第55話 Metaphor of the world

 「ヘル」はワームホールから身体を中途半端に出した状態で自分の持つ概念ファンタスマゴリアを展開し、それは「呪詛じゅそ」という形を持ってスサノオを侵食しようとしていた。更に赤く光る瞳はその「呪詛」の意味合いを強め、結果として死役ネクロマンスの強制執行とも言い換えられる程に、強力無比な契約コントラクトゥスを強制的に結ぶ事を可能としていた。

 死者にしか効かない死役ネクロマンスを、生者に対しても成立させる事が出来るので、偏にそれは反則チート級な概念ファンタスマ能力ゴリアスキルと言えるだろう。



「その呪詛はここじゃ誰にも効かねぇ。そもそも、オレサマには効かねぇ。とっとと自分のくにへ帰りな、この醜女しこめ!」


「醜女……じゃと?!」


「これでも代わりに喰っとけ……よっと」


 スサノオは言の葉を粗暴に紡ぐと自身の近くにあった大岩を、脚で勢いよくワームホールに向かって蹴り飛ばしたのだった。



どおぉぉぉぉん


「ぐぎゃッ」


「ったく、執拗しつこいと嫌われんぜ?まぁ、その岩があれば他にワームホールを開けるのにも暫く時間がかかんだろ。時間稼ぎにはちょうどいいか」

「だが、それにしても妙だな。何でここに入って来れたんだ?ここには「ヘル」にとっての「縁」はねぇハズなんだが?」


「あの、そろそろ離して貰っても……?」


「ん?あぁ、ほいよ。んん?なんだそれ?」


 スサノオは少女を地面に下ろすと、ある物に気付いた。そして、それを見る為に腰を下げ凝視していた。



「な、ちょ、なにを///もうッ!なんで、アタシの胸を凝視してるのよッ!」


ばっちーーーーんッ


「あれ?当たった」


 スサノオは腰を下げて見ていた視線の高さは、ちょうど少女の胸の辺りだった。だから少女は恥ずかしさのあまりに平手打ちを繰り出したのだが、その平手打ち攻撃はものの見事に命中し、スサノオは吹っ飛ばされていったのだった。

 少女としては初めて自分の「攻撃」が届いた事に感激していたが、何故当たったのかまでは理解出来ていなかった。



「っイてててて、ったく、急に何をしやがる!」


「あ、アンタがアタシの胸を凝視してるからでしょッ!」


「おめぇの貧相ひんそうな胸なんざ興味ねぇよ!」


「な、なんですってぇぇぇぇ!」


すかっ


「えっ?なんで?」


 少女のコンプレックスをつついたスサノオの口撃に、少なからずショックダメージを受けていたが、それ以上に怒りゲージが跳ね上がった少女は目を釣り上げ、追撃の一手に出た。

 だが、それはスサノオには届かなかったのだった。



「それにしても、何だぁ?そりゃ?」


「そんなに貧相、貧相って、貧相で何が悪いのよッ!アタシだって、アタシだって、好きで貧相になったワケじゃない!!」


「1回落ち着け!オレサマが言ってるのはそっちじゃねぇ!その腕だ。腕に着けてる腕輪だッ!」


 少女は怒りで震えている。瞳は潤んでおり、悔しさが表情から溢れていた。しかし、当のスサノオは自分の紡いだ言の葉が曲解されて受け取られた事を知ると、慌てて弁明したのだった。



「えっ?腕輪?あぁ、このブレスレットのコトね。まぁ本来なら、手首に着けるのが当然なのよね。でも手首じゃ邪魔だったから、腕に着けてみたんだけど……やっぱり手首じゃなきゃ変……かな?」


「だ・か・ら、そぉじゃねぇ!着けてる位置なんざ、気になるかッ!それは一体、誰から貰ったんだ?」


 スサノオは顔を引きらせながら少女に言の葉を投げていた。先程からの光景は、付き合いたての新米カップルの修羅場しゅらば痴話喧嘩ちわげんかに見えなくもない。

 恋人以外からもらったプレゼントが発覚して彼氏が怒っている……ような感じがしないとも言えない。

 だが、ここが人間界の街中であればそう見えるだろうが、ここは「冥界」にある「根の国」だ。環境世界の違い1つで見える光景は変わるものである。



「これはオーディンから貰った物よ?「いつか「アースガルズ」へ来る時に使えばいい」って、そう言われたの。これがあれば、侵略行為には当たらないでしょ?」


「ふぅん。まぁ言い分は分かる。でもってそれ、貸してくんねぇか?」


「えっ?別にいいけど……はい、どうぞ」


「なる程な。大体分かったわ。ほらよッ」


「ねぇ、一体、何が分かったの?」


 大義名分としてのブレスレットという存在を手に取り、確かめたスサノオはスグに理解した。

 だからこそ次に発した言葉は、少女の考えの斜め上を行く質問だった。



「そいつは本当に、「オーディン」だったのか?」




 俗に言う、「あの世」と呼ばれる世界がある。生きとし生ける者が住まう世界を、「此岸しがん」と言うのに対して、死んだ者達が集う場所を「彼岸ひがん」と呼ぶ。


 「ヘルヘイム」や「根の国」がある「冥界」は「彼岸」である。拠って飽くまでも通常のことわりに於いて、生者は彼岸へと立ち入る事が出来ない。

 仮死状態や特殊な状況下に置かれれば可能な場合もあるようだが、そんな例外はどこかに放り投げておこう。

 だからこそ、生者である少女が生者として「彼岸」に迷い込んだ理由が、スサノオには

 まぁ、当の本人も分かってはいないのだが、それは置いておくとしよう。




 「彼岸」には決まり事がある。


・生者は「彼岸」の食べ物を口にしてはいけない

・「彼岸」にある国単位で争ってはいけない

・生者の魂は、生前の「縁」に拠って魂の行き先が決まる

・「彼岸」に迎え入れられた死者の魂の扱いは、その国の統治者に一存される


 それらが「決まり事」であることから、「ヘル」の屋敷でスサノオは少女が食事を「食べたか?」と聞いたのだ。しかし「縁」がないハズの少女が「ヘルヘイム」に行った理由は不明だった。

 そこで目に付けたのが少女が身に着けている「ブレスレット」だったのだ。それブレスレットを「何者かが仕込んだ「策」だったのではないか?」と考えるのが1番納得のいく解答だったからだ。



「いや、あれはオーディンだったハズよ……多分」


「その腕輪だが、そこから特に異質な力を感じるぜ。オレサマはオーディンに会った事はねぇが、その異質な力は本当に主神足る者の力なのか?」


「流石にそこまで言われるとアタシも自信なくなっちゃう……わ」


「それにさっき、おめぇが「ヘル」の名前を聞いた時に何かを考えていたようだが、それはなんか別のモンなのか?」


「そうね、確かに全て繋がるわね。じゃあそうしたら、アタシが出会った「オーディン」はこのブレスレットをアタシに渡して、「ヘルヘイム」に強制的に来させたって事になるわよね?確かに「ヘル」は「ロキ」の娘だから……。あっ!アタシが持っている魔石が……目当……てってコトなの?それじゃあ、オーディンもグルってコト?」


「ま、それかオーディンに化けた他のヤツってコトだろうな」


 確かに「ヘル」はさっきそれを言っていた。「父の魔石を取り返す」と。そして、続けざまに言っていたのは「父の悲願」だったか。

 少女は徐々に核心に近付きつつあった。その一方で情報が足りないのは明白だった。

 だが「ロキ」は死しても尚、何かを企んでいそうな予感があって、少女はこのまま人間界に戻る事を盛大に躊躇っていた。



「で、おめぇはこれからどうするんだ?」


「「神界」に1回戻りたい……わね。全ての決着を付けないと気持ち悪くて人間界に戻りたくないもの。それにそんなんじゃあ、夜もおちおち寝ていられないわ。乙女に睡眠は必要なのよ!」


「がっはっはっ。それじゃあ、付いてきな。オレサマが神界へ連れ戻してやんぜ」


 スサノオは盛大にわらった後で歩き出していく。


 少女はスサノオを追い掛けるように、小走りで後を付いていった。その表情には断固たる決意が固まっている様子だった。

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