避難訓練
災害時には水道が使えなくこと、したがって水洗トイレも使えなくなることに教師陣が気づいたようだ。
プリントには避難訓練の際に携帯用トイレも持ってくるよう指示が書かれている。
関東大震災の教訓から、九月一日は防災の日なので毎年夏休み明け一日目は避難訓練がある。
このころの携帯用トイレは、携帯といっても重くてでかく、例えるなら個人用のロッカー。いや、人一人すっぽり入れるくらいだから棺桶に近い。
これを持って学校まで行く道中を思うと、家を出た途端にかなり憂鬱になる。
同じ団地に住んでいる同じ学校に通う子たちも始業時間は同じなので、同じ学帽をかぶった人達が何人も同じ道を歩いているのが見える。
しかし、トイレを抱えて歩いているのはぼく一人だけだ。
まあそうだよな。プリントの注意書きにみんなが杓子定規に従うわけはない。むしろこんなものを本当に持ってくるぼくのほうが場違いだったんじゃないか。そう考えて不安になる。
かといってわざわざ引き返して家にトイレを置いてくるのも面倒なので、そのまま学校までの道をのそのそ歩いていると、たぶん五歳か六歳くらいだろうか、小さい子がぼくの横を駆け抜けて立ち止まり、こちらの様子を伺っている。
ぼくが「どうしたの? なんか見つけた?」と声をかけると、「なんでどこでもドアを持ってるの?」と質問してきた。
「どこにでも持っていけるドアだからどこでもドアなんだよ」と答えると「どこにでもいけるの?」と聞き返してくる。
「そうだよ」と言って、ぼくはトイレを地面に置いてドアを開けて中を見せてやる。
中はトイレなんだよ、とネタばらしをするつもりだったが、その子は笑いながらトイレの中に入ってドアを閉めてしまう。
かくれんぼのつもりだろうか。ぼくは「もしもーし」と大声で呼びかけながらドアをノックする。返事はない。ぼくはまたドアをノックする。
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