第57話 Pleasant Companions and Frustration

 足の指先から浸かった池の水は冷た過ぎず、肌へと染み渡るようなきめ細やかな真水だった。

 こうして少女の肢体が全て水に浸かる頃には、開放感からか「気持ちいぃぃぃ」と思わず素直な心を漏らしていた。


 純潔を徹底する少女は池の中に自身の口まで潜ると、スサノオがいる方向に背を向けて水の中でインナーだけを脱いでいく。そして、下着姿のままで「禊」を行っていったのだった。

 下着の中に手を入れて身体を洗い終えた少女は、未だに浮かんでいるスサノオをチラ見し、気を失っている事だけを確認すると水の中で直ぐさまインナーを着た。

 更には装備に対して音を立てないようにそっと水を掛けると、水から上がって直ぐに近くの茂みに身を隠したのだった。


 そこで少女が何をしていたかはご想像にお任せするとしよう。



 さて、方法が合っているかは別として全ての「禊」が終わった少女は、池の畔に座って気持ちの良い穏やかな風にその身をさらし、暖かな陽の光を一身に浴びて英気を養っていた。

 当然の事ながらにスサノオに対する気遣いは存在していなかった。



 暫くの時が流れ陽の光が頂きに達した頃、少女は声を掛けられた。どうやら、うたた寝をしていたらしい。

 少女が目を覚ますと横にはスサノオの姿があった。



「ここで寝転がっていると気持ち良いだろ?」


「えぇ、そうね」


「そだそだ、おめぇにコイツをやる」


 スサノオは少女に「何か」を差し出していた。だが陽の光が眩しくて少女はそれが「何か」分からなかった。

 結果として上体を起こしスサノオから差し出された物を見る事にしたのだが、差し出されたモノが何なのかはサッパリ分からなかったのだった。

 しかし見た目だけなら、不思議な色をした球体なのは分かった。



「これは?」


「それは恐らくだが神獣の卵だな。さっきの「禊」の時に産まれたモンだ」


「あ、アンタ、実は女だったの?」


「がっはっはっはっ!おめぇ、面白いな!だが、そうじゃねぇ。オレサマは男だ。神族ガディアは「禊」をすると「神族ガディア」を産む事が出来る。女と子供は作れるが、その場合、産むのは女だろ?」


ぼんッ


「え、えぇ、まぁ、うん、そう……よね。ままま、まぐわうとか、ごにょごにょごにょ」


「まぁそれにな、神族ガディアの「禊」から産まれた「神族ガディア」は自身の分身みたいなモンだ。本来なら「神族ガディア」の姿で産まれてくるモンだが、今回はおめぇがいたからかもしんねぇな」


「えっ?アタシ?アタシがいると、卵が産まれるの?」


 少女としては初めての経験だった。いや、少女が卵を産んだワケではないし、処女な少女が子供を産んだコトがあるハズもないが、自分の影響で産まれて来た子供がは何か引っ掛かるモノがあった。



「まぁヒト種と神族ガディア子供を成す事は出来っから、本来は半神半人デミガディアとして産まれてきてもおかしくはねぇんだが、ソイツが産まれた」


ぼんッ


「ままま、またまぐわわわわわ、もう!デリカシーないわねッ、そそそそれにアタシ達2人の子供みたいに言わないでよ!これでも、まだそーゆー経験ないんだからッ/// あぁもう、アタシ何言ってんだろ」


「がっはっはっはっ。なんつーかまぁ随分と初々しいじゃねぇか。まぁ、そーゆーワケでそれはオレサマのモンじゃなくて、だ。だから、おめぇにやる。大事に育てなッ!」


「ど、どんなワケなのよッ」


「オレサマ1人の子供ガキならいざ知らず、おめぇもいたんだ。だったら、おめぇにも責任はある」


「何よ何よ、アタシの事は遊びだったのね」


「そーゆー冗談は処女が言うモンじゃねぇぜ。それにな、オレサマよりもおめぇの方が弱いだろ?神獣ならちゃんと育てれば戦力になっから、おめぇが育てな」


「え、えぇ、まぁ、そうよ……ね」


 スサノオはわらっていた。少女は色々と複雑な心境だったが、卵を受け取ると眩しく輝く空に向けて卵を眺めていた。

 陽の光を受けても中の様子は分からなかったが、不思議な色をした卵は陽光を受けてキラキラと輝いていた事だけは確かだった。



神族ガディアの子供かぁ」




「じゃあ、そろそろ行くか?」


「えぇ、そうね」

「でも、ここから先はどうやって「高天原」へ向かうの?空を行くの?」


「それでもいいが、時間も掛かるし面倒臭めんどくせぇからポータルを使う」

「確かこっちの方にあった気がすんだけど……」


「こんな場所にポータルがあるの?」


「おぉ、ここだここだ。あったぞ。ここにあれば、禊してからスグに高天原たかまがはらに帰れっからだいぶ前に創っておいたのさ」


 それは前にオリュンポスへ向かった時に使った物よりは少し小さめのサイズで、形はそのまんま「ストーンヘンジ」のような物だ。そしてそれを創ったとスサノオは話していた事から、少女としてはその事に驚かされていたのだが、特に何も言う事はしなかった。

 こうして2人はポータルに入ると「葦原中国あしわらのなかつくに」を後にしていくのだった。




しゃッ


「あぁ、なんか、戻って来たって感じね?」


「あぁ、そうだな」


「ッ!?何か起きてる……の?」


「ちっ!行くぞッ」


 スサノオの表情は高天原たかまがはらに着いた途端に険しくなっていった。そして少女もまた、その異変を察知しスサノオと顔を合わせたのだった。

 こうして2人は息つく暇もなく、ダッシュで「異変」が起きている方向へ向かっていったのである。




「これは一体、どういう事ですか?あたくし達「高天原たかまがはら」と戦争を起こそうと言うのですか?解答を求めます、北欧「アースガルズ」の主神、オーディンよ」


「先に手を出したのはそちらであろう?知らぬとは言わせぬぞ、「高天原たかまがはら」の主神、アマテラス!」


 2人の主神はアマテラスの社の中で対峙していた。アマテラスは天蓋から出て階段下にいるオーディンを侵略者に対する憎しみを持って見下ろし、オーディンはその瞳に怒りを宿してアマテラスを見据えている。



「何の事を仰っているのです?あたくし達が「アースガルズ」に攻め込んだ事は御座いませんよ?」


「何を世迷い言を!こちらには目撃者も多数いるのだ、しらばっくれる事は出来んのだぞ!」


 アマテラスは憎しみを宿しながらも毅然きぜんとした態度でオーディンに問い掛けるが、その言の葉を受けたオーディンは怒りの業火を更に燃え滾らせている様子だった。



「つい先日の事、貴殿の弟を名乗る者がわれの神殿にやって来て破壊行為を繰り返した挙句、捕らえにいったトールをも打ち倒し「真神征鎚ミョルニル」を奪って逃げたのだ。その事を知らぬとは言わせぬぞ!」

「身の潔白を証明するなら、今すぐに貴殿の弟の「スサノオ」をここに連れて参れ!」


「はぁ、この状況では何を言っても駄目ですね」


「はんッ!諦めたか?それならば、破壊されたわれの神殿の代わりにここは破壊されても文句はあるまい!」


「「「「主!大丈夫ですかッ!」」」」


 アマテラスの社に異変が起きた事を知った「高天原たかまがはら」の神族ガディア達は続々と集結し始めていた。


 こうして状況は一気に悪化の一途を辿り一触即発の状態へと移り変わっていく。数では勝る「高天原たかまがはら」だが、相手は1人とは言え絶大な力を誇るオーディンであり、睨み合うままに時だけが流れていった。


 もしもここでどちらかが先に手を出して、開戦の火蓋が切られるような事態に万が一にでもなれば、大国である2つの国は「神界」に数多の戦乱を巻き起こし、巻き込まれた幾つもの国々が危急存亡ききゅうそんぼうに晒されることになり兼ねない。

 だからこそ互いに睨み合うだけで手は出さずにいたが、いずれにしても衝突は避けられそうになく、意地と意地のぶつかり合いは激しく火花を散らしていた。




「おめぇら、何やってんの?こんなところで」


かつんかつん


「えーっと、知らねぇ顔が1つあるけど、どちらさん?アンタがこの騒ぎの発端か?」


「スゥゥサァァァノォォォォオォォォォォ!!いで真神征槍グングニル


 突然のスサノオの登場にオーディンは憤怒ふんぬの形相を以って、スサノオ目掛けて特攻を仕掛けていった。

 当のスサノオとしては襲われるいわれも心当たりも無かったが、生来の気質戦闘狂が強者である者との闘いを拒むワケもなく、その顔はわらっていた。



がきんッ

ぎりりッぎぎぎ


「吾の顔を見忘れたか、このれ者めッ!」


「忘れるも何も、見た事も会った事もねぇよ!残念ながらな。それにしてもオッサン、強ぇな」


「オッサン……だと?!飽くまでもシラを切ると言うなら、その身が思い出すまでこの槍を味合わせてやる」


「オーディンさま?」


「おい、来んじゃねぇ!このオッサン強いぜ、巻き込まれたくなければ離れて……ろ?ん?オーディン?」


「何故ここにが?」


「こいつが、オーディンなのか?」


 スサノオはオーディンの方を向きながら、その名を口ずさんでおり少女の方を見ると少女は黙って頷いていた。

 当のオーディンはオーディンでここに少女がいるワケも分からない為に一度冷静になった様子だった。



「これはどうやら、話し合う必要があるみたいだな」


 スサノオはオーディンとの間合いを取ると握ってい剣を鞘に納めた。オーディンの名を聞いたからには事の真偽を確かめるのが先決だと判断したからなのだが、オーディンとしてはその言葉の本心が理解出来ていたかは現時点では定かではないだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る