第12話 精霊

 人質の2人は玄関脇のキッチンにいた。獣人達の配置はキッチンに2人。そして、奥の部屋に1人だ。

 恐らくはキッチンの2人が人質の監視、奥の1人が指示を出しているのだろう。

 サポーターが裏手にいた事から奥の部屋にいるのがリーダー格で、犯行声明を出したのだと推測出来た。



かちゃっ


「はぁぁ。やっぱり素人じゃないのね。ちゃんと狙撃スナイプの死角になる場所に陣取ってるもの。せっかく爺に用意してもらったのに、無駄になっちゃったわね」

「でもまったく、バカなコトをしてくれたものだわ。まぁ、狙撃スナイプされないようにしているなら、苦しむのはそっちなんだけどね。ふふふ」




 アリアは母親が手刀を浴びて気を失った際に暴れた。

 狼人族ウォルフィアのリーダーは暴れているアリアの腹に仕方なく、殺さない程度の一撃を入れて、アリアも一緒に気を失うハメになったのだった。


 母親が意識を取り戻すと、気を失い縛られている我が子の姿を目撃し、当然のように取り乱して錯乱さくらんした。

 流石に煩わしくなった獣人達は人質は1人で充分だとも考えたが、使い道に思い至った結果、椅子に縛り付け騒がれないように猿ぐつわと目隠しをして母親から自由を奪っていたのだ。



 少女はバイザーの機能と、熱源感知ライフルスコープを駆使して中の様子を窺っていた。しかし獣人達は狙撃スナイプされる事を心配しているのか、常に死角を意識している様子だった。

 少女は場所を変えて何ヶ所かでスコープを覗き込んだがやはり結果は同じだったのだ。



「準備が整いましてよ、アルレさま」


「そっか、了解!じゃあ、ルミネ2人の防御を宜しくね」


「かしこまりましたわ」


 準備が整ったルミネは少女の元に報告に来た。

少女はルミネに不可視化インビジブルの魔術を掛けてもらい、家に近付いていった。



 ルミネは自身のオドを指先から細長く放出し、その細長く放出されたオドを家の隙間から中へと入れて、徐々に浸透させていった。そして、蜘蛛の巣状に部屋全体を覆っていく。


 それはルミネが魔術の体現化マギア・ファンタズマで創り出した魔力糸マギア・スレッドであり、その糸はルミネの蒼銀のドレスにも使われていたりもする。

 その糸はルミネの意思によって自在に操る事が出来る上に、太さも長さも自由自在に変更出来る。

 一度創造が終わればルミネが破棄しない限りは完全に魔力が失われるまで具現化されたまま残る。

 更にその強靭な糸は物理防御にも魔術防御にも有効なスグレモノなのだ。

 ただし、固有能力ユニークスキルである魔術の体現化マギア・ファンタズマで創られた魔術である為に、少女であっても使う事は出来ない。



 ルミネのオドは先ず、人質の2人に対して魔力糸マギア・スレッドを使って陣形を描いていった。要するに陣形の完成が「準備」そのものだった。

 拠って、ルミネが人質2人の防御を任された事になる。



 少女はルミネに掛けてもらった「不可視化インビジブル」に因って、獣人達の耳と鼻を誤魔化す事にした。

 流石に壁を挟んだだけでは奇襲に感付かれると思ったからだ。

 狼人族ウォルフィアは総じて鼻や耳が良いので、奇襲の一撃で倒すには存在を悟られてはいけない。だから存在を隠匿してくれる不可視化インビジブルは奇襲には非常に有効な一手になる。

 闘いの勝者は「準備段階でほぼ決まる」とは、言い得て妙だがまさにその通りなのだ。



「さぁて、ルミネに防御は任せたから、アタシは思いっきりやれるわね」

「とは言っても家を破壊すると後々面倒だから、コレで手っ取り早くヤられてねッ!」

幽星礫弾アストラル・バレット!」


びゅひゅひゅひゅひゅんッ


 少女はバイザーで手前にいる2人の狼人族ウォルフィアが直線上に並ぶ位置且つ、人質の2人がまで移動し、そこでアストラル体に干渉する無属性攻撃魔術を行使した。


 アストラル体に干渉する攻撃魔術は各属性あるが、それだと家に対して少なからず損害を齎してしまう。だから無属性魔術を選んだワケだが、それに因って2人の狼人族ウォルフィアは為す術もなくその場に卒倒していった。



 ルミネは蜘蛛の巣状に張り巡らされた魔力糸マギア・スレッドに依って2人が倒されたコトに気付くと、描いた陣形を発動し防御魔術を展開していった。



「な、なぁんだ?!なぁにがおこた?」

「襲撃ぃか?ならば、こぉちの人質がどぅなてもいいんだなぁ?」


「ふぁへて!むふへには、へをははないへぇッ!」


「なぁに言てるか分かんんねよ!襲て来たヤツを恨うんだぁな」


きぃん


「っ?!」

「くそっ、クそっくソッ!」 / きぃんきぃんきぃん


 悲痛な母親の叫びに対して狼人族ウォルフィアのリーダーは口角を上げわらった。そして、アリアに向けその鋭い爪を刺そうと突き出していった。

 ……のだが、その爪は見えない壁に因って弾かれる事になり、その顔には驚愕の2文字が浮かんでいた。


 アリアの母親は目隠しが上から掛けられていたが、目を閉じ顔を伏せ、アリアを庇うべく一心不乱に拘束を解こうと抵抗するが、拘束が解かれるコトはなかった。

 そして、椅子ごとそのまま倒れてしまっていた。



 一方で爪で切り裂こうとしながらも、見えない壁に弾かれ滑稽こっけいなダンスを踊っている狼人族ウォルフィアは怒りを募らせた結果、アリアを殺す事を諦めた様子だった。

 拠って拘束されたままで椅子ごと転んだ母親に矛先を変える事にした。



 アリアはふと目を覚ました。それは何かだった。

 それ以外にも何か聞こえた気がしたが、それはお腹の痛みで忘れてしまった。

 何故お腹が痛いのかは分からなかった。

 しかし、それはそれとして置いておく事にして、あまりのうるささに起きてしまった結果、母親の窮地ピンチを目の当たりにした。


 目覚めた途端に自分の大切な母親に対して、襲い掛かるモジャモジャを見てしまったのだ。



「お母さん!」

「誰かお母さんを助けて!」


「いいよ。助けてあげる☆」


「えっ?誰なの?あ、手が勝手に」


「それじゃ、いくよ!いいかな?」


「「水球烈弾ウォーターボールッ☆」」


「うそ、勝手に魔術が!わたし、どうして?」


 アリアは願った。大好きな母親が死ぬと思ったからだった。そしてその願いに応えた存在がいた。

 その存在はアリアの願いを聞き届け、アリアの掌は急速にマナを集めていく。

 更に、アリアの手はその意思に反して勝手に動き、謎の声が導くまま2つの声は重なった。


 その水球ウォーターボールは威力こそあまり無かったものの、直撃した狼人族ウォルフィアは吹き飛ばされアリアが願った通りに母親は窮地から救われたのだった。



「それじゃ、まったね~。ばいばーい☆」


「えっ?ちょっと待って!」


「あとはお姉さんに任せたよ~☆」


「お姉さん?」


「へぇ、アリア、精霊と契約したの?凄いじゃない!」


「へぁっ?あれれ?アルレおねぃちゃん?いつからそこに?」

「あっ!そう言えばさっき……」


 謎の声が発した言葉に拠って、アリアはそこに少女がいた事を知った。

 少女はアリアの魔術で吹き飛ばされた狼人族ウォルフィアの首を掴み、雷撃の魔術を掴んだ掌から直接流し込んで感電させていた。


 そもそも少女はいつから室内にいたかと言うと…。

 少女は幽星礫弾アストラル・バレットで2人を撃破した後、転移魔術で誰もいないもう1つの部屋の中にいたのだ。



 最初にアリアに会ったあの日、「お勉強」の後に家に帰した際にアリアの家の中を確認していたのが功を奏していた。そして部屋の中で様子を伺っていたのだ。

 これには理由が2つあった。


 1つ目にルミネが張った防御魔術がちゃんとだ。

 ルミネの事だから手を抜くコトはないと考えられるが、一応、「試験官兼」である以上、この母娘に何かしらが起こればそれは全て少女の責任になる。

 だから確認しておく必要があった。


 そして2つ目がアリアのコトだ。

 少女は直ぐにアリア母娘を助けようとはしなかった。だから敢えて、不可視インビジブル状態のまま様子を見ていた。


 少女は、狼人族ウォルフィアのターゲットが母親に移った際に、アリアの身体を揺さぶり無理矢理に起こしたのだ。

 そして起こすだけ起こして様子を窺っていた。


 何故ならば、その状況下に於いてアリアがだった。


 「ハンターとしての心得」をアリアが内に秘めているのかどうかを、のだ。


 それは、ある種の「危険な賭け」ではあった。しかしアリアがハンターを目指すのであれば、それが例え母親をラクさせてあげたいからと言う理由であったとしても、ハンターであれば

 自分の危険を顧みず、手をそれはハンターではないのだ。だから自分の生命が可愛くて

 それらは少女が教えられてきたコトであり、少女が人を育てるのであれば、それだけが最低条件だった。


 だからこそ少女は教え始めて数日で、魔術の行使に至った「アリアの可能性」に期待した事から、敢えて様子を見る事にしたのだ。



 しかし一方で、アリアが意図せず精霊と契約を交わした事は想定外の誤算だった。そんなコトになるとは思ってもいなかったのだ。

 だが、精霊との契約があったとしてもアリアが放った魔術は威力が弱かった。

 それが意図するコトはあるのだろうが、これ以上アリアに任せるのは酷と言うモノだ。


 以上の事から少女は、最後の狼人族ウォルフィアを自分の手で感電させていたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る