人差し指のジレンマ
桜雪
第1話
「犯人は貴方だ!」
「いいや、お前だ!」
「いやいやっ。あんただろう?」
現在、少年誌で連載をされている『5分で解決!』シリーズでは自分こそが探偵だと思っている少年たちが自分以外を犯人だと人差し指で相手を示す、珍妙な展開が繰り広げられている。
この漫画はオムニバス形式で一話ごとに主人公が変わるものの、なんでも主人公が5分で解決することが売りの漫画だ。探偵が犯人に人差し指を示し『犯人は貴方だ!』と事件の真相を暴くことは学園のミステリー部門の生徒たちにとって、一度は演じてみたい憧れのシーンではあるが、自分こそが探偵だと言い争っている同級生たちを見て、悠希は一体、誰が『探偵』として、この作品に派遣をされたのかと件の少年誌を開いたまま首を傾げた。一緒に少年誌を読んでいた暉はこの状況を楽しんでいるのか、締まりのない顔で同級生たちの行動を愉快そうに眺めている。漫画に探偵ばかりが派遣をされているなんて学園始まっての事態だろう。
「5分で解決するどころか、このままだと何時間かかるんだって感じだねぇ」
画面外でも今ごろ、彼らは『自分こそが探偵だ!』と言い争っていることが簡単に予想がつく。
「どうするのかしら。この話の探偵を自分だって名乗りだしたときからミスキャストだとは思っていたけど、誰が探偵なのか全く、分からないわ」
「だね。次号で解決すればいいけど」
悠希たちが通っている学園は漫画や小説に『役』として派遣をされる機関である。偶に小説家や漫画家が『キャラクターが自分の思い通りの動きをしてくれない!』と頭を抱えたり『キャラクターが生きているようだ!』と感じるのは彼らがよく言う神が降りてきた、そんな
学園の生徒たちは入学式に案内と共に赤いシーリングスタンプが押されている厚い封筒が渡され、学園側が決めた部門を嫌でも生徒たちは卒業まで演じ続けることになる。一度、自分が決められた部門に納得がいかなく学園から逃げ出した生徒もいたらしいがその生徒が行方不明となり、今も見つかっていないことから、生徒たちは不満があっても日々、決まった作品に派遣をされる日々を過ごしている。
現在、探偵役を取りあっている彼らが派遣をされた少年漫画のラストには『次号に続く』とあるが、これから彼らが台本通りに演じるとは限らない。
今ごろ、この漫画を連載している漫画家はどうして、こんな展開にしたんですかと編集者に問いつめられているかもしれないが、漫画家自身もどうして、こんな展開を自分が書いたのかが分からず、可哀想なことに頭を抱えていることだろう。
「……下手したら、このことで私まで先生にまで呼び出されるじゃない」
「悠希は委員長だから、話を聞かれるくらいはするかもね。でも、大丈夫だよ」
「なんで、大丈夫なの?」
悠希は
「先生に知られる前に、僕らで『探偵』が誰かをみつければいいんだ」
「そうね! えっと、犯人の動機は『探偵になりたい』ってことよね」
探偵が互いに犯人だと言いあっているのは、彼らの誰かが『探偵』に憧れて、本当の『探偵』から役を奪おうとしているからだと悠希は推理をする。
「暉も犯人が誰かはわからないんだよね?」
彼は『名探偵』として漫画に派遣をされることが多い生徒だ。茶色の猫っ毛で糸目をしていて大勢の中にいれば紛れてしまいそうな生徒だが一度、作品に入ってしまえば素としての彼は消え『探偵』としてなりきることが出来る。大抵、『被害者』としての派遣が多い悠希としては羨ましい話だ。
「うん。大体は『探偵』『犯人』『被害者』で漫画や小説に派遣されるんだけど、今回は殺人事件じゃないから、被害者にも話を聞けないしね」
ミステリー部門がよく派遣をされる殺人事件なら『被害者』の生徒が早々に学園に戻り、次に先生から伝えられる作品の『役』になりきる為の演技期間に入る。偶に『犯人』の演技がうまい為、同級生でさえ誰が『犯人』を演じているのか分からないことがある。そんなときは先に『被害者』が帰ってきたときに誰が『犯人』だったのかを尋ねることが出来るのだが、今回、起こったのは学園祭で飾られる予定だった美術部と科学部の共同で作られたバルーンアート作品が割られたという事件だ。普段、この漫画はミステリーを中心に描かれているが、今回は恋愛要素も多いことから恋愛部門の生徒が中心となり、ミステリー部門の生徒は彼らのサポート役として派遣されることは事前に聞かされていた。
普段は甘酸っぱい作品や三角関係の作品を演じることが多い恋愛部門は、派遣をされる学園で血みどろの事件が起こらないと聞いて、ほっとしたという。それが日常となっているミステリー部門のそんなことが怖いのかと思うが、悠希たちにしてみれば親友だと思っていた相手に手ひどく裏切られたり、いきなり知らない他人同士がひとつ屋根で暮らすことになる展開の方が怖いと思っているので互いに互いのことは言えない。
しかし、いくら派遣されているとはいえ、作品を学園祭に間に合うように真面目に作ってきたのは彼らだ。誰が自分たちの作品を壊したのか、演技だけではない怒りが少年誌越しに伝わってくる。
美術部と科学部役の生徒には気の毒だが本来なら1話で終わるはずの話だったのに、彼らが揉めたせいで作品が次回へと続いてしまったのだろう。
「まず、田中くんは普段は『被害者役』が多いわよね」
「それを言うなら鈴木くんもだよ」
「あとひとり、山田くんも」
彼らはこの作品以外では大抵、『被害者』が多い。事件が起きたときに第一発見者になって警察から犯人として疑われたり、探偵や他の仲間たちの言うことを聞かずに勝手な行動をとって事件の第一被害者なるパターンだ。早々に学園に帰ってくることで、次は探偵になりたいと3人とも話しているのは、よく聞いていたが、探偵になれるのはミステリー学園生徒たち皆の憧れなのだから、その発言はおかしくはない。
「悠希は誰が『探偵』だと思う?」
「今回の事件だと、『被害者』は派遣されていないと思うから、『探偵』か『犯人』だと思うんだけど犯人は共犯という可能性もあるから、『探偵』が被ることはないと思うわ」
「じゃあ、3人の内、2人が嘘をついてるってこと?」
「……じゃない?」
上目遣いで暉を見上げると彼は楽しそうに微笑む。悠希の推理を楽しんでいるようだ。
「案外、誰も嘘をついていないんじゃないかな」
「どういうこと?」
「これ、なんだと思う?」
暉が悠希に見せたのは、今回、事件が起こった少年誌漫画の台本だ。
「えっ? は、はぁ⁉︎ なんで、暉が持ってるのよ⁉︎」
台本は派遣をされる生徒しか持たされない筈だ。悠希は彼から奪うように台本を開くと、『探偵 九条暉』と役名が書かれている。本来なら探偵として暉がこの事件を解決するはずなのに、彼はのんきに学園で悠希と自分が探偵役の癖して誰が探偵なのかを話している。悠希は顔を青くしつつも、暉の背中を押した。
「な、何してるのよ! 早く、作品に行きなさいよ!」
彼は両足に力を入れているのか、悠希が押してもびくともしない。自分が悪いことをしたと思っていないのか悠希をなだめてくる。
「大丈夫だよ。探偵が行くまで事件は解決されないんだから」
「あ、暉。あなた、作家に悪いと思わないの⁉︎」
「悠希だって思っていただろう? 一度、その役のイメージがついてしまえば、ずっとその役の繰り返しだ。だから、偶には違うことをしてみたいって」
暉は忙しそうなときを見計らい先生から田中たちの台本を預かると、被害者役だった彼らの名前を探偵役に書きかえたらしい。そうして彼らには、何事もないような顔をしながらも台本を渡した。だからこそ、彼らは自分こそが探偵だと言い張っていたのだろう。
誰も嘘はついていない。
彼らは真実、自分が探偵だと思っているだけだ。本来の彼らの役割は風船の音が割れてびっくりして失神する役や犯人とは知らずに突っかかり怪我をする役割になっている。探偵だと思って、作品に出た彼らが真実を知れば、ガッカリするだろう。
「犯人は誰なの?」
「今回は恋愛絡みだから、恋愛部門から出てるみたいだよ? ヒーローがバルーンアートでヒロインに告白することを知った犯人はバルーンを割ったことで告白を防ぎたかったんだ」
「……ヒーローが探偵をやればいいのに」
「ヒーロー役は美術部のヒロインを慰める役だからね。だから、僕らも参加することになったんだ」
「本当にそれだけ?」
いくら暉が自分が『探偵』を行うことに飽きていたとはいえ、それだけで今回の事件を起こすとは悠希には思えなかった。どの作品でも彼が役以上に『探偵』を演じていたからだ。そんな暉の姿を見て、探偵役に起用をしたいと思う作品も多いだろう。
「だって、悠希。言ってただろう?」
「なにを?」
「『犯人は貴方です』って一度は言ってみたいって」
それだけの為に、こんな事件を起こしたのかと怒りを通り越して悠希は呆れてしまう。
今なら言えるよ? と暉は悠希を誘う。このような機会がなければ、今後、あの台詞を言うことはないかもしれない。悠希は暉に人差し指を向けようとしてやめた。
「自分で役を掴まないと意味がないから」
「そっか」
悠希の言葉に彼は嬉しそうに笑う。暉は悠希に背を向けると、ヒラヒラと後ろ手に手を振る。
「『負けたよ、探偵さん』なんてね。じゃあね、今度こそ、5分で解決してくるよ」
発売日に少年誌を買った悠希は漫画を見て、微笑んだ。
『犯人は貴方だ!』
人差し指のジレンマ 桜雪 @sayuki_f
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