から、黄季は攻撃呪を苦手としていた。組むことが苦手というよりも、気持ちの上でのひるみが影響しているせいだと涼麗は見ている。


 黄季は性格が攻撃に向いていない。だから涼麗も黄季には結界での守備や支援を主とする後翼こうよく職を推した。


 だというのに今、呪剣を手に乱れ舞う呪具を相手にしている黄季は、歴戦の剣客のような滑らかな動きを見せている。初めて手にしたはずである剣も鞘も、まるで黄季の手足のように一糸の乱れもなく軽やかに舞っていた。その太刀筋は明らかに素人のものではない。


 涼麗は思わず黄季の剣筋に見入った。


 ──見慣れない太刀筋だな。


 大乱以前、涼麗の周囲には剣や太刀を己の呪具としていた者が多くいた。相方であった永膳えいぜんの得物は大剣であったし、近しい同期である慈雲の得物は偃月刀えんげつとうだ。自身の得物が匕首ひしゅであることもあって、剣術に対する知識や見る目はそれなりにあるという自負が涼麗にはある。


 そんな涼麗の目で見て、黄季の剣術の腕前は『異常』だった。


 ──退魔師の剣筋と違うということは、対人間用の、世間一般で扱われている剣術を修めているということか? でも、一体いつ……


「……っ」


 ……知らない。聞いたことが、ない。


 考えがそこに至ってようやく思い知った事実に、涼麗は思わず息を呑んだ。


 思えば自分が黄季について知っていることと言えば、泉仙省の下っ端退魔師であることと、八年前の大乱で家族を皆亡くしていること、それから一人で生きてきたせいで歳の割に身の回りのことができることくらいだ。なぜこんなにも華麗な太刀捌きを見せることができるのかも、なぜこれほどの物理攻撃を仕掛けられるのに攻撃呪を紡ぐことには怯みが出るのかも、涼麗には分からない。理由を推測することさえできない。


 ──なぜ、お前は。


 剣を握った瞬間から、そんなに冷めた顔をしているのか。何かを諦めたような、それでいて泣き出しそうな表情を奥底に押さえ込んだような、見ているこちらの胸がざわめくような雰囲気を纏っているのか。


「……」


 もどかしさに伸びかけた手を、涼麗は己の意志で体の横に戻した。


 ──思えば私は、自分から知ろうと動いたことがなかった。


 ここ最近はずっと黄季の傍にいた。それ以前も、空白の期間の前は三日と空けず顔を合わせていたのだ。問おうと思えばいつだって、自分は口を開けただろうに。


『俺、戦いたくない人は戦わなくてもいい世界を、創りたいんです』


 そう言いながら不器用な笑みを浮かべたその真意を、なぜそう思うに至ったのかその経緯を、涼麗はいまだに知らないのだ。


 ──だが、知りたいと願ったところで、どうしたらいい?


 知りたいと、思った。


 だが同時に、知ってどうする、とも思う。


 涼麗にとって、世界とはどこか遠い存在だった。


 手を伸ばしても、届かないモノ。生まれついた時からそうで、永膳が涼麗と世界の間に立つようになって、その距離は余計に遠くなった。永膳を失った今ではその距離感は溝というよりも大河に近く、もはや手を伸ばす意味さえ分からなくなっている。


 それなのに。


 ──あいつのことは。あいつがいる、世界のことは。


「ぁぐっ!?」


 ふと、微かに耳に届いた小さな悲鳴に我に返った。涼麗の視線の先にいる黄季が声に反応して視線を巡らせている。


 そんな黄季の視線が通路の先に飛び、サッと顔が青ざめた。黄季の視線の先を追えば、黄季の同期である明顕が帯のような物に首を絞められて宙吊りにされている。


「明顕っ!!」


 異変に気付いたのか、ふう民銘の声も飛ぶ。その悲鳴のような声に黄季がグッと足に力を込めたのが分かった。同期を救うために現場へ飛び込むつもりなのだろう。


 ──あの帯……もしかして燕華えんか公主の呪いの帯か?


 また厄介な物を、と内心で声が零れた。


 涼麗の記憶が正しく、この八年で厄介な物が増えていなければ、あれはここの保管庫の中でも三本の指に入る凶悪な呪具だ。もはや呪いの品と言ってもいい。被害が出る前にさっさと処分しておけと当時永膳と慈雲、ついでに貴陽きようまでもが上に進言していたというのに、泉仙省はあんな物を後生大事に取っておいたらしい。


 ──いや、処分に動ける程の腕のある退魔師が、あの大乱で軒並み狩られたから、か。


 とにかくあれは、そこらの退魔師の手に負える物ではない。己の力量と呪具の力を見誤ったか、あるいは呪具側からの奇襲をかわすことができなかったのか。


 内心で推論を転がしながらも、体は勝手に動いている。


 涼麗の腕は考えるよりも早く流葉りゅうよう飛刀ひとうを打ち込み、足は床を踏み切っていた。




  ※  ※  ※




 あ、あれはヤバいやつ、ということは、見た瞬間に分かった。


 それでも同期が危機にひんしていれば、動かずにはいられない。


明顕めいけんっ!!」


 ──飛び込みざまに切り捨てれば、明顕を助けることはできるはず……っ!!


 民銘みんめいの悲鳴を背後に聞きながら黄季おうきはグッと両足に力を込める。


 だが黄季が前に飛び出すよりも、一条の風が黄季の隣を駆け抜ける方が早かった。


「えっ?」


 思わず踏み込みを躊躇ためらった瞬間、今度は白い疾風が黄季の前へ飛び出している。同時にパリッと紫雷が走った。突き刺さった飛刀を起点に威嚇程度で展開された雷撃にひるんだのか、明顕の首に絡んでいた帯がわずかに緩む。


「手に負えない呪具は上級退魔師に投げろと慈雲じうんが言っていたはずだ」


 その隙に飛び込んだ氷柳ひりゅうが落ちてきた明顕の体を小脇に抱えるようにして回収していた。荷物のように扱われた明顕は文句を言うこともできずにむせ込んでいる。


明顕。お前は中に突入してから真っ先に保管庫を目指していたな。その真意はどこにある」


 そんな明顕に問いを投げながらも、氷柳は容赦なくペイッと明顕を床に放り出した。何とか受け身だけは取った明顕を背後にかばい、氷柳はのたうち回る帯と相対する。


「あの帯は、大乱前に処刑された燕華えんか公主の持ち物だ。政変に巻き込まれて処刑された燕華公主は死に際に『私をここに立たせた全てを呪い殺してやる』と残したらしくてな。その呪詛が染み付いたのが、処刑の時に巻いていたというあの帯だ」


 ──いや、なんっでそんなおっかない物が泉仙省うちの保管庫になんかあるんですかっ!?


 漏れ聞こえてくる氷柳の解説に思わず叫びたくなった黄季だが、状況がそれを許してくれない。帯が放つ強烈な瘴気に触発されているのか、乱れ飛ぶ呪具の動きが一層凶悪になっている。


「あれが己の手に負えない物だということが、お前には分からなかったのか?」


 氷柳は手の中に飛刀を滑り込ませながらチラリと明顕を振り返る。


 そんな氷柳に、ぜいぜいと荒い呼吸を繰り返しながら明顕が答えた。


「保管庫の結界に、意識が行ってて……」

「結界に?」

「いくら空間が閉じられてるって言っても、退魔師がこれだけ中にいるのに、状況が変わってないって、おかしいじゃないですか」


 首を締められたせいで意識が朦朧もうろうとしているのか、あるいは命の危機を経て開き直ってしまったのか、先程は氷柳に言葉を向けられても萎縮して答えられなかった明顕が、氷柳を相手に己の考えを説明し始める。のんびり問答などしている暇はないはずなのに、氷柳はそんな明顕の言葉に静かに耳を傾けているようだった。


「だから、もしかして、保管庫に、この状況を増長させてる何かが、あるんじゃないかって。結界を復旧できれば、何かが変わるかもしれないって……」

「なるほど。一理あるな」


 ──確かに、明顕の言う通りかも。


 飛びかかってくる呪具を叩き落とし、時に体を捌いて避けながら黄季も明顕の言葉に頷く。


 呪剣を得て多少余裕ができたからこそ分かったことなのだが、中に取り残された人間は決して逃げ惑っているだけではなかった。浄祓をこころみようとしている人間も、呪具を封じようとしている人間も少なからずいる。だというのに状況が良化している気配はない。ならば何か、今でも事態を悪化させている原因があるはずだ。


「ならばお前は己の仮説が正しかったか否かを確認しろ。これは私が引き受ける」

「えっ?」


 氷柳も同じ結論に至ったのだろう。懐から匕首ひしゅを抜いた氷柳が帯と対峙するために一歩前へ出る。


 一方、庇われた明顕は氷柳がそんなことを言うとは思ってもいなかったのだろう。話の流れに着いていけていないのか、分かりやすく戸惑いを顔に浮かべたまま固まっている。


「どうした。さっさと己が成すべきことを成せ」

「え、あ……? お叱りは? 撤退命令は?」

「なぜそうなる? お前の判断自体は間違っていない」


 氷柳はチラリと明顕を振り返る。無防備に氷柳を見上げていた明顕には、怜悧な光を瞳に宿した氷柳の面立ちが見えたことだろう。


 そして、分かったはずだ。その怜悧さが、決して冷たいものではないということが。


「李明顕。お前は思い切りの良さと呪の組み立ての速さ、そして攻撃呪の威力は人並み以上のものがある。だがそれに頼りすぎて攻撃が猪突猛進になりがちだ。気配と呪力の流れを読み、状況を頭の中に入れるようにしろ。さもなくば相方を泣かせることになるぞ」


 ポンッと、唐突に氷柳は助言を口にした。黄季を相手にしている時のように、何のてらいもなく。


 そんな言葉に明顕は目を丸くした。だがもう氷柳は何も言うことはなく前へ踏み込んでいる。


「民銘っ!!」


 それを見た黄季はその場から飛び退くと民銘に駆け寄った。鳥の形をした水差しと戦っていた民銘との間に割り込み、民銘に変わって水差しの突きを剣で受ける。


「行って!!」

「黄季?」

「明顕、結界術はヘッポコだからっ!」


 鳥の動きは素早い。突きが不発に終わったことを察した鳥は素早く宙へ身を翻すと再び突撃する隙を計ってくる。


 そんな呪具を剣の切っ先で牽制しながら、黄季は左の肘で民銘の背中を押した。


「多分あいつ、お前がいないと、何か見つけても半泣きになってオロオロしてるだけだって」


 黄季の言葉に一瞬キョトンと目をしばたたかせた民銘は、言葉を理解するごとにジワジワと笑みを広げていった。そんな民銘へ、黄季は鞘を握った左手を差し出す。


「氷柳さんが、絶対道を作ってくれるから」

「おう」


 その拳に、民銘の右の拳がコツンと当たった。


 黄季は鳥へ意識を向けたまま帯と対峙する氷柳へ視線を投げる。帯と切り結びながらも黄季を視界に入れていたのか、氷柳が一瞬その視線に応えるように黄季を流し見た。


 その瞬間を、黄季は見逃さない。


「行って!!」


 黄季の声に民銘が走り出す。明顕はまだ事態を理解できていないのか、氷柳の後ろで硬直したままだ。そんな明顕に向かって民銘は真っ直ぐに走る。


「『白雷びゃくらい』」


 その疾走に合わせるかのように氷柳の飛刀が舞った。


「『閃華せんか』」


 帯に突き刺さった飛刀を起点に白い閃光が炸裂する。帯が身悶えるように宙へ浮き、床近くに空間が生まれた。その隙間に足から滑り込むように突っ込んだ民銘は、床を滑りながら明顕の隣まで行き着くと勢いを殺すことなく明顕の腕を取る。


「民銘!?」

「結界確かめるんだろ!? 行くぞっ!!」


 体勢を立て直した民銘に引きずられるように明顕が角を折れた先に姿を消す。あの扉の先が保管庫だ。民銘がついていれば明顕は大丈夫だろう。


 ──何だかんだ言って、やっぱ明顕には民銘がいないとダメだし、民銘には明顕がいないとダメなんだよな。


 そんな同期達の姿に一瞬笑みを浮かべてから、黄季は目の前の鳥の水差しに集中する。


 相変わらず鳥は黄季の攻撃範囲圏外から黄季の隙を伺っていた。内包している呪力の大きさは問題ではないが、黄季の展開速度では封じが掛かりきる前に逃げられてしまうだろう。


 ──だったら……!


 策を思い浮かべた瞬間、鳥は再び突っ込んできた。その突撃を剣身で受けるのではなく体ごと避けた黄季は左手の鞘で思いっきり鳥の横っ面を引っぱたく。


壬奠じんでん先輩っ! 任せましたっ!!」


 元が水差しである鳥は、小さいことも相まって大した重さを持ち合わせていない。黄季の打撃を吸収できるだけの体積も重さもなかった鳥の水差しは、すべもなく黄季が鞘を振り抜いた方向へ飛ばされていく。


 その先で黙々と寡黙に呪具封印に勤しんでいた先輩退魔師は、黄季の声に振り向くと即座に封呪の結界を展開してくれた。壁のように立ち上った結界に自ら突っ込んだ鳥の水差しは、鳥網に引っかかった小鳥のように光の網に絡まった瞬間、ただの美しいだけの水差しに戻る。


「先輩! 封印した呪具は入口にいるおん長官に渡せば引き取ってもらえますのでっ!」

「なぜ、長官はそのようなことを?」

「この騒動をいい実地訓練だって!」

「……理解」


 コクリと口数少なく頷いた壬奠は足元で山になっていた呪具を抱え上げると入口へ向かっていく。その多さに黄季は目を丸くした。


「すっげ……」


 確かにここまで封印が進んでいるのに状況が一向に改善しないのはどう考えてもおかしい。保管庫に突入した二人が有効な一手を打ってくれることを願うまでだ。


 ──明顕、民銘、任せたからな!


 黄季は一度剣と鞘を振り抜いて意識を切り替えると、己の役目を果たすべく前へ踏み込む。


「これ、実地訓練なんだとよ!」

「なんだよー! じゃあ命かけて戦わなきゃなんねぇ代物は上役に押し付けていいんだな?」

「封印した呪具は入口の長官まで宅配だとよー」

「戦えない仙部せんぶの人間もまとめて宅配しとけ」

「てかこの無茶振りもいいとこな呪具も、全部長官の所に転送してやろぉぉぉぜぇぇぇっ!?」


 先程の黄季の声が他の人間にも伝わったのだろう。そこかしこから聞き覚えのある声が聞こえてくる。


 そのことにホッと息をいた瞬間、フッと空気が軽くなった。思わず顔を跳ね上げれば、周囲がわずかに明るくなっている。


 ──瘴気が消えた……!


 集団で飛びかかってくる碁石を軽やかな足捌きで避けながら、黄季は視線を保管庫の方へ向ける。


 その瞬間、ギラリと銀の閃光が走り、ダンッと鈍い衝撃が空気を震わせた。


「いい機会だ」


 空白を生む衝撃の中に、低く声が響く。


 その瞬間の一部始終をうっかり目撃してしまった黄季は、背筋を震わせる寒気に思わず『ヒッ!!』と息を呑んだ。


「今後の憂いを払うためにも、今ここで丁重に焚き上げてやろう」


 鈍い煌めきを見せたのは、氷柳の手に握られた匕首だった。匕首の刀身は綺麗に畳み込まれた状態の帯を貫き、傍らにあった壁に深々と突き立てられている。匕首に貫かれたまま痙攣するかのように蠢く帯は、まるではりつけにされた蛇のようだ。


 帯を壁に固定した氷柳は、そのままトトッと軽やかに後ろへ下がる。その動きの中で舞を舞うかのように優雅に翻された手が印を結んでいた。


「『謹請きんせいたてまつる 此処ここに澱む一切の穢れを祓い清め給え 天上宮に在りて一切の災厄を赦せざるべし』」


 ──ちょっ! ちょちょちょぉぉぉっ!? 氷柳さぁぁぁぁんっ!?


「『天破てんは斎浄さいじょう』っ!!」


 氷柳が何をしようとしているのか気付いた黄季は思わず状況を忘れて手を伸ばす。


 だが最強の名を欲しいがままにしている退魔師が組んだ術式は止まらないし、止められない。


 黄季が一歩前に踏み出した瞬間、匕首を中心に帯を呑み込む業火が燃え上がった。一切の穢れを焼き払い無に返す、最上位攻撃系浄祓呪に飲まれた帯は、まるで断末魔を叫ぶかのように業火の中でのたうち回る。だが匕首そのものに何か術式が仕込まれているのか、あるいは余程氷柳が力を込めて刃を突き立てたのか、帯がどれだけ暴れようとも匕首が抜ける気配はない。


「すっげ……じゃなくてっ!!」


 一瞬、一生退魔師をやっていても拝めるか否かという大技に黄季はぽけらっと見入ってしまう。


 だがそんな場合ではなかったと我に返った黄季は慌てて氷柳の元へ駆け寄った。


「氷柳さん! マズいですってこんな場所でっ!!」


 いくら『天破斎浄』が穢れしか焼かない炎であっても、燃えている間はごくごく普通に熱い。そもそも泉仙省はある意味穢れの宝庫だ。呪具を始めとした穢れを帯びた物品が近くにあれば『天破斎浄』の炎は穢れを伝って延焼する可能性がある。おっかない呪物を焚き上げて無に帰すことには賛成だが、今は実行すべき場面ではない。


「万が一延焼したらマズいことに……っ!!」

「まさにその通り」


 どうすれば鎮火できるのかと、焦りに空回る頭で黄季は必死に策を巡らせる。


 その瞬間、こんな時だというのにどこかのんびりとした声が黄季と氷柳の間に割って入った。


「新しい相方が常識人で助かったのぉ、涼麗」


 同時に、いきなり目の前に現れて破裂した水塊が泉仙省の廊下ごと業火を押し包む。


「わぷっ!?」


 まさに『目と鼻の先』で突然起こった出来事に黄季はすべもなく巻き込まれる。両腕で顔をかばい、息を止めるだけで精一杯だ。突然生まれた水流にあらがえず両足が浮き、体は流れに押されるがまま後ろへ吹き飛ばされる。


「さぁて」


 次に第三者の声が聞こえた時、黄季は泉仙省の外に転がされていた。上から下まで濡れ鼠になった状態で地面を転がったせいで全身がジャリジャリいっている。慌てて隣を見れば、氷柳も似たような状態になっていた。少し離れた場所に慈雲がいて、その慈雲はなぜか片手で顔を覆ってガックリとうなれている。


 そんな黄季の視界をさえぎるかのように、声の主はニュッと姿を現した。


「これは一体、どういうことかな?」

「う、うん老師……?」


 濃い灰色の袍を纏い、穏やかな声音で言葉を紡いでいるのは、泉仙省最長齢の退魔師である薀魏覚ぎかくだった。


「え、薀老師が氷柳さんの術を相殺させた? え? え?」


 確かに薀老師は泉仙省の長老で誰もが一定の敬意を払っている相手だが、歳が歳なだけに第一線からは身を引いている。外部との折衝や留守居、若手達の相談役というのが主な役目で、黄季達新人は薀老師が実際に術を振るっている所を見たことがない。


 ──そんな薀老師が、氷柳さんが編んだ最上位攻撃系浄祓呪をあっさり相殺させた? 現役バリバリ最高峰の退魔師である氷柳さんの術を?


「黄季、黄季」


 想像もしていなかった事態に黄季は目をパチクリとしばたたかせる。そんな黄季の肩を横からチョイチョイとつついたのは壬奠だった。訳が分からないまま黄季が壬奠を見上げると、壬奠は身振りでここから離れろと黄季に指示を出す。


「慈雲?」


 首を傾げながらも黄季は壬奠の指示に従ってソロリと腰を上げた。


 その瞬間、薀老師は首を巡らせて慈雲を振り返る。声は常と変わらず穏やかであったのに、項垂れたままの慈雲はなぜかビクリと肩を跳ね上げた。


「お前もここに来なさい」


 穏やかなのに圧がある、氷柳が醸す冷気とも慈雲が醸す冷気とも違う冷気を言葉の奥に忍ばせながら、薀老師は慈雲を呼びつける。だが慈雲は凍りついたかのように動かない。


 それを見た薀老師の顔から、スルリと笑みが消えた。


「ヒッ!!」


 ──え? 今の悲鳴、長官の?


 聞いたこともない慈雲の声に黄季は思わず目を丸くする。


 そんな黄季の視線の先で、慈雲がギシリ、ギシリ、と軋みを上げそうなぎこちなさで動き始めた。


 時間をかけて氷柳の隣まで移動した慈雲は、薀老師に視線を向けると、なぜか自主的に地面に正座した。水で濡れてグシャグシャになった地面の上に、だ。


 ──え? 長官?


「うむ」


 そんな慈雲を表情のない顔で見遣った薀老師は、次いで氷柳に視線を向けた。薀老師と視線が合った氷柳は、なぜか慈雲と同じようにピシリと体を硬直させる。


「涼麗」


 薀老師は、慈雲を呼びつけた時と同様に『何をせよ』とは言わなかった。ただ名前を呼んだだけである。


 だがなぜか氷柳も、凍りついた顔で薀老師を見上げたまま、その場にギクシャクと自主的に正座した。繰り返すが、水で濡れてグシャグシャになった地面の上に、だ。


 ──いや、氷柳さん並の美人さんなら水が滴っていようとも、泥にまみれていようとも、地面に正座させられていようとも、様になってはいるんですがっ!?


「お前達、今回は何をした」


『何事!?』と黄季が内心で慌てふためく中、薀老師は静かに口を開いた。そんな薀老師の言葉に、サッと顔を伏せた二人は答えない。


「何をした?」


 変わらず立ったままの薀老師がさらに言葉を落とす。


 まるでその言葉が実際に重みを持って降ってきたかのように二人は小さく体を震わせた。


 それでも黙り込む氷柳に対し、慈雲がおずおずと口を開く。


「何も、しておりませんが……」

「ではなぜ、保管庫の結界が切れた?」

「いや、俺達、本当に何も……」

「毎日のように吹き荒れておった、あの気の乱流は何なのだ」

「……慈雲が喧嘩を売ってきたので、買っていただけです」

「りょぉぉれぇぇいっ!? 元々吹っかけてきたのはお前の方……っ!!」


 ボソリと呟いた氷柳にガバリと慈雲が顔を上げる。だが薀老師の喉から滑り出てきた『ほぅ?』という声に慈雲は再び凍りついた。


「あれだけの事をしでかしておいて、他に影響が出んと思っておったのか」

「あ、いや、でも! 保管庫の結界は……っ!」

「涼麗。お主もしれっとした顔をしておるが、そもそも慈雲を煽ったのがお前さんだということも、わしはちゃんと分かっておるからな」

「! しかし老師……!!」

「黙らっしゃいっ!! いい歳にもなってお前さんらはなぁにを大人気ないことをしとるかっ!!」


 普段の穏やかさからは想像もできない大喝に、直に叱られている二人のみならず、事態を見守っていた周囲の人間まで体が跳ねる。ビリビリと走り抜ける衝撃は周囲の建物まで震わせたようだ。一体何事かと建物の中にいた人間までもが顔をのぞかせている。


「ど……へ……?」


 目の前で繰り広げられる光景に理解が追いつかない黄季は、意味をなさない声を上げながら傍らに立つ壬奠を見上げる。視線と黄季の指差しで言いたいことを理解したのか、冷静に袍の水気を絞っていた壬奠は言葉少なく黄季に答えてくれた。


「恩長官の先代が、薀老師」

「……へ?」

「長官達が入省した頃の長官が、薀老師」


『知らなかったのか?』と視線で問い返してくる壬奠に黄季はブンブンと首を横に振った。そんな黄季の仕草にわずかに眉を寄せた壬奠は、さらに言葉を追加してくれる。


「『氷煉ひれん比翼』も『猛華もうか比翼』も、戦果が高くはあったけど、その分ぶっ飛んだ人間だったらしいから。……現役時代は、よく、こうやって叱られてたらしい」

「……はい?」

「今や長官と尊師にまとめて説教喰らわせられる唯一の御方だ。敬意を忘れないようにな」


 ──いや、そんなことはなくても、敬意は持ってますが。


 黄季は首をカクつかせながらもう一度説教される二人と説教を喰らわせる薀老師を見やる。相変わらず濡れた地面に正座させられた二人は、観念したのか神妙に薀老師の言葉を拝聴していた。その姿に『泉仙省泉部長官』『白衣を纏う最強退魔師』という、常の二人の威厳は欠片もない。


「罰としてお前さんら二人で滅茶苦茶になった廊下と保管庫を片付けるように。結界の再構築もしっかりとな」

「ちょっ……!」

「老師! それは横暴が過ぎるのでは……っ!」

「この程度で許してやろうと言うとるんじゃ。神妙に聞き入れんかっ!!」


 最後にもう一度雷を落とし、さらに二人の頭に拳骨まで振り下ろした薀老師は、それで気が済んだのかスッと冷気をかき消すと黄季と壬奠を振り返る。背景に為す術もなく地面に沈んだ二人を置いて常と変わらず穏やかに微笑んだ薀老師に、黄季のみならず壬奠までもが思わず身を引いた。


「さて。現場の後片付けはこの馬鹿二人が責任を持ってやるから、お前さんらは風呂を借りてくるといい。わしが話をつけてきてやろう。少し待っていなさい」

「は、はい……」


 それ以外に何と答えれば良いのか。


 黄季は動きが鈍い首で頷きながらもそっと氷柳の様子を盗み見る。意識が飛ぶほどの衝撃はなかったのか、黄季の視線を察知した氷柳は地面に沈められたままヒラリと片手を振った。その動きはどこか不貞ふてくされた空気があるものの、氷柳は甘んじて罰を受けるつもりであるらしい。


 ──俺、今度薀老師に、何か差し入れしとこっかな……


『今まで無意識にでも何か無礼なことしてなかったよな?』と黄季は小さく震えながら記憶を掘り返す。


 そんな黄季の耳を叩いたのは、どこか気が抜けた同期達の声だった。


「うっわ! 何これっ!?」

「一体何が……って黄季!? うわっ、恩長官に汀尊師まで!」

「一体何があったんですかっ!?」


 本日の立役者達は、保管庫にいたことで水難を免れたのだろう。


 間違いなく事態の中心にいたはずなのになぜか蚊帳の外に置かれた二人は、外の惨状を目にしてシパシパと目をしばたたかせていた。

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