お弁当

 お昼休みになると教室の中では机を集めて。仲のいい友達同士で持参のお弁当や学食のお弁当を食べる生徒の姿が見える。僕の周りには当然のように女の子が集まってきた。集まって来た女の子の中に当然、彼女はいない。彼女は僕から離れた場所で、仲のいい友人と一緒にお弁当を食べていた。


「今日もお弁当美味しそうね」

「えへへ、いいでしょー」


 嬉しそうに、自慢げに。鉄箸でおかずをつまみながら彼女はお弁当を友達に見せびらかしている。

 そのお弁当は僕が用意したものなのにね。彼女はもちろんそのことを知らない。知っているのは彼女の両親くらいだ。彼女は母親が用意してくれていると今でも信じているんだろう。朝彼女の家でお弁当を用意して、彼女の母親が渡す。だから彼女は気が付かない。

 ちなみになんでプラスチックの箸じゃないのか。理由は簡単だよ。彼女握力が強いからプラスチックの箸だと、『ポキッ』って折れるから頑丈な鉄箸なんだ。お弁当箱もスチール製の固いものを用意した。ちゃんと可愛い柄のプリントされてるのもをね。

 見た目だけは周りと変わらないプラスチックのお弁当さ。1人だけ金属感丸出しの弁当箱だと浮いちゃうからね。彼女が人間関係で不利にならないように、ちゃんと注意してるのさ。彼女のために。

 もちろん僕のお弁当と、彼女のお弁当の中身は全く違う。他人が気が付かないように、彼女が気が付かないように。ちゃんと考えているんだ。栄養バランスのいいおかず。彼女が箸でつまんでも崩れない工夫。彼女が満足する量。そして彼女は、今日も美味しそうにお弁当を食べていた。それを見るだけで、僕は幸せなんだ。


 僕はと言えば、周りに集まった女の子と楽しくお話しながら食事中。彼女が好きだと悟られないためにもね。他の男子の嫉妬の視線が煩わしいけど。彼らが考えるような関係性ではないんだよね。

 周りの女の子たちにとって、僕は可愛い存在だ。マスコットとか、アイドルなんかと扱いは一緒。だから、僕の周りにいると楽しいし。他の女の子との会話も弾む。でもそれだけなんだ。男女の仲を望んでないからね。僕からすればいい隠れ蓑なんだ。男子の視線も彼女には向かないしね。

 女の子との会話中は、もちろん女の子の目を見て話すさ。礼儀としてもそうだけど、視界の片隅に彼女を写してることを悟られないためにも。女の子は勘が鋭いからね。見つめてたら悟られちゃう。だから彼女を、視界に移すのが精一杯。

 彼女は友達と話すのに夢中で、こちらを見ることもないし。一回も僕を囲む女の子の輪に入ったことは無い。入ってこられたら逆に困るから、来ないように仕向けてるんだけどね。

 周りの女の子と同じように彼女に接するなんて、苦痛でしかない。彼女が周りの女の子と同じく、僕に『デレデレ』してる光景を想像するだけで。僕は不快になる。

 僕に『デレデレ』している彼女は、なんだろう。言葉で表現するのが難しいけど、彼女じゃないんだ。僕と彼女が結ばれた未来でなら、僕に『デレデレ』でもいいんだけど。今はまだ、自由な彼女女を見ていたいんだ。僕のわがままだけどね。

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