第11話 犯行

 アリアは久し振りに母親の起きている顔を見た気がしていた。

 何故なら母親とはいつも生活時間帯が違っていたからだ。


 アリアの家はアリアの父親が残した借金に追われ、とても苦しかった。その為、母親は夜間の仕事と昼間の仕事を掛け持ちしていた。


 朝早くに帰って来て、わずかな睡眠時間を取るとそのまま仕事に行き、夕方前に帰って来ても直ぐにどこか別の仕事に行ってしまう。

 夕方以降は魔獣に襲われる心配もあるから、どこで仕事をしているのか知らないアリアにとっては心配でしかなかった。


 そういった完全に「すれ違い」生活でアリアは凄く寂しかった。だが、その寂しさを我慢しなければならないにも拘わらず、それでも生活は苦しかった。

 そこまでしなければ減らない借金のせいで、飢えてしまう程の生活困窮者だったからだ。



 アリアの母親は、アリアの事をとても大切にしていた。だから、娘の為に寝る時間も自分が食べる食事すらも惜しんで働いていた。

 だけど今日は、早く帰ってこられたし、夜の仕事がない事は本当に久し振りだったから、娘と一緒に過ごせる幸福な時間を満喫しようと思っていた。

 そんな貴重な時間を大切にしようと考えていた。



 アリアの家はアラワド市内にある公営の集合住宅の一階部分にある。間取りは2Kだが1つ1つの部屋は狭い。

 そんな家なので家賃は非常に安く、魔獣対策の防御結界すら気休め程度にしか機能していない。そんな公営住宅だった。

 でも母娘にとってはそこがみやこであり、そこが城だった。

 生活は苦しかったが幸せを噛み締めていた。



 そんな母娘は家に入る直前に襲われた。襲った者達は誰でも良かった。

 だからアリア母娘を見付けたから襲ったのだ。しかし、襲った事には意味がある。

 彼らには彼らなりの大義名分があるから、仕方がないと言えば仕方がない。



-・-・-・-・-・-・-



「今日は美味しい料理を腕によりをかけて作ってあげるからねッ!」

「アリ…ア!?えっ?ひィッ」


「んんーんん」


「大人しぃくしてぇれば、痛ぇ目を見ぃずにすんむ」


「アリアッ!アリアを離してッ!」


「ちィ、めんどぉくせぇ」


がすっ


「ア…リ………ア」


どさっ


「ッ!!んんーんーーーん」


「オメぇ達を人質にぃして、たぁて籠らせぇてもらぅ」


 玄関の扉を開け振り返った母親は言葉を失う事になった。そこにいたのは3人の獣人だった。

 アリアは1人の獣人に因って口を塞がれ、鋭い爪を首元に当てられていた。

 その身体は恐怖で震えている。


 母親はアリアを助けようと必死に立ち向かっていく。だが普通のヒト種の人間が武器も持たずに獣人に挑んでも勝てるハズがなく、母親は首に手刀をあてられ昏倒していった。




「現況はどうなっているの?」


「はいっ。犯行声明は先程出ましたが、犯人は依然として部屋に立て籠っています。人質母娘は熱源感知に拠れば生きていますが、身動きが取れないように拘束されている状況だと思われます」


「そう。分かったわ。貴方達は何人で来たの?」


「我々のグループは4人編成です。残りの3人は不測の事態に備えて周囲で監視を続けています」


「ところで相手は狼人族ウォルフィアって聞いてるけど、あってるかしら?」


 少女はアリアの家の裏手にひそんでいたサポーターを見付けると声を掛けた。そして状況報告を聞いた限りでは進展はない…が、状況は芳しくない様子だった。

 周囲にはあと3人サポーターがいるらしいが、デバイスにその反応は全く無かった。

 恐らく建造物の魔術防壁の外側にいるサポーター達は魔獣対策で認識阻害インヒビションを掛けているのだろう。

 家の裏手に魔術防壁内に潜んでいたサポーターだけが、少女や犯人との連絡の為に認識阻害インヒビションを掛けずに待機していたのだと考えられる。



 先に言っておくが、サポーターはハンターではない。

 公安やギルドに雇われている「何でも屋」と呼ばれる者達だ。

 彼らの仕事はハンターが狩った魔獣の回収や輸送・解体に留まらない。

 要請があればハンターの支援や、ハンター到着までの現場保存といった事までやってくれる。そして、今回は犯人達との交渉役ネゴシエーターを引き受けてくれているらしい。

 まぁ、どこまで交渉するのかは分からないし、ハンターが駆け付けるまでの時間稼ぎかもしれないが、少女にとってはアリアが無事なコトを確認出来ればそれだけで良かった。


 ちなみに、サポーター達もある程度の戦闘能力は持っているし、武器を必ず携帯している。だから夜間等の作業に於いて、多少の魔獣であれば襲われても対処出来るのだった。

 長年サポーターをしてる者であれば、並のハンター以上の戦闘力を保有してたりもするが、そういった者は大抵、だったりもする。


 まぁ、ハンターに大きな要因は、古龍種エンシェントドラゴン襲来や大暴走スタンピードといった強制的な緊急要請エマージェンシーによって生命を落とす危険性があるからかもしれない。

 生物である以上「生命あっての物種」だし、人間の価値観は多様性に富んでいるので、とやかく言うつもりはない。



「犯人達は3人で全員狼人族ウォルフィアで間違いないと思われます。尚、犯行声明で「公安送り」になった仲間の解放を訴えている様子です」


「公安送りの仲間の解放ねぇ。そんなコトするなら悪さしなければいいのに。まったく。とんだいい迷惑だわ」

「ま、そんなコト、アナタに言っても意味がないわね」


「はい…。それで、これからどうするのですか?」


「あとはアタシ達が引き継ぐけど、解決したら犯人達は連れてってもらいたいからそれまで待機をお願い出来るかしら?あ、でも、流れ弾とか貰っても困るから魔術防壁の外でも大丈夫?認識阻害インヒビション使えるかしら?」


「それは大丈夫ですが、こちらに来ているハンターは貴女様1人ではないのですか?」


「えぇ、今日は連れがいるのよ。って、アタシのコトを知ってるの?」


「貴女様は有名人ですからね。ははは。それでは自分も待機に移ります」


「うん、宜しくね」

「ってか、アタシってそんなに有名人だったっけ?サポーターにまで有名になるなんて悪い意味じゃなきゃいいけど」


しゅうんっ


「お話しは終わりまして?」


「さっすがルミネ、いいタイミングね!それよりも掴めた?」


 現場に着くなり少女はルミネに周辺の状況の確認と、をしてもらっていた。

 それはサポーターの報告と照らし合わせる為であり、特に後者はルミネにしかだったから少女はルミネに頼んでいた。



「ルミネ、この状況をどう打開する?」


「えぇ、そうですわね。この状況でしたら、解決するのが、一番でしょうからこんなのはどうでしょう?」

「ごにょごにょごにょ」


「流石はルミネね。いいわ、その作戦でいきましょう」

「それじゃあ準備をお願いね。アタシは念の為、狙撃スナイプ出来るか確認しておくから」


「えぇ、分かりましたわ。準備が整いましたらご連絡致しますわね」


 ルミネは作戦の内容を少女に耳打ちした。その作戦内容を知った少女は思わずニヤけてしまった。


 闘争に重きを置く魔族デモニアが提唱する「平和的解決」ならば、それは本当に解決方法とは言えないだろう。だが、ルミネは魔族デモニアでありながら、この世界の事を知りハンターの仕事を知った。

 そしてアリアの事を本心から助けたいと考えている。

 だからこそ「魔族デモニア」の考える「平和的解決」ではなく、ハンターとしての「平和的解決」を考えたというのが妥当だろう。

 まぁ、クレーム処理を「黙らせれば万事解決」と考えるのも魔族デモニア寄りな平和的解決と言えるだろうが、それは決して口にしてはいけない。

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