第27話 好きですよーだ・・・




「あれ、拓斗くんもう行っちゃったのか……」




 学校が終わってすぐ。

 杏は拓斗の教室に来ていた。

 いつもは杏のクラスの方が先にホームルームが終わるのに、今日はなぜか長かった。


 もしも拓斗がサッカー部に顔を出すことを躊躇っているのなら「いってらっしゃい」と背中を押してあげよう、そんなこと考えていたのに。




「余計なお世話だったか」




 まあ、お節介焼きは自分の性格なので仕方ない。

 はあ、と大きくため息をつく杏は帰ろうとした。




「ねえ、常磐さん」

「ん?」




 ふと、声をかけられた。

 相手は拓斗のクラスメイトで、派手な見た目をしている女子三人。

 今まで彼女たちと話したことはないが、見たことはある。杏はこの三人が好きではなかった。

 



「なに?」

「あのさ、白石くんってサッカー部に復帰すんの?」

「……さあ、どうかな。私にはわからないけど」




 サッカー部に復帰するかどうかは拓斗が決めること。もちろん彼が今日、サッカー部に顔を出すことは本人から聞いていた。

 それを杏は知っている。ただ彼女たちに教える気はない。というよりも教えたくはなかった。




「ほんと? あたしらに隠してない?」

「隠すって?」

「だってサッカー部の連中が噂してたんだよね。白石くんがサッカー部の方に行ったって。常磐さんと彼って最近は仲良さげだし、何か知ってんじゃないの?」

「そうそう、教えてよ。あたしら白石くんのファン仲間じゃん!」




 取り巻きらしき女子の言葉が癇に障った杏は、あくまで苛立ちは顔に出さず答える。




「別に、ファンじゃないけど……」

「ええ、嘘だあ! だって常磐さん、サッカー部の練習も試合だって見に来てたじゃん。あれってやっぱ、白石くん目当てだったんでしょ?」




 他の生徒たちは嫌な雰囲気を感じたのか、さっさと教室を離れていった。




「別にそういうわけじゃ」

「で、怪我してサッカー選手としては終わり。そうなって人気が無くなったところを独り占めして……常磐さんって、意外と頭いいんだねえ?」




 意外と。

 というのは杏の見た目の派手な部分を言っているのだとすぐにわかった。




「……それで、あなたたちは拓斗くんがサッカー部に復帰するかもって噂を聞きつけて、また応援しようって魂胆なの?」

「まあそうなるかな。だって彼、怪我する前はプロ入り確定だったんでしょ? だったら、ねえ……」

「そうそう、もうサッカーできないとか騒がれてたけど、こんなにすぐ復帰するなら、またプロなれるってことじゃん。だったらまた応援して、あわよくば付き合いたいなあって」

「無口で愛想ないけど、顔はいいしねえ」




 女子三人は杏の目の前で勝手に盛り上がり始めた。

 拓斗が怪我を負った日からどんな気持ちでいたのかも、サッカー部に顔を出すと決めるまでどんなに苦しんだのかも知らずに。

 それに彼女たちは知らないのだろう。

 拓斗が完治するまでどれだけ時間がかかるのか、そしてそう簡単にプロになれるわけがないということを。


 それを説明すれば、彼女たちはまた拓斗に近づかないでくれるかもしれない。

 彼が怪我した日から別のサッカー部の生徒にちょっかいを出していた彼女たちなら。


 だけど、




「だったら本人に聞けば。私は知らないから」




 それを嫌な奴らに説明してあげるほど、杏は誰に対してもお人好しなわけじゃない。

 どうせ真剣に彼のサッカーを応援したことなんてない彼女たちには、特にだ。




「そう言わないで、ねっ……あっ、もし二人が付き合ってるとかならさ、白石くんは常磐さんに譲るから、その友達を紹介してくれないかな?」

「そうそう、彼サッカー選手としては有名でしょ? だから今後プロになりそうな男の子とか──」

「──そういうの無理だから。じゃ」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」




 杏は彼女たちを無視して帰ろうとする。




「どうせあんたも同じ考えのくせに、なに澄ました顔してあたしらのこと見下してんのよ!」

「そうだそうだ! みんなあんたのこと、姑息な女って言ってたからね!」




 何か言い返してやりたかったが、杏は声を聞くのが嫌で走り去った。




「他人から見たら、私もあの子たちと同じ感じに見えるのかな……」




 帰り道、夕焼け空の下。

 杏は俯きながら家に向かって歩く。

 拓斗が怪我してから何度も彼の教室へ遊びに行ったし、学校終わりに待ち伏せして一緒に帰ろうとしたこともあった。

 そんな杏の姿は、第三者から見たら彼女たちと同じように映ったのかもしれない。別にそういう下心はない。


 それでも、彼への気持ちはある。




「……好きですよ。好きですよーだ。当たり前じゃん、そんなの」




 空高くに吐き出して消えて無くなるように、小さな声でポツリポツリと言葉を漏らす。


 そして拓斗を初めて見た、二年前のことを思い出す。

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