第84話 ムイニハナタレルイミナ
「当たった……の?」
「……」
少女が放った「魔法」は確かにフレイヤに命中していた。そして、その「魔法」は何事も無かったかのように消えていったのである。
爆発に拠る衝撃波も
それは拍子抜けした感じでしかなく、大火力の大砲ですら鳴り響かせる轟音すらない「魔法」に、本当にそれが「魔法」だったのかすら疑わしく思えさせていたのである。
だが、本当に何も起きなかったワケでは無い。何故ならば、修復途上のフレイヤの身体はそれ以上修復する事無く、「どちゃッ」と音を立て崩れ去ったのだから。
そして、今まで一滴も流さなかった、血に塗れた肉片がそこにあった。
「成功……だったのかな?あぁ、疲れた。もう、
「お、おい、そんな所で座ってないで、とっとと行くぞッ!」
「えっ!?ちょ、どういうコト?」
「ママ、頭撫でて。撫でて~」
なにやら焦っているスサノオと、戯れたい様子のウサギモドキが少女の傍におり、少女は現状がよく見えていない様子で混乱気味だった。
少女はスサノオが何故焦っているのか分からなかった事から、オドを大量に消費し疲れ切っている身体に鞭打つよりは、自分の肩の上にいるウサギモドキの頭を撫でる事を選んだ様子であり、頭を撫でられたウサギモドキは凄く喜んでいた。
「おいおい、早くしろとっとと行くぞ!そんなのに構ってる余裕は無ぇんだ」
「そんなのじゃないッ!ぼくはママの子供だ。オマエこそ、疲れているママを苛めるなッ」
「おめぇ、子供出来たのか?へぇ、あんなコト言ってた割にはヤる事はちゃんとヤってたんだな?で、そりゃ、おめぇと誰の子供だ?見た感じおめぇと相手はヒト種じゃねぇだろうから……ってか妊娠したまま闘ってたのか?!」
ごすッ
「違うわよッ!この子はスサノオ、アンタの子供でしょッ」
「へっ?オレサマはおめぇと
ごすッ
「ちょ、言い方ッ!ちょっとはデリカシーってモンを持ちなさいよッ」
「おめぇ、オレサマに2度も攻撃を加えるなんざ、腕を上げたじゃねぇか。だが、それよりも急げッ」
スサノオは明らかに焦っている様子だが、それを妨害したのはウサギモドキであり、少女に言われてもそのウサギモドキが自分の子供だと分かっていないスサノオは、とにかく焦っている様子だけを見せて少女を急かしていた。
しかし少女は何故焦っているのか、やはり分からない。
「何を焦っているの?フレイヤは倒したんだから、そんなに焦らなくても……。それにアタシはもう、ヘロヘロなのよ。疲れちゃった、ちょっと休ませて」
「おいおい、正気か?この世界はもうじき崩壊すんぜ?早く逃げねぇと、オレサマ達も巻き込まれっちまう。だから、急げッ!」
「まったまたぁ、そんな冗談ばかり言って!どうせ次の敵と闘いたいだけなんでしょ?」
少女はいつになく真剣な表情のスサノオの言の葉に対して、笑って誤魔化そうと考えたのだが、スサノオはそんな少女に対して真剣な目付きで見据え、「
「まさか、本当……なの?」
「ちゃんと未来を予見した結果だ。正直ここにいたら、ヤバい」
「ちょ、それならそうととっとと言いなさいよッ!ほら、さっさとこの世界から出るわよッ」
少女は肩の上にウサギモドキを乗せたまま、唖然とするスサノオを尻目に一目散にダッシュして逃げて行った。
「あんのヤロウ、元気あんじゃねぇか」
少女から放たれた「魔法」は身体の修復中で動けずにいたフレイヤに直撃し、先ず、フレイヤに宿っていたグルヴェイグの「
「
次に、グルヴェイグに犯されていたフレイヤはグルヴェイグの消滅と共に、自分を取り戻す事が出来ていたのだが、修復されずに終わっていた自分の身体に戻る事が出来るハズもなく、フレイヤも果てる事になった。
そこまでが「魔法」が齎した第一段階の出来事である。
そもそも、「魔法」とは一体何であるのか?その事に正確に答えられる者はいない。そして有史以来、「魔法」を成立させた者は片手に収まってしまう。だが、言い表せない「魔法」を無理矢理にでも言い表すのであれば、それは極論でしか無いのだが「魔」の「法」と示す事が出来るだろう。
その「魔」が示すモノは「「魔力」であり「マナ」や「オド」と言った世界を構成する5つの力の1つ。要は、4つの力全てが「実理」なのに対して、最後の1つの力……「虚理」の「原則に則った
では、「法」が示すモノは一体何と考えられるだろう。
「法律」か、はたまた「方法」か……否、「法則」である。「魔力」に拠る「法則」として成り立つのが「魔法」であるとされている。
「魔力」の「術式」は「魔術」である。そしてこれは「術式」である為、個人差があり、属性等に拠って使用の可否が求められる事になるが、一度「術式」を構築してしまえば条件に当て嵌まる者は皆一様に使う事が出来る。何故ならば「式」と「解」がイコールで結ばれているからだ。拠って「発明」とされている。
では、「法則」はどうだろうか。「魔力」の「方法論」に「則り」生み出されたモノが「魔法」であり、その為に必要なのは「術式」ではなく「論理」であるとされている。
そこが「魔術」と一線を画しているのだ。
では、「方法論」はどうだろうか。発明された「術式」は個人差はあれど「誰」が「いつ」「如何なる時」でも同じ「
何故なら、個人差の根源である「解釈」が変わるからである。
「魔法」とは「解釈」次第で変わる「魔力が
だからこそ「魔法」は術式ではなく、現象ではなく、根源に至る行為とも言い替えられる。
拠って、誰にでも使う事が許されているワケではなく、決して容易く扱える代物でも無いのである。そして付け加えるならば、「魔法」とは途方も無いエネルギーを内包する「力」の塊であり、そのエネルギーを少女はたった一人の
この事が大問題なのである。
故に第二段階の出来事が起きる事になる。
即ち第二段階とは、「アルフヘイム」を有する「妖精界」の崩壊であった。「神界」「魔界」「人間界」といった世界と同じように、一部の支配階級の
少女が放った「魔法」は「消滅の因果と逆転の因果」という矛盾を抱えており、それは即ち
「魔法」が内包していたエネルギーは、グルヴェイグ及びフレイヤの
こうして「妖精界」にじわじわと「死」そのものが浸透していく事になる。
「
斯くして、「妖精界」の生命に対して等しく「死」が与えられる事が決定された。いや、生命だけに限らず全ての
「妖精界」としてはそれこそが、人間界で
突如として襲い掛かってきた未曾有の「死」に対して、その世界に住まう全てのモノ達は他の世界に移り住むか、それとも「死」を受け入れるかの選択を
だからこそ、「妖精界」に住まう者達は迫り来る「死」に対して、そんな事が起きているとは露にも知らず終焉を迎えた者達が多かったのも事実である。
拠って終焉の間際に
この厄災は世界に対して「死」のみを求める死神のようなモノであり、防ぐ手立ては何1つとして存在していない。
だからこそ世界そのものを襲った「死」に対して、そこに住まう者達の怨嗟が響いて渦巻いていった。
「何故、こうなったのか?」
「何故、こんな事になったのか?」
「何故、死ななくてはならないのか?」
「何故?」
「何故?」
「何故?」
疑問が……恐怖が……怨嗟が……そして祈りが世界中に広がり、「妖精界」は消失していった。それこそ、そこにあの「ソレ」がいたら豊富な栄養に舌鼓を打っていた事だろう。それほどの負の感情が最終的に「妖精界」を支配していたのだった。
そして、大多数の者達は、誰が犯人かを知らず消失する事になるのだが、この時に当事者はこの世界からは居なくなっていたのもまた事実だ。
-・-・-・-・-・-・-
少女達は全力で逃げていた。まだ、「世界」に変化は起き始めていないが、変化が起き始めたら完全なる消失まではあっという間だと告げられた。
いつそれが起きるか分からない不安は焦りを掻き立て、それから逃げる為に必死になっていた。
途中で少女達の元にサリエルが合流していた。サリエルは宮殿に捕らえられていた者達の避難が完了した旨の報告を口実に、少女達の元へ加勢しに来たのだが、「妖精界」が消失危機にあると教えられた事で急遽「ヘスペリデス」へと戻る選択をしたのだった。
「ユグドラシル」がある「ヘスペリデス」は「妖精界」と形式上の道は繋がっているが、「妖精界」とはそもそも存在している次元が異なっている。その事から影響が無いか、もしくは少ないと考えられた。
拠って、この世界に入って来たポータルへと急ぐと、少女達は「ヘスペリデス」へと再び向かっていったのである。
少女達が急ぎ「ヘスペリデス」へと帰ると、そこの入り口にはヘラが立っていた。ヘラは心配そうな表情で無事に戻る事を待っていた様子だった。そしてついでに一足早く「ヘスペリデス」に逃げたヘルモーズもいた。
「やっと帰って来たのだわ」
「ヘラ叔母様、アタシ、大変な事をしちゃったかも……」
「えぇ、確かに「妖精界」は滅ぶのだわ。そして、それは直上次元にある「魔界」と並列次元にある「精霊界」や更にその下にある「世界」にも影響を及ぼす事になるのだわ。あれだけの「魔法」であれば「神界」に影響がある可能性も考慮しておかなければならないのだわ」
「えっ?!そこまで影響がいってしまうの?」
少女はしょぼんとした顔でヘラに話していったのだが、内容を聞くと口を開いてポカンと呆けた挙句に、
「えぇ、「世界」の関係性をどこまで変えてしまうかは正直な所、未知数だけれど……良くも悪くも変わってしまうのは間違いがないのだわ」
「ただ、貴女を失う事と比較すれば、それはアテクシにとっては他愛も無い事に違いないのだわ。だから良かった、本当に良かった……無事に帰って来てくれて……」
ぎゅっ
「ヘラ叔母様……」
ヘラは涙を浮かべて少女の事を抱き締めていた。少女は自分がしてしまった事への罪悪感から、心がすり潰されそうな程に辛かったがヘラの温もりがそれを、ほんのり和らげてくれていた。
「ただいま、そして、ありがとうございます」
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