Re:高天原

第56話 ユカイナナカマトイラダチ

「ここな……の?」


「おう、ここだぜ!」


「ど、どう見ても「神界」への入り口には見えないんだけど?」


 少女の疑問は当たり前の事だ。そこにある物は、ただの「岩」なのだから。それが入り口と言われてもにわかには信じられないだろう。いやまぁ、国の境界ならなんとなく分からなくもないが、「世界」の境界と言われてもピンとこないと言うのが正確な解答かもしれない。

 半信半疑どころかまったく信じていない少女に対して、スサノオは目の前にポツンと置いてある、ただの「岩」にしか見えない逸品を「ぺしぺし」しながら語り始めた。


 まぁ、ポツンと置いてあると言ってもそのサイズは大きい為に「岩」よりは「巨岩」、そしてその形から「奇岩」と言えばしっくりくるかもしれない。



「これは「千引ちびきの岩」だ。むかーし昔、オレサマのオヤジが、置いた岩だな」


「いやいやいや、ただの岩でしょ?」


「まぁ、見た目はな。だがこの岩が境界だ。「彼岸ひがん」と「此岸しがん」、「幽世かくりよ」と「現世うつしよ」、そして、「隠世かくりよ」と「常世とこよ」のな」


ごくり


「まぁいいわよ、そーゆーコトなら。で、これを押すの?引くの?投げるの?斬るの?それとも、壊すの?」


「まぁ、引いた事も、投げた事も、斬った事も、壊した事もねぇんだが、試してみたとして「神界」に行けなくなってもオレサマは知らねぇぞ?」


「じゃあ、押すのが正解なのね?」


 少女はスサノオが誘導尋問に引っかかったと思って、ニヤリと口角を上げると岩に手を掛け、力任せに押していった。

 スサノオはそんな少女の行動を見てニタニタしていたが、そんなコトとは露も知らない少女はそれこそ必死に押していた。



「ふッ……んッ……んッ!てぇりゃッ。はぁ……はぁ……な、何よ!び、びくともしないじゃないッ!」


「これは「の岩」だって言ったろ?要するにだいの大人が千人掛かりでやっとが出来るくらいの大岩なのさ」


「それじゃ、アタシには出来っこないじゃない!それに引くのが正解だったワケ?」


「まぁ、おめぇがか弱いかどうかはさて置いて……だ。コイツは引くにしてもそれに見合った力が無くちゃならねぇ。だからよ?こうすりゃいいのさ!」

「ま、簡単な話しが知恵比べってヤツだな。まぁ、そこで少ぉし離れて見てな」


 スサノオは岩の下に手を回すと「ふっんッ」と気合いを込めていった。その瞬間、空気が振動し少女の耳には地鳴りのような音が聞こえた気がした。そしてスサノオは「千引の岩」を持ち上げたのだった。

 その光景に驚いた少女はただただ、あんぐりと勝手に開いた口が閉じられなかった。


 「ドスンッ」と豪快な音を立てて「千引の岩」は少し離れた場所に置かれた。

そして、その「千引の岩」があった場所にはワームホールがポッカリと開いていたのである。



「ほらッ、さっさと行くぞ!」


「えっ、えぇぇっ?!どんだけ馬鹿力なワケ?」


「早く来ねぇと、閉まっちまうぞ?自力で出来んなら構わねぇが、オレサマは先に行くぜ」


「ちょ、ちょっと待ちなさいよッ」


 こうして2人は「冥界」を後にしたのだった。



かつんかつん


「あれ?岩は戻さなくて平気だったの?」


「まぁ、それは気にすんなッ。あの岩そのものが、ここへの入り口だからよ、動かせれば元々あった場所に一定時間「入り口」を作るだけの概念ファンタスマゴリアだ。逆に言えば時間が経てば「入り口」は岩の中に戻るって寸法だ」


「へぇ、まったく理解出来ない、とんでも理論なのね」


 2人は灯りがまったく無い真っ暗な世界で、ただひたすらに階段のような坂のような場所を上へ上へと登っている。足場が良いとは決して言えないし灯りがないので目が慣れても視界は非常に悪い。

 そんな中で、唯一の灯りとも言えるモノは、たまに上から降りてくる、なんかよく分からない「光」だった。



「これジュベナイル精霊フェアリアだっけ?こんなトコにもいるのね?」


つんつん


「あぁ、それ?それは人魂ひとだまだぞ?」


ぴきッ


 少女はその場でフリーズした。生ける屍リビングデッドなんかの屍躯種ゾンビ屍喰屍グールといった魔獣として認識されるモノ達は、気味が悪い事に変わりはないがどうにか割り切れる。

 死霊種レイス幽霊種ゴーストと呼ばれる魔獣は生理的にイヤだがなんとか割り切れる。

 だが、魔獣ではなく元々生きていた人間の魂であれば割り切る事は出来なかった。

 狩るハントする対象なのかどうかが、少女にとって割り切る割り切れないのラインなのかもしれない。

 要するに存在が認められていないオバケが苦手と言い換えられるだろう。



「ここは黄泉比良坂よもつひらさかだ。「此岸」と「彼岸」の間。おめぇの世界で死んだ者が「根の国」に行く為の道だ。だから、おめぇが今、触ってたのはジュベナイル精霊フェアリアなんかじゃなく、ただの死者の魂ってヤツだな」


「それってオバケみたいなモンじゃないッ!がくがく」


「がっはっはっ、オバケか。まぁ、死者の国の連中はそしたら、みんなオバケだ。がっはっはっ」


 少女は身体を震えさせるとスサノオの近くまで小走りで近寄り、スサノオの服をさり気無く掴んでいた。スサノオは少女のその行動がよく理解出来なかったが、少女が震えている様子だったので特に何も言う事をしなかった。



 2人はそのままひたすら無言で何も紡がずに坂を登り続けていく。途中で道が分かれていた気がしたが、少女はスサノオの服を掴んでいるので道の選択権は無く、付いていく一択しか選択肢は無い。そして、その道がどこに繋がっているかも気にしない事にした。

 こうして暫く経った頃に、漸く坂の上の方に明かりが見えて来たのだった。



「やっと、着いたわね。って、アレ?ここは?高天原たかまがはらとは違う光景ね?どうなっているの?って言うより、最初にタケミカヅチさんに連れて来られた場所に凄く似てる」


「まぁ、そりゃそうか。知らねぇのもワケねぇか。さてはタケの野郎、ちゃんと説明しなかったな?まぁ、タケの野郎は根の国に行けねぇから当然っちゃ当然か」


「そもそも「冥界」に行くコトになるなんてアタシも思わなかったわよ」


「ま、当然だわな。しゃあねぇから説明すっとだな、「根の国」から帰って来た者が「高天原」に入る為にはみそぎをしてからじゃねぇと入れねぇ」


「えっ?!禊?それって、まさか……」


「だがな、ここはまぁ一応は「神界」だ。暴虐姉アマテラスが治める「高天原」じゃなくて、その属領の「葦原中国あしわらのなかつくに」ってトコだ」


「属領になるのね。で、アタシは禊が凄っごく気になるんだけど?」


「まぁまぁ焦らず聞けや。人間界から来た場合も最初にここに辿り着く。ここの近くに禊池みそぎいけがあっから、そこで禊をすれば「高天原」へ行けるようになるって寸法だ。とは言っても人間界から来た場合は禊はいらねぇがな」


「最初にタケミカヅチさんに連れて来られた時、「葦原中国あしわらのなかつくに」の事も「高天原たかまがはら」って呼んでたけど、違ったのね?」


「「葦原中国あしわらのなかつくに」は「高天原たかまがはら」の属領だから、あながち嘘ではねぇさ。ただ、「天津神あまつかみ」と「国津神くにつかみ」で主張は違うがな」


「なんか「神界」も複雑なのね、で、禊よ禊!禊池ってやっぱり……」


「んあ?何をさっきから気にしてやがんだ?まぁ、いいや。で、禊池はどっちかな」

「あぁ、こっちか。付いてきな」


 少女はどこか不安そうな表情でスサノオに付いていく。まぁ、「神界」の土地勘も地理にも疎いので付いていくしかないのだが、少女の心配などスサノオは意にも介していない様子だったのは言うまでもないだろう。




「わぁ、凄いッ!底が見えるくらいキレイな池なのね。これがさっき言ってた禊池なのかしら?」




 透明度が高くほとん真円しんえんに近い「池」がそこにあった。池の中に生き物の姿は見えないが、色とりどりの花が池の周りを囲み、池の真ん中には大きなはすの花が咲いている。

 スサノオは池のほとりおもむろに装備を外して服を脱ぎ、上裸から一糸纏いっしまとわぬ姿マッパになると盛大に水しぶきを上げながら池の中へと飛び込んでいった。



「やっぱりこうなるのね、はぁ……。そしてなんてデリカシーが無い人なのかしら」


ぱしゃッぱしゃッ


「おめぇも早く入れよッ!」


 少女は真っ裸のスサノオを直視する事が出来るハズもなく、後ろを向いて顔を手で覆い隠していた。流石にまじまじと見詰める勇気なんてないし、その前にそんな事をしたら恥ずかしさのあまりに死んでしまうかもしれないだろう。

 しかしスサノオは少女のそんな気持ちなんて知る由もなく、池の水をバシャバシャとこれまた豪快に自身の装備や服へと掛けていた。

 一通りお清めが終わると、スサノオは声を掛けた。

 だが、池の中に入ってるとはいえ、少女はスサノオを直視出来ないコトから声を張り上げる事しか出来ないのだった。



「こここ、こんな所で素っ裸になれっての?しかも、アンタがいる前で全裸になれっての?こここ、こう見えてアタシ、処女なのよ/// そそそんな破廉恥なコト、軽々しく出来る尻軽じゃないのッ!」


「だから、さっきも言っただろ?おめぇの貧相な……」


ぶちっ


バリバリバリバリバリッ


「ぐぎゃあぁぁぁぁ」


「ふんすっ」


 少女は動揺し声が上擦りながら盛大にカミングアウトしたのだが、スサノオは察する事なく少女のコンプレックスにズカズカと踏み込みかけたのだ。拠って全てを言わす事なく雷撃の魔術をその手にたたえた少女は、禊池の中へと投げ込んだのだった。


 流石に逃げる事が出来なかったスサノオは、池の真ん中に、ただただ「ぷかり」と浮かんでいた。

 ぷかりぷかりと漂う憐れなスサノオの姿に、池の真ん中で咲く大きな蓮の花は我関せずの様子だったが、周囲に咲く花々は追悼を捧げている様子で視線を池に向けていたが、まぁそれは偶然だろう。




 いくら気を失っているとは言えども、池に浮かぶスサノオがいる側で一糸纏わぬ姿になる事を少女はやっぱり躊躇ためらっていた。更に言えば、ここが野外である事に変わりはない。

 開放感があり過ぎるこの場所で、気を失っているスサノオ以外誰もいなかったとしても、やっぱり全裸マッパになるのは少女の純潔が許さなかった。だからせめてもの譲歩で、装備を外してインナーのままでなら……と、その状態で池の中へ恐る恐るかる事にしたのだ。

 だがそれでもスサノオが意識を取り戻した時に、絶対に見られない位置に隠れた上で……という徹底ぶりは取っていた。

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