第3話  告白の顛末

その後、理帆とゆっくり話す機会がないまま1週間が過ぎた。数学の先生は金曜日の午後の授業のあとで必ず宿題を出した。その日も私は理帆を引き止めて宿題を教えてもらっていた。中間試験も近いし今の時期に出される宿題は重要だったのだ。


推薦ねらいのアトリボは数学を放棄していてヤル気なしだったが、理帆と篠塚先生の話が聞きたくて宿題を教わりながら待っていた。


私:「ありがと。理帆。あとは家にかえって復習するわ」

理帆:「そう。頑張って。数学は楽しいわよ」

アト:「じゃ、一緒に帰ろう。真崎さん、先週の話、聞かせてよね」


理帆は先週のことをすっかり忘れているらしく、首をかしげた。


アト:「ヤダ。忘れたの。篠塚の告白の顛末よ」

理帆:「テンマツ?」

私:「先週さ、篠塚先生に告白されたって言ってたでしょ? あの話のこと」

理帆:「ああ、あのことね」理帆はちょっと考えている。

アト:「話しても大丈夫だよ。私らクチカタイから。それに篠塚はもういないしさ」


私も聞きたかったが理帆に嫌われたくないので黙っていた。


理帆:「私ね。チェロ習ってたの。中学3年まで」


それは初耳だった。私とアトは顔を見合わせた。


理帆:「篠塚先生の個人レッスン受けてたのよ。小学5年から中学3年の春まで」


理帆はちょっと憂鬱そうな顔をした。


私:「じゃ、篠塚先生とはもともと親しかったんだ」

理帆:「親しかったというか。先生と生徒。それだけ。チェロは中3の春にやめた」

アト:「ウチの高校に篠塚がいるのを知ってて入学したの?」

理帆:「うん。特に気にしてなかった」


私:「どうしてやめたの? チェロ」

理帆:「もともと好きで始めたわけじゃないし。母が何か楽器を習えって言うから」

アト:「そうなんだ。篠塚が理帆を勝手に見初めたのかな?」

私:「見初めるって小学生の子を?篠塚先生って今40くらいだよね。独身だけど」

アト:「だんだん成長して綺麗になっていく理帆にラブを抱くようになったとか?」

私:「源氏物語みたいに? まさか」

アト:「自分ごのみに育てて、さあこれからってときに逃げられちゃったと」

私:「ちょっと。ソレ、妄想でしょ?」


理帆はなんのことかわからないようすで黙っている。


アト:「ああ、ごめん。真崎さん、それで篠塚にどうされたの?」

私:「アト。どうされたって。なんかされたような、へんな聞き方ね」


阿藤の言ってることはわかるが、たぶん理帆はわかってない。


私:「で、理帆。篠塚先生はどういうふうに告白してきたの?」

理帆:「放課後に音楽室に来るよう言われて。篠塚先生がひとりで待ってた」

アト:「教師の地位と権力を利用したのか。許せないな」

私:「教師の権力って。まあ、いいわ。続けて理帆」

理帆:「なぜチェロをやめたのかってきかれた。やめるときは受験勉強のためってことを理由にしたんだけど、高校に合格してもレッスンを再開しなかった。それで呼び出されて、なぜレッスンを再開しないのかって。才能があるのにやめるのはもったいないって言われた」

私:「チェロ、上手だったの?」

理帆:「先生は才能あるって何度も言ってくれたけど、自分じゃ普通だったと思う。特に好きってわけでもなかったしね。コンクールに出たことがあるけど予選通過したこともなかった。3年になってやめたのはもうこのへんでいいかなって思ったから」


アト:「じゃ、篠塚の片想いだったってこと?」

私:「ちょっとアト、黙ってて。それで?」

理帆:「二度とチェロをやるつもりはありません。そうはっきり答えた。そしたら篠塚先生、急に取り乱して。君は僕の気持ちを踏みにじるのか。君には期待していたのに。君のことがずっと好きだったのに。とか言ってひどくなじられた」

アト:「あちゃー。言っちゃったんだ。なんか聞いてて恥ずかしくなるね」

私:「理帆はそれにどう答えたの?」

理帆:「私は先生に対して特別な感情を持ったことはありません。そう答えた」

アト:「それだけ?」

理帆:「それだけ」


理帆はいつもと変わらない口調で答えた。本当になんとも思ってなかったのだろう。


アト:「それで終わり? 押し倒されたり無理やりキスされたりはなかった?」

理帆:「何もなかった。私はそれだけ言ってその日はすぐ帰ったから」

私:「その後、篠塚先生から意地悪されなかった?」

理帆:「そうね。特になかったな。でも、私と目を合わさなくなった」

私:「だろうね。気まずいもの」

アト:「ずっと好きだったなんて言ってフラレたんじゃ。目合わせらんないわ」


理帆は黙っていた。理帆にとってはただそれだけのエピソードなんだろう。アトはもっとドキドキな展開を期待してたようで、かなりガッカリしてる。篠塚先生はきっと自分で異動願いを出したんだ。私は思ったが口に出さなかった。それを言うと理帆が罪悪感を持つかもしれないと思ったからだ。


改札を通って里穂と別れてから、アトが大きなため息をついた。


アト:「なんか、フツーだね。篠塚が真崎さんに肉迫したのかと思ったのになー」

私:「十分迫ったじゃない。君のことがずっと好きだったって」

アト:「私が篠塚なら放課後の音楽室で真崎さんを押し倒してキスしちゃうな」

私:「ソレ、綱紀委員失格の発言ね。セクハラ。犯罪だよ」

アト:「あのクールな真崎さんをその気にさせるなら、それくらいやらないと。篠塚も根性ナシだよね。僕はずっと好きだったのに?それじゃ、子供だよ。男ならもっと強引にさ。こうググッと迫らなきゃ。ググッと押し倒してキスするとかさ」

私:「そりゃ、妄想だよ。ほんとにやったら警察呼ばれるよ」

アト:「放課後の音楽室だよ? 何が起こってもおかしくない舞台設定じゃない?」


アトはそのあともひとりで妄想していて「禁断の恋」「放課後のアバンチュール」などと、ブツブツつぶやいていた。綱紀委員のくせにそういう強引な展開、というより、ほとんどアダルトビデオ的な展開を妄想してるようだ。そういうビデオをこっそり見てるんだろう。


私たちと反対側の上り電車のホームには、黒ブチ眼鏡とマスクをした理帆が立っていた。黒髪が風になびいている。アトリボ的には黒ブチ眼鏡の理帆には特に「萌える」そうだ。ホームに電車が入ってくると、理帆は胸のあたりで手を振った。私たちも手を振った。






つづく。

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