第93話 The name I asked with a vague feeling

「あっ、えっと、ごめんなさい。急にお邪魔してしまって。ちょっと迷子になってしまって、誰か道を聞ける人を探していたら、ここにお城が見えたから勝手に降りてしまったの」

「あれ?でも、この男の子どこかで見た感じがする……」


「迷子……ですか?どこへ行くつもりだったのです?」


「えっと、魔王城だけど、行き方分かる……かしら?」


「陛下のお知り合いの方ですか?」


「えぇ、まぁ」


「それでしたら、ぼくもこれから陛下の元に参りますので、一緒に行きますか?」


「お願いしていいなら、連れてって欲しいか……な」


「それではこちらにどうぞ」


 男の子はどこかへと歩いて行く。少女はその後ろを追い掛けていった。少女としてはどこか胡散臭い気がしなくもなかったが、縋りついた藁を手放す気はなかったし、万が一何かが起きたなら掛かる火の粉を全力で振り払う気持ちでいたのは確かだった。



 斯くして城の中にある1つの部屋の中に男の子は入って行き、少女はその後に付いていくが城の中では誰一人としてすれ違う者はいなかった。


 そして……少女が入ったその部屋の中には、ポータルが開かれていた。



「このポータルをくぐれば陛下のいらっしゃる魔王城です。ですが、その前に1つ、応えて頂けますか?」


ごくりッ


「な、何かしら?」


「貴女は何故、纏っておられるのです?」


 少女の耳には確かにそのように聞こえていた。そして、その一言を皮切りにその身から放たれ始めたプレッシャーは、ただの魔族デモニアの男の子と侮っていた少女の背中に一筋の汗を垂らしていった。




「よくぞ参った」


「はっ、陛下に於かれましてはご機嫌麗しゅう存じます」


「アヴァルティアよ、娘が世話を掛けたな」


 ディグラスは少女が出会った男の子を「アヴァルティア」と言っていた。その名前と顔が少女は一致していなかったから最初は分からなかったが、改めて思い返した結果、ヨルムンガンド討伐戦の時にいた1人だった事を漸く思い出していたのだった。



-・-・-・-・-・-・-



「貴女は何故、先代の力を纏っておられるのです?」


「先代?」


 目の前の男の子は明らかに敵意と殺気を自分に対して向けているのが分かった。だが一方で少女は男の子が紡いだ言葉の意味が分からなかったのだ。

 拠ってこのままでは自分に対して向けられている殺気は、自分に襲い掛かって来る事になると判断した事から、先ずは自分の形態フォームを解いたのだった。



「えっ?!貴女、ヒト種なんですか?」


「えぇ、これが本来のアタシの姿よ。魔界に来る為にはさっきの姿に成らないと来れないから変身してたんだけど、貴方がさっき言ってたのは、このどちらか……マモンかベルゼブブの魔石の事であってるかしら?」


「何故、貴女がこれらの魔石を?この魔石は陛下が武勲報奨の際に……まさか、貴女……が?」


「ん?あぁ、そうね。貴方とはハジメマシテよね?貴方が「強欲」を継いだのね?こんなに若い当主とは思わなかったから、気付かなくてこめんなさい。貴方がアヴァルティアさんなのね」


 少女はそう言って微笑んでおり、アヴァルティアの殺気はみるみる内に萎んでいったのだった。




「それで何故、今回は直接魔王城ここに来なかったのだ?」


 魔王ディグラスは少女の方を向き、言の葉を投げていた。今回はアヴァルティアがこの場にいるからだろうが、いつもの「優しさ」は影を潜めている様子だった。



「それはアタシが聞きたいわよ。ここに来るハズの座標が変わってたんだから。ねぇ父様、何か心当たりは無いかしら?「魔界」で何か変わったコトとか起きてたりするんじゃないの?」


「アヴァルティアよ、話してやれ。恐らくは、そなたの考えている事が起きている」


「はっ、畏まりました、陛下」


「王女殿下、申し上げます」


「ちょっと待て」 / 「ちょっと待って」


「は?どうされましたか?お2人ともお揃いで」


「そ、その「王女殿下」って何かしら?」


「娘は立太子していないので殿下ではない。それにそんなガラではないな、はっはっはっ」


「父様?それって、アタシがお淑やかじゃないって言ってるのかしら?」


「まぁまぁ、落ち着け。と、言う訳だアヴァルティア。誤解を生むような敬称は避けるべきだな」


「畏まりました、陛下。それと申し訳御座いませんでした、御子様」


「なんか、納得出来ないから、ちゃんと後でお話ししましょうね?ま・お・う・へ・い・か?ふんすッ」


「さ、さぁ、アヴァルティアよ、続きを頼む」


 魔王ディグラスはしどろもどろになっており、少女は鼻息を荒くしてジト目で睨んでいた。

 アヴァルティアは2人のギクシャク度合いに躊躇う事なく、魔王ディグラスに言われた通りに少女に伝えていくのだった。



「御子様、ぼくの観測の結果ですが、他の次元か世界で何かしらの問題が生じているものと思われます。今から約一月ほど前、次元の歪みが「魔界」全土に及びました。その余波があちらこちらに出ているものと考えております。恐らく転移術式の座標が変わっていた事もそれが原因だと思われます」


「あ、あああ、あの、ととと、父様?あわわわわ」


「はあぁぁぁぁぁ。お前が元凶なのか?」


 アヴァルティアの紡いだ報告は、少女の立ち居振る舞いを激変させていった。当の少女は、その背筋に大量に噴き出していった冷や汗と、自分の掌に握る脂汗が尋常じゃ無い事は流石に気付いていたし、心当たりがあり過ぎて足が平然とガクガク震え出していった。

 そしてその後の少女の言動は魔王ディグラスに深くて深く、余りにも深いため息を齎していった。拠って事の重大さに気付いた魔王ディグラスは、アヴァルティアを下がらせて少女を連れて自室へと向かう事にしたのである。




「で、今度は何を仕出かしたのだ?」


「「魔法」を、完成……させちゃったの」


がたッ

 ぱりんッ


「な……んだと」


 少女の口から小さな小さな声で呟かれた言の葉は、ディグラスの耳にしっかりと届いていた。そればかりか完全に動揺したディグラスは思わず手に持っていたカップを落とし、カップは床に落ちてものの見事に真っ二つになって割れていった。



「ま、「魔法」……だと?そんな大層なモノを完成させたのか?」


「う、うん。成り行きで……」


 ディグラスはわなわなと身体を震わせながら言の葉を紡いでいた。少女はこうなってしまっては全てを話さなければならないと悟り、「神界」で起きた「魔法」完成に至る出来事の終始を全て語る事にしたのである。




「そうか、そんな事があったとはな」


 魔王ディグラスといえど「魔法」については信じられるワケがなかった。だが少女が嘘を言っているとも思えずにいた。

 それくらいの大事であるが、今「魔界」に起きている現象がその話しに信憑性を持たしていた。



「今、聞いた話しから推察するとだな、消滅した「妖精界」は「魔界」の直下の次元にある世界だ。だから、その余波が出て入ると言う事になる。だがしかし、その話しを信じればこそ、最近魔界に起きている現象に対して信憑性しんぴょうせいが出ると言うものだ」


「な、何が一体起きているの?」


「先ず、第一に、この世界を取り巻く環境が変わって来ている」


 突如として「魔界」に齎された変化は些細な事とは言い切れなかった。だからこそ魔王ディグラスは重たい口を開いていくのだが、その些細な事ではない現象を齎した少女に対して本当に告げるべきなのかどうかも悩ましい点ではあった。



 ディグラスが話した「世界の変化」は以下のものだ。


・人間界との関係性が「」の状態から、やや「みつ」になりつつある事

・「魔界」に於いて存在していなかった魔獣が見付かっている事

・「魔界」の世界線そのものが広がっている事

・「魔界」に時折、太陽が昇る事


「まだ他にも認識していないだけで起きているやもしれぬがな」


「えっ?「魔界」に太陽が昇るようになったの?」


「うむ。この世界に連れ戻されてから久しく見る事がなかった太陽を見た時は感動ものであったな。まぁ、初めて太陽を見る者達はそれはそれで大騒ぎだったがな」


「そっか、父様がこっちに来てからはそうだったハズよね。確かにアタシが「魔界」にいた時も一日中夜みたいに暗かったし」


「で、そろそろ本題に入ったらどうだ?それらの変化を確かめる為にわざわざ「魔界」に来たワケではないだろう?」


 ディグラスは優しい目に戻っていた。やはり先程の優しくなかった視線はアヴァルティアがいた事が原因だったようだ。



「あっ、そうだった!いけないいけない、忘れる所だったわ」


「まったく、お前というやつは……」


「はいッ、父様にお手紙よ」


 少女から差し出された物と紡がれた言の葉は魔王ディグラスに取って想定外でしかなかった。

 世界の趨勢すうせいに関する事を話していた矢先に、それとは全く関係の無い話しが本題だったと言われれば、誰しもがそのギャップに驚くのは当然とも言える。



「手紙?今、手紙と言ったのか?」


「えぇ、父様に宛てた手紙よ。受け取って」


わたしに手紙とはな、一体誰か……ッ!?こ、これは……まさかッ」


 少女は母であるウェスタから預かった手紙をディグラスに渡したが、誰が書いたとは一言も伝えなかった。

 だからこそディグラスは誰からの手紙か分からず、また、手紙を渡されるいわれも無かった事からいぶかしみながら受け取る事にしたのだ。

 しかし手紙を開いた途端に「驚愕」の二文字をその表情に浮かべるのだった。



「これは、アイリからの手紙……なのか?」


「ねぇ、父様、アイリって誰?」

「母様の名前はウェスタじゃないの?アイリなの?」


 少女は父・ディグラスに問い掛けるが、ディグラスは手紙を読みふけっており、少女の声は全く届いていない様子だった。

 少女はその光景に溜め息を付きながらも、「やれやれ」と心の中で呟いていた。



 魔王ディグラスは目尻を濡らしながらも手紙を一心不乱に読み耽っていく。文字を一言一句逃さず、全ての感覚を目だけに集中して耳に入ってくる音はただのノイズでしかないと言わんばかりだった。

 何度も何度も上から下へと視線を動かし、それは全ての文字を暗記するかの如くであって、流石の少女も閉口するしかなかった。

 そんな魔王ディグラスは恥も外聞がいぶんもへったくれも無い、ただ愛する妻への懐古かいこの念に拠って突き動かされていたのである。



「父様の涙って、初めて見たかも……」


 少女は泣いている父親の姿を初めて見た気がしていた。でも、少女はそう思っても口からは絶対に出さず心の奥底へと仕舞しまっていった。




「ねぇ父様?母様って、偽名だったの?それとも、アイリって名前も持ってたの?」


 少女は読み耽っていた魔王ディグラスが落ち着きを取り戻す時まで空気を読んだ。いや、読む事しか出来なかった。何を言っても無駄だと感じたからだ。

 そして、どうしても聞きたかった質問を……、今か今かと待ち侘びた質問を、遂に投げる時が来た事を悟り、やっとの思いで紡ぎ出していった。



「アイリの名前は「神族ガディア」としての名前は有名過ぎたのだ。だからアイリ、いや、ウェスタは自分に仕えてくれていた者の名のアナグラムを用いて、自らの名とする事を受け入れてくれた。アイリ自身がヘスティアとして立てた誓いを破った事と、ウェスタとしての役目を放棄する事を、自身に仕えてくれていた者の名を名乗る事で償いの意を込めたのだ」


「なんか素敵ねッ!父様と母様って!」


 少女は素直な気持ちを……思うがままで思った通りの言の葉で紡ぎ、自分の父親に向けて、屈託の無い笑顔と共に声に出したのだった。

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