第85話 A new name that came naturally

「ところで、ソレは本当に一体何なんだ?さっきはオレサマの子供とか言ってた気がすんだが?」


「この子はさっきも言ったけど、アナタの子よ?本当に覚えてないの?」


 スサノオは少女の肩に眠そうに乗っかっているウサギモドキを指差して紡ぎ、少女はそれに対して普通に返しただけなのだが、そのおもむろに放った言葉はヘラを始め、その場に居合わせたサリエルに「ピシッ」と衝撃を与えていた。そしてヘルモーズは「やっぱり」と何かを達観した様子だった。

 だが3人が3人共に、2人の会話を全て聞いていたワケではなく、掻い摘んで聞いた為に齟齬が生じる事になる。



「あああ、貴女!こここ、子供を作ったのだわ?」


「あ、あの時ですか?スサノオ殿を正気に戻すべく、くっ、口付けをしたからなのですかッ!?」


 ヘラとサリエルは明らかに動揺して少女の肩を掴み、少女の身体を前後左右に振っている。その2人の息はピッタリとあっており、少女の身体は左右で捻れる事無くキレイ揺さぶられていた。



「ヘラ叔母様、サリエル、酔っちゃう、酔っちゃうぅぅぅ。それに、き、キスしても子供は出来ないかrrrrrrr」


「子供……子供……子供?あぁ、あの時のかッ!」


 スサノオのその言葉は少女を揺さぶっていた2人の目の色を変えさせた。こうしてヘラは目をギラつかせると今度はスサノオの肩を掴み、睨みを利かせた上でドスの利いた声で紡いでいく。

 サリエルはやはり目を吊り上げ、口をへの字にして詰め寄っていた。



「ごるあぁ、スサノオッ!大事な姪っ子をキズモノにした責任は、ちゃんと取ってくれるんだろうなぁ?あ゛あ゛ん?」


「見損なったぞ、スサノオ殿……。貴殿は、貴殿は不肖わたしが初めて尊敬に値する男だと思っていたのに……」


「へっ?おいおい、こりゃどういうこった?それにアンタ言葉遣い変わってるし、そして揺らすのをやめてくrrrrrrrr」


 ヘラの背景には「ごごごごごごご」と何かが蠢いている様子であり、サリエルの背景には「ずずずーーーん」と暗い陰が掛かっている様子だった。

 そしてヘルモーズは、何故か「タライとお湯と清潔な布を用意しなくては」と口ずさみながらおろおろとしていた。


 そこには良く分からない修羅場が発生しており、様々な感情が渦巻いているその情景は、知らない者が傍から見たら……

 子供を認知せずダメ男に、望まない妊娠をした当事者とそれに怒る保護者、そんなダメ男に二股掛けられていた女性……ヘルモーズの立ち位置はよく分からないがそんな構図だろう。

 まぁ、これは余談が過ぎるが。




「えっ?えっ?えっ?ちょっとこれ、どう言う事?」

「一体どうしたの?ヘラ叔母様?」


「だって、アナタはこの男に孕まされたのだわ?ちゃんとお互いの合意があったとしても、ヒト種と神族ガディアで子供を作るなんて……半神半人の子供は可哀想なのだわ。ううぅ。ヘスティア姉さんヘスティア姉さんなら、ヘスティア姉さんの子供も同様なのだわ。ううぅ、しくしくしく」


「ちょ、ちょっと///ヘラ叔母様ッ!な、何かを勘違いしてると言うか、アタシはこの男スサノオと、その、ごにょごにょ……し、シてなんかいないわ。だって、アタシはまだ処女だもんッ!」

「あッ///」


ぼしゅう


 少女は「恥ずか死」した。それは見事エクセレント自爆オウンゴールであって轟沈ごうちんした少女に、誰も何も掛けられる言葉がなかった。

 そんな少女の頭からは湯気が何本も立ち昇っている様子で、地面に突っ伏していた。




「禊の結果……?はぁ、それならば良かったのだわ。貴女もあの唐変木とうへんぼくのような悪い男に騙されて手籠てごめにされて子種を付けられてしまったのかと思ってしまったのだわ」


「オレサマはッ」


「お黙りなのだわッ」


 ヘラはサラッとスサノオを貶し、スサノオは「ムッ」とした表情をあらわにして抗議しようとしたが、ヘラに因って一蹴されてしまった。



「これから話す事をちゃんとよく聞くのだわ」

「その子は、貴女を母親だと思っているのならば、名付けをしてあげるといいのだわ。そうすれば、貴女とパスが繋がって成長が早くなるし、オドの循環も出来るようになるのだわ。そうすれば、ちゃんと立派に成長するのだわ」


「そうなのですか、ヘラ叔母様?それじゃあ……う~んと、「フィオ」ってのはどうかな?」


「ママ?それ、名前?ぼくは「フィオ」?」


「えぇ、アナタの名前は「フィオ」よ!」


 フィオと名付けられたウサギモドキは嬉しそうにはしゃぎ回り、少女の周りを飛び回っていた。



 フィオは「根の国」から帰って来た後、「葦原中国あしわらのなかつくに」で2人が行った「みそぎ」の際に産まれた卵からかえった神獣である。少女はスサノオから貰った神獣の卵をデバイスの中に保管しており、卵はデバイスの中で少女のオドを浴び続けた結果、孵化ふかしたのだった。

 だが、結局のところ孵化したフィオが、何の「神獣」なのかは「誰も分からない」と言うのが結論だ。角と羽を持つ「ウサギ」と言う神獣は誰も知らなかったのである。

 そもそも「神獣」は生態系の中では幻想種であり魔獣と同種とされるコトから、神族スサノオヒト種少女の禊で産まれたフィオは正式には神獣ではない。

 だが、よく分からない生物である事に代わりはないので、神獣という呼び方で呼んでいるに過ぎないが、これもまた余談である。



 結局の所、少女が編んだ「魔法」とその「結果」については有耶無耶うやむやにされた。それは齎した「結果罪の意識」に因って少女の精神が圧し潰されないようにする為の配慮である。



 神の行いは全てが「」であるのに対して、人の行いは全てが「是」とは限らない。今後、今回の事で何か問題が生じたならば、それは引き金を引いた少女へと帰結する事になるだろう。

 だから、ヘラは少女の精神を守るべく有耶無耶にしたのである。人は弱く、罪の意識からは逃げられない事を知っていたからだ。



-・-・-・-・-・-・-



どおぉぉぉぉん

ずがあぁぁぁん


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉッ」


きぃんききぃん


 激しい砲撃に拠る爆発音が響き渡り、武器が激しくぶつかり合う音が木霊していた。

 そう、ここは戦場である。



 セックとスカジの両名は「アースガルズ」を滅ぼした霜巨人族ヨトゥニアの軍勢と合流し、その指揮に加わっていた。そして、その軍勢は「アースガルズ」の残党及び、ニョルズが連れてきた「ヴァナヘイム」の軍勢との終わらぬ抗争を続けていた。


 セックは戦利品である多脚馬種スレイプニルまたがり、崖の上から軍勢同士の戦争を見下ろし、一方のスカジはセックの横にしゃがみ込み、崖の下の谷間で繰り広げられている光景を目を輝かせてまじまじと見詰めていた。



「オーディンが不在とは言え、ここまでニョルズが頑張っているとはな?どうだ?元“夫”は頑張っているぞ?何か声を掛けてやるか?」


「あんな男を元でも“夫”だなんて言わないで、けがらわしいのね。あんな、脚が綺麗な男なんて思い出したくもないのね。ぷいッ」


「まぁ、いいさ。アタイ達が引き起こした「神々の黄昏ラグナロク」は直に終わる。そうなれば、この地を足掛かりにしてこの「神界」そのものに「終末ドゥームス」を巻き起こし、この世界を暗黒郷ディストピアに変えてやるさ」


 不気味な程の嘲笑で顔を歪めたセックは、憎々しげな様相で眼下で戦闘をしている「アースガルズ」と「ヴァナヘイム」の軍勢に視線を向けていった。



「さてスカジ、アンタはどうするんだ?ここで高みの見物をしているのか?それならそれで構わないが、それならそうでアンタの元“夫”とはアタイが遊ばせて貰うよッ!はいどぉッ、とっとと走りなッ」


ピシぃ


「もうッ!あんな男の事なんて口にも出さないでって……ふふッ、さすが多脚馬種スレイプニルなの。もうあんなところまでセックを連れていってるのね。でも、スカジも遊びたいから遊びに行かないと……置いてけぼりはイヤなの」


 セックは手綱を打ち多脚馬種スレイプニルを走らせ崖を下っていく。その目的地は眼下に広がる戦場であり、その目的はその中にいるニョルズの首のようだった。


 そしてスカジもまた戦場に向けて崖を降りていく。その手にはそれぞれ禍々しいとげが生えている短槍があり、重力に逆らう事なく垂直落下で崖下に到達したスカジは狩る獲物を探していく。



 こうしてビキニアーマーとベビードールを着た異質な格好の2人は、「アースガルズ」と「ヴァナヘイム」の軍勢の横っ腹に突き刺さる形で強襲を仕掛け、軍勢を蹂躙じゅうりんしていったのである。



 突如として強襲された連合軍は浮き足立っていた。2人が軍勢の中腹に刺さった事で情報の伝達は分断され、崖下の谷間にいて長く伸び切った連合軍は混乱を余儀なくされたのである。




 「アースガルズ」の東側は天然の「要害ようがい」であり、重傷のオーディンを連れて逃げる際にはその「要害」に拠って事無きを得ていた。だが、いざ攻めるターンになった時にはその「要害」によって阻まれ、悪戦苦闘していたのである。

 谷間という地形に拠って横に広がれないので縦に間延びしなければならず、騎兵は速度も突撃力も活かせない為に使う事は出来ない。これでは「アースガルズ」を取り戻す事もままならず、このまま環境が悪い状況下に居続ければいつオーディンが力尽きるかも分からない。

 それだけは避けねばならない連合軍は一進一退を繰り返しながら「アースガルズ」へと向かっていたのである。拠って、地の利が完全に連合軍にはない上に中腹への強襲は混乱を来たし、中腹より後ろ側は潰走寸前まで陥っていった。このままでは先頭の部隊が挟撃されるか、本陣が襲撃される事は目に見えていたのである。



 ニョルズは軍勢の中域で戦況を見ていたが、2人の突然の乱入に因って一気に戦況が、悪化の一途を辿っている事に焦りを覚えていた。



 連合軍の前方にはテュール率いるドワーフ族ドワーフィアの歩兵が配置され、敵勢力と今なお激しい戦闘を繰り広げている。

 中域はヴァーリ率いる精霊族フェアリア及びエルフ族エルフィアに拠る射撃兵が配置されており、前方へ魔術に拠る砲撃と矢を射掛け、ドワーフ族ドワーフィアの支援を行っている。


 そんな構成の敵軍に対して崖の上からの奇襲で2人は、中域の部隊に乗り込んだのである。

 それに因り連合軍は混乱の一途を辿ったのであった。




 ニョルズはこのまま好き勝手させる訳にはいかず、斯くなる上は自らが動かざるを得ない事を悟り、奇襲をして来た者達と対するべく三叉みつまたほこを持つと、自らもまた多脚馬種スレイプニルまたがり戦場を駆けていった。




「なッ!?敵襲はスカジ……なのか?」

「くッ。よもや、オマエが敵だったとはな……。スカジッ、せめてもの情け!俺がオマエを討つッ!」


 スカジは兵をえつに浸っており、自分に敵意と殺意を向けている者に気付いていなかった。

 拠って元“妻”の凶行を止めるべくニョルズは手綱を引き馬首をスカジに向けると突撃していったのである。



「でやあぁぁぁぁぁぁああぁぁぁッ!」

「スカジ、覚悟おぉぉぉぉぉッ」


「なッ?!ニョルズ」


どんッ


 雄叫びを上げてニョルズが鉾を構え、スカジを討たんと鉾を突き出そうとした時、ニョルズは左側面から衝撃を受ける事になった。スカジはニョルズが迫って来ていた事に気付いておらず、ニョルズの雄叫びで気付いたのだが、それ以前にニョルズもまた、自分が狙われていた事に気付いていなかったのがアダとなったのである。



「ぐはぁッ。な、なんだ、一体何が?」


どさッ


 ニョルズは突如として襲ってきた衝撃に、馬から弾き落とされニョルズを振り落とした多脚馬種スレイプニルはどこかへと走り去っていった。ニョルズの左側面からの衝撃、それはもちろんセックによる体当たりである。

 セックはニョルズを獲物として探していた。そしてスカジに向け強襲を掛けようとしているニョルズを発見した事で、気付いていないニョルズの左側面に自分の馬を体当たりをさせたのだった。



「セック、助けられたの。スカジはこんなヤツにヤられたくは無いから本当にありがとうなのね」


ざっざっ


「くっ、スカジ……」


「ニョルズ、アンタとはここでお別れなのッ!スカジの槍で後悔しながら死ぬのね」


しゃしゃしゃッ


「?!」


 突如として自分に向かって飛来する矢に気付き、スカジはニョルズを仕留める事を諦め矢を弾き距離をとっていった。



「兵達よニョルズ殿を守れッ!」


「待つのよッソイツの首を置いていくのよ」


「させん。そなたら元“夫婦”にどんな確執があったか知らんが、ニョルズ殿をらせはせん」


ぎりッ


 スカジを牽制したのはヴァーリであり、ニョルズに近付こうとするスカジに対して射掛けてその行動を阻害していた。


 こうしてニョルズは兵達に囲まれ戦場から離脱しようとしており、それをスカジは黙って見送るつもりもないので兵達を薙ぎ払い、ニョルズを討たんと近付くこうとするが、再びヴァーリに因って阻まれる事になる。



「クソッ!あと一歩だったのねッ!」


「今回は深追いせずに諦めるよスカジ。なぁに、また機会はあるさ。それに獲物は焦らして甚振って楽しんだ方が、得られた時の喜びも興奮もさね」


「でもッ」


「そろそろ分断した先頭のヤツらがこっちに戻ってくる頃合いだからね。流石にテュールの相手と男臭いドワーフ族ドワーフィアの相手がしたいなら止めないよ。ってくのかい?」


「それを全てスカジ1人にらせようとするなら、セックのコトを嫌いになってしまうのね」


「それじゃあ一気に駆けるよ、乗りなッ!」


 セックはスカジに手を伸ばし、スカジはその手を取るとセックの後ろに飛び乗った。こうして2人は戦場を駆け、前方から向かってくるテュール率いるドワーフ族ドワーフィアを蹴散らし跳ね飛ばすと自軍に悠々と帰還するのだった。




「何たる失態。何たる屈辱。セックとスカジめ、次こそは必ず討ち取ってくれるッ!」


「ニョルズ殿、あまり騒がれますとお身体に障ります。今はご安静に心を鎮められよ」


 ニョルズは身体に怪我を負いながら声を張り上げ、悔しそうにただ叫ぶ事しか出来なかった。




「どうやら、アタイらの勝ちのようだな」


「セックは流石なのね」


「ま、この調子で勝ちを続けていけば、必ずオーディンを討ち取れるさ。そん時はスカジにニョルズをあげればいいか?」


「スカジはオーディンも欲しいけど、トールも貰っちゃったしセックにそれは譲ってあげるのね」


 セックはスカジと共に「アースガルズ」の王城「ヴァーラスキャールヴ」へと帰還し、霜巨人族ヨトゥニアの軍勢はときの声を挙げ勝利を祝っていた。

 その後セックとスカジは玉座の「フリズスキャールヴ」で様々な報告を受けていたが、スカジはニョルズを討ち漏らした事がやはり気に触っていた様子で、報告に来た者達をどやしていたが、セックはスカジの勝手に任せておく事にしていた。



「?!ッ痛。な、何だとッ?」


バタっ


「セック、急に倒れ込むなんてどうしたのね?」


「グルヴェイグが死んだ……。共有化していた意識が一方的に消され完全に途絶えた」


「まさかなのね。あのグルヴェイグがやられるハズないのね」


「どんな方法を使ったかは知らないが、グルヴェイグの反応はもう失くなっている。封印されフレイヤに戻ったのか、それともフレイヤごと死んだのかは分からんがまぁ、いずれにせよそれを成し遂げたのは、あの中にいたネズミ達だろうな」


「あの完全パーフェクトア不死ンチモータルが消し去られたとは、どうしても考えられないのね」


「それはアタイも同意見だが、アタイもグルヴェイグを四六時中監視していたワケじゃないから、その時の事が分からないのは痛いな」


 セックは共有化が強制的に解かれた反動で、まだ身体が思うように動かなかった。だから無理に立ち上がる事はせず、床に座り込んだまま遠い目をして何かを見詰めていた。

 その瞳からは煌めく何かが一筋だけ頬を伝い、床を濡らしていたのだった。

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