第10話 エマージェンシー

 それは突然だった。


 2人が屋敷に到着し、広間で談笑しながら芳しい紅茶の香りを堪能していた時だった。

 今日の振り返りで盛り上がっているところに、一件の着信が少女の元へと舞い込んで来たのだ。


 当然のコトだが少女は嫌な予感にさいなまれていた。しかし無碍には出来ないのでその着信を取ったのだった。



緊急要請エマージェンシーだ」


「こんな時間から緊急要請エマージェンシー?また、厄介な魔獣でも出たの?」

「一体どんな魔獣かしら?古龍種エンシェントドラゴン?それとも何かの固有個体ユニーク?」


 少女の声は軽い口調だが緊張を帯びていた。そしてその漏れてくる単語に、ルミネは「ピクっ」と眉を動かして様子見しているが会話の全文は想像の範囲でしか分からない。



「魔獣じゃあない、立て籠もり事件だ。アラワド市の集合住宅で母娘おやこが人質にされている。犯人は狼人族ウォルフィアらしき獣人が3名」


「立て籠もり?アラワド市……」


 少女はそこまで聞くと額に脂汗あぶらあせにじみ、背中には冷や汗が流れていくのが分かった。

 それはどうしようもない程のイヤな予感というヤツだった。だから、その先はどうしても聞きたく無かった。

 しかしそんな空気をマムが読む事は当然ながらあるワケが無い。そして非情にも人質にされている者の名前が少女に向けて紡がれていった。



「マム、分かった。今すぐ現地に向かうわ。ルミネも一緒でいいわよね?」


「あぁ、構わない。あたしゃ

「サポーターは予めこっちから用意しておく。現地で合流して情報を聞きな。じゃあ、頼んだよ」


 少女の顔は血の気を失い明らかに青褪めていた。既にマムからの通話は切られている。

 少女の耳に「つーつー」と言う音だけが響いていた。



「爺、セブンティーンにアタシの銃器の用意をお願いッ!ブラックライフルARの他にスナイパーライフルSRも入れておいて」


「当方のAWMで宜しいのですか?」


「それだと威力が強過ぎるから、モデル90の狙撃銃スナイパーライフルでお願い」


「かしこまりました。直ぐにご用意致します」


かちゃっ


「マスター、お持ちします」


「ありがと、サラ。重いわよ?持てるかしら?」


「レミも手伝うー」


かちゃかちゃ


「それではマスターの大剣グレートソードはお部屋に運んでおきます」


「ありがと、サラ。レミも宜しくね。無理そうなら爺にお願いしてね」

「それじゃあ、ルミネ、行くわよッ!」


「えぇ分かりましたわ、アルレさま」


 少女は爺に装備の準備を依頼した。ハーフメイルは身に着けたままだが、愛剣は置いていく事にした。

 立て籠もり事件の解決であれば室内戦闘になる可能性が非常に高い事から、大振りな大剣グレートソードでは邪魔にしかならない。

 少女は自分の装備をテキパキ整えると既に重低音を響かせている玄関へと向かっていった。




「マムから緊急要請エマージェンシーがあって、アラワド市内で起きてる事件の制圧に行くわ」


 ルミネと共にセブンティーンに乗り込んだ少女は思いっ切りアクセルを踏み込んだ。

 急加速に因って空転したタイヤが放つ甲高い摩擦音と、盛大なエグゾーストノートを響かせ、ケツを多少振りながらセブンティーンは敷地内を出ていくのだった。


 そして少女は、爆走するセブンティーンの中で緊急要請エマージェンシーの「あらまし」を少女はルミネに話していく。



「アラワド市って言うと、アリアの住んでる街でしたわね?」

「ま、まさかッ!」


 それは少女の慌てっぷりと「緊急要請エマージェンシー」でわざわざ入って来た連絡からの推測でしかなかったが、ルミネの憶測は見事に的中していたのだった。



ぎりッ


「アタシも信じたくは無いんだけど、立て籠もられている家がアリアの家らしいのよね」


 少女の顔からはいつもの余裕が無くなっていた。そして、険しい表情の裏では、アリアが無事である事を一心不乱に祈っていたのだった。



-・-・-・-・-・-・-



「よく聞きな、最近アンタ達が入れ込んでいる女の子、アリア・レヴィが母親と共に人質に取られている」


 先程の通話の際、少女がマムから言われた言葉だ。少女はその言葉を聞いた時、自身の下唇を噛み切ってしまうくらい噛み締めていた。

 当たって欲しくない悪い予感ほど、当たってしまう事に嫌気が差す。


 なんて空気が読めないタイミングなんだろう。アリアが初めて魔術を成功させた日に…そんな喜ばしい日に災難に遭ってしまうなんて。



ぎりりッ


「運命はなんで!なんでそれ程までに、あの母娘おやこを虐めるのよッ!」

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