第4話 理帆と美帆
その後も私は、毎週金曜日の放課後に理帆に数学を教わるようになった。おかげで数学の成績も徐々に伸び、模試でも目標の点数に届くようになった。理帆にお礼を言うと、最初の頃とまったく変わらず「数学は楽しいでしょう?」と言った。
理帆は相変わらずのマイペースで、昼食はひとり校内食堂で定食を食べていた。私はアトリボたちとお弁当を食べることが多かったが、その日は理帆と話すためにお弁当を持参せず、校内食堂で理帆と一緒に定食を食べることにした。
自分で気づいているかどうかわからないが、理帆の向かいの席に座る子はいなかった。なんとなく座りにくいのだ。私も同じだったが、今日は是非とも理帆と話がしたかった。
私:「こんにちは。ここいい?」
理帆:「ええ。どうぞ」理帆はちょっと驚いた顔で私を見上げた。
私:「いつもひとりなの?」
理帆:「ひとりのほうが落ち着くから。みゆきさんはお弁当派じゃなかったの?」
私:「そうなんだけど、今朝寝坊してお弁当作れなかったの」私は嘘をついた。
向かいに座ったものの会話が続かない。理帆は自分から話題をふることをしない。
私:「そういえば、妹さんは元気?一度美帆ちゃんに会ってみたいわ」
理帆:「美帆はいつも元気よ。フレンドリーだから誰とでも話してるみたい」
私:「私立中学の受験のほうは?ご両親に反発してるって言ってたけど」
理帆:「ウチの親のほうがあきらめたみたい。美帆は言い出すときかないから」
私:「しっかりしてるってことじゃない?小学6年なのに」
理帆:「ただのワガママよ。美帆は進学女子校になんか行きたくないのよ」
私:「美帆ちゃんなりの目標とか夢があるんじゃないの?」
理帆:「美帆は恋愛したいみたいだから、普通の共学校に進学したいらしいの」
私:「そういえば、モテるって言ってたものね。美帆ちゃん。美人なんだろうね」
理帆:「そうね。だからこそ、親は美帆を進学女子校に入れたいんだろうけど」
私:「厳しすぎるのはかわいそうよ。美穂ちゃんならどこでも大丈夫じゃない?」
理帆:「まあ、勉強の方はね。でも恋愛のほうはどうかな。母の心配もわかる」
私:「高校生に告白されたって言ってたけど、あの話ほんとうなの?」
理帆:「ほんとうよ。進学塾の帰りにいつも会う子だったらしい」
私:「それにしたって、小学生に声かけるなんて。今時はそうなの?」
理帆:「知らない。同じビルでフロアが違うだけだから。相手の子はまさか美帆が小学生だとは思わなかったんじゃないかしら。美帆はランドセルじゃないし、服も大人びた格好してるから。中学2年くらいに見られたんじゃないかな。」
理帆は妹と仲がよくないのだろうか。美帆ちゃんの話をすると気乗りしないようだ。でも私は高校生に告白された超小学生の妹:美帆ちゃんに是非とも会いたくなった。
期末テストも終わった7月初め、私は夏休み中の数学の勉強計画を立てることを理由に、理帆の家に行きたいと言うと、理帆はあっさり承諾してくれた。これで理帆の妹に会える。私が嬉しくてルンルン気分でいると、アトリボが鋭く察知して自分も行きたいと言う。
「自分で理帆にきいてみれば?」と言うとアトリボはすぐに承諾をもらってきた。
アトのこういう厚かましい要領の良さには感心するというかあきれる。数学なんてヤル気ないくせに。でも妹を見たいという真の動機は私も同じだからアトのことを悪く言う資格はなかった。
7月最初の日曜の午後、梅雨明け間近の晴天。アトリボと一緒に理帆の自宅を訪問した。理帆の自宅は駅から歩いて10分。真新しいオートロックの18階建てマンションの5階。南東の角部屋で、間取りは3LDK。理帆と美帆は8畳の相部屋で東側に窓があった。他の2部屋は両親の寝室と書斎。2人とも高校教師で自宅で仕事することも多いという。
私たちは理帆に出迎えられてリビングに通された。ゆったりした大きなソファに美帆が座っていた。なるほど。私とアトは顔を見合わせてうなずいた。小学生とは思えないモデルみたいない容姿だった。
理帆:「妹の美帆よ」
美帆:「こんにちは。初めまして」美帆は立ち上がって丁寧に頭を下げた。
大人びた態度。体は細いが顔はすでにティーンエイジの魅力にあふれている。理帆と違って、ふんわりしたブルネット。目鼻立ちも日本人じゃないみたいだ。キッチンから出迎えてくれた母親を見て納得した。やはりママはハーフらしい。ママは私たちのために紅茶と手作りのアップルパイを用意してくれていた。
ママ:「よく来てくれたわね。理帆からきいてるわ。ゆっくりしていってね」
私:「みゆきです。理帆さんから毎週金曜に数学を教わっています」私は挨拶した。
アト:「阿藤里穂です。いろいろお世話になってます」ナニがいろいろなんだか。
私たちはママもまじえてしばらくいろんな話をした。学校のこと。進路のこと。理帆のお母さんも高校教師なので、会話がはずんで楽しい時間が過ごせた。美帆だけはずっと黙って紅茶を飲んでいた。高校生の話題に関心がないのか。それともまだ母親と確執があるのか。母親の顔を見ようとしなかった。
しばらくの間、美帆を除く4人で話していたのだが、ママは買い物に行ってくると言って、出かけて行った。いちおう私とアトが変なヤツじゃないのを確認して安心したのだろう。
美帆:「やっと出てった」ママが出かけたのを確認してから美帆が口を開いた。
私:「美帆ちゃん。ママといろいろあったんだって?」
美帆:「姉から聞いたんですね。いろいろあったけど平気です。私は私なので」
アト:「しっかりしてるよね。小学生には見えないよ。キレーだし」
美帆:「それはどうも。私、4月生まれなので学年では成長が早いんです」
私もアトもうっとりするくらい美帆に見惚れていた。オーラを放つ美少女。逸材だ。
ありふれたアイドル顔なんかじゃない。小顔で手足が長くてすでにモデル顔なのだ。
美帆:「理帆が友達つれてくるのって珍しいよね」美帆は姉を呼び捨てにした。
理帆:「そうね。私は友達少ないから」
アト:「美帆ちゃんはお姉ちゃんのことをいつも名前で呼んでるの?」
理帆:「親の前では『お姉ちゃん』だけど二人のときは呼び捨て。ね、美帆」
美帆:「欧米じゃそれが当たり前でしょ?そのほうが呼びやすいしさ」
私もアトもちょっと驚いた。なんてマセた口をきく小学生なんだろう。
アト:「ところでさ。美帆ちゃん。高校生にナンパされたってほんとうなの?」
美帆:「カフェに誘われただけです。それから私のことが好きだって」
姉の理帆は関心なさそうに花瓶の花を見てる。
アト:「それって、スゴイよ。美帆ちゃんはオトナっぽいからねー」
美帆:「私、進学塾はひとりで通ってたから。小学生だとは思わなかったみたい」
アト:「それで、なんて答えたの?」
美帆:「ここ進学塾よ?そんなヒマあるわけないでしょ?って、断りました」
アトが目を見開いて私のほうを見た。断り方も小学生じゃない。
私:「美帆ちゃんは、恋愛に関心があるんだって?」
美帆:「姉に聞いたんですか。ええ。関心あります」美帆はちょっと姉を見た。
理帆はさっきと変わらず聞こえてないみたいに花瓶の花を見ている。
私:「どんな恋愛に関心があるのかしら?」
美帆:「ワクワクドキドキするようなのじゃなくて、しっとりした恋愛かな」
アトがまた目を見開いてる。この子ほんとに小学生なの?とでも言いたげな顔。
私:「そうなんだ。フランス映画みたいな恋愛がしたいのかな?」
美帆:「うーん。映画はあんまり見ないからわからないけど。キスはしたいかな」
アトがあきれて口をポカンと開けている。理帆は相変わらず関心なさそうだ。
私:「キス。したいの?」 私はまじめにきいた。
美帆:「そりゃそうです。キスってステキじゃないですか」美帆が天井を見上げた。
理帆:「親が心配するの、わかるでしょう?」 やっと理帆が話に入ってきた。
美帆:「勉強は共学でもできるし、進学校じゃなくてもできますから」
理帆:「そうじゃない。男女交際をママは心配してるの。わかってるくせに」
美帆:「私は理帆みたいなのはイヤ。絶対カレシ作りたいの。それの何が悪いの?」
理帆はため息をついてまた花瓶の花に目をやった。
この姉妹は好みも価値観も違うらしい。
美帆:「ところで、お二人はキスの経験はあるんですか?」
私とアトは顔を見合わせた。おっと、そうきたか。
私:「ええ、あるわよ」なるべく落ち着いて答えた。本当だった。
アト:「わ、ワタシもあるわよ」続いてアトが胸を張って答えた。たぶんウソだ。
美帆が目を輝かせて身を乗り出してきた。
美帆:「どんなふうにしたんですか?キス?」相手はどうでもいいらしい。
私:「ふつうかな。高1のクリスマスの夜。イルミネーション見に行ったときに」
美帆:「それってふつうのキス?それとも?」ディープキスかと聞きたいらしい。
私:「ふつうのキスよ。唇を合わすだけの」私は余裕を見せながら答えた。
たとえディープキスでもここはそう言ってはいけない。相手は小学生なのだ。
美帆:「あの、そちらは?」今度はアトにきいた。美帆は興味津々だ。
アト:「わ、ワタシもふつうよ。ふつうのキス」見栄を張ってるのがバレバレ。
美帆:「どんなシチュエーションで?」
アト:「シ、シチュエーション? えーっと、校舎の裏で。かな」
美帆:「ふーん」簡単にウソを見破られてしまったようだ。
理帆:「私たちの部屋。見る?」
部屋は姉妹で共用だった。二人で使ってるわりにはモノが少なくてシンプルだった。二段ベッド。2組の勉強机と椅子。本棚とクッション。ガラステーブルがひとつ。衣類はクローゼットに収納されており、床は明るい木目のフローリングだった。
美帆:「どっかの女子寮みたいでしょ? 二段ベッドなんて。ほんとダサい」
理帆:「二人の部屋なんだけどね。夜はほとんど美帆が独占してるの」
美帆:「だって友達と電話するから。理帆は電話する友達いないじゃない?」
私:「じゃ、理帆はどこで勉強してるの?」
美帆:「いつもリビングで勉強してる。どこでも集中できるのよ。理帆は」
理帆が答える前に美穂が代わって答えた。理帆は無表情だ。そのとおりらしい。
その後、美帆は友達と約束があるといって出て行った。私はリビングで理帆のアドバイスを受けながら夏休み中の数学の勉強計画を立てた。数学放棄のアトは美帆が買ってきたらしいファッション雑誌をめくっている。
夕方、ママが買い物から帰ってきたのと入れ違いに私とアトは理帆のマンションを出た。帰り際、美帆がまだ帰ってきていないのを知ってママが愚痴をこぼしているのが聞こえた。
アト:「真崎さんの妹、やっぱ普通じゃなかったね。超小学生だよ」
私:「まあね。でも今どきはああいう子。珍しくないのかもよ」
アト:「小6でキスって。まあ、小学生でキスする女の子はいるだろうけどさ」
私:「ところでアト。校舎の裏でキスしたって、いつの話なのよ?」
アト:「え、あ、ああ、あれ、あれはまあ、話の流れでそう言っただけで」
私:「だろうね。ウソがバレバレだったよ」
アト:「そういうみゆきはどうなのよ?高1の冬って?聞いてないわよ?」
私:「ああ、あれはほんとだよ?まあ、相手はイトコのルミだけどね」
アト:「ルミ? ルミって? ファーストキスの相手は女なの!?」
私:「そうよ。ふたつ年下のイトコ。カワイんだー。ルミは」
アト:「みゆきがそっち系だったとは知らなかったなー」
私:「そんなんじゃない。ルミはホントにカワイイんだよ。キスしたくなるくらい」
アト:「じゃ、やっぱそっちじゃない?それってファーストキスって言えるわけ?」
私:「女同士でキスしてナニが悪いの?マイノリティを差別するつもり?」
駅のホームでそんな会話をしながら私たちは帰りの電車に乗った。
エッチなアトリボは今夜レズビアンの動画を見て興奮してることだろう。
つづく。
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