第28話 大嫌い


 ──常磐杏の白石拓斗への第一印象は”大嫌い”だった。



 高校に入学したばかりの杏は相当な捻くれた性格をしていた。

 女子にとって大切な誰かとつるんで行動することを嫌い、男子とも話すこともあまりなく、周りが好きだとかカッコイイだとか言う異性を意味もなく嫌っていた。


 俗に言う”逆張り”タイプだった。

 そんな面倒くさい性格の杏にも、二人だけだが友達と呼べる子がいた。




「一生のお願い! サッカー部の見学に付いて来て!」

「……やだ」




 彼女らはサッカー部にお目当ての男子がいるらしく、何度も練習を見学しに行こうと誘われていた。




「そこをなんとか、杏様!」

「別にサッカーとか興味ないもん。それに放課後はうちのお店の手伝いしないとだし」

「一回だけ! 一回だけでいいからお願い!」

「だから」

「もし来てくれたら、未泊堂のジャンボメリーゴーランドパフェ奢る!」

「え、ほんと……? あれ、なまら高いやつだよね?」

「ほんとほんと! だから、この通り!」

「お願いします!」

「……したっけ、一回だけなら」




 頷いた杏に二人は大喜びをする。

 どうしてそこまで自分を誘いたかったのか、その当時はわからなかったが、何か言えない理由があるのだということだけはわかった。

 それでもパフェの誘惑に負けた。




「というより、これから見に行くのってただの練習だよね? サッカーの練習なんて見に行って楽しいの?」

「楽しい楽しくないじゃないの、何度も通って私たちの顔を覚えてもらうの!」

「……誰に?」

「「彰くん!」」




 なんだそのジャニーズのおっかけかホストクラブみたいな制度。

 冗談だろう、と最初は思った。けれどサッカー部の練習場に到着すると目を疑った。




「うわ、なにこれ……」




 人工芝のグラウンドを囲う、高さ3メートルほどの網状のフェンス。そのフェンスの前にはびっしりと横一列に並ぶ見学者がいた。

 そのほとんどが女子で、学年別に分けられたリボンの色からも三学年それぞれいるのがわかった。




「もうこんなに見学者がいる。ほら杏、場所取り行くよ!」

「え、うん……」




 気乗りしないが杏は二人に付いて行き、グラウンドの手前側でなく奥側へと向かっ。




「良かった、こっちは空いてた」




 彼女の言うように、大勢の女の子で溢れ返ったスペースもあったが、がらりと空いているスペースもあった。




「なんで向こうはなまら人いたのに、ここは少ないの?」

「ふっふっふーん、それはね、こっちのスペースは一年生用なのさ」

「一年生用?」

「正確に言うなら一年生”を”応援する場所かな」

「そうそう、さっき大勢いたのが三年生を応援するスペースで、向こうは二年生を応援するスペース。で、ここが一年生を応援するスペースなの」




 説明を受けただけではよくわからないが、どうやら芝生にタオルやらスポドリが置かれているのが目印になっているようだ。




「学年ごとに置き場所が決まってて、休憩になったらそこに置いてあるタオルとかスポドリを取りに来るの」

「そのときに声をかけるの!」

「は、はあ……」




 おそらく相容れない世界だと、杏は理解した。

 



「というより、なんでうちのサッカー部ってそんな人気あるの?」

「なんでって、うーん、まあ色々と理由はあるけど、大山高校サッカー部って北海道の中でもめちゃくちゃ実力が高いんだよね。で、卒業生の中にはプロになって活躍する選手もたくさんいるの」

「そんな将来のスター選手とお近づきになれる可能性がここにはある、というわけだよ杏くん」

「はあ……要するに、ここにいる女子たちはみんな玉の輿狙いってことなんだ」

「ま、まあ、飾らない言葉で言ったらそうなるかな? で、三年生になると何人かはこの時期でもうプロ契約が決まってるっぽくてさ」

「なので、三年生のスペースだけあんなに人がいっぱいいるというわけ。プロ選手とお近づきになる為に」

「なるほど」




 そういう思考に至る理由はわからないが、どうして三年生のスペースが混んでいて、一年生のスペースが空いているのか、その理由はわかった。




「まあ、これはファンの中での暗黙の了解ってやつかな。でも向こうの方みたいに、そういうの興味なく純粋に応援したい人も結構いるんだよね」




 友達が指差したスペースの前にはスポドリもタオルもない、それでもまばらだが練習を眺めている女子の姿があった。




「私、あっちで見たい……なんか一緒にされたくないもん」

「ダメダメ! 今日の杏はこっち!」

「そうそう、パフェの代金分ぐらいは働いてもらわないと!」

「え、ちょ、働くって何を!?」




 背中を押すようにして、急に二人が杏の後ろに隠れる。

 どうやらサッカー部の生徒たちは休憩に入ったらしく、こちらへと一年生たちが近づいてきた。




「ラーメン屋で鍛えたその声量で、なんとか……なんとか、彼の名前を呼んでいただきたい!」

「はあ!? 名前を呼ぶって、私が!?」

「その為の杏なの! パフェの料金代、ちゃんと働いて!」

「いや、ちょ、ムリなんだけど……ッ!」




 部員たちがスポドリを飲んだり、タオルで汗を拭く。

 一年生目当ての他の子たちはそれぞれ声をかけ、何か話をしているようだった。




「杏、早く!」

「じゃないと取られちゃう!」

「だから誰を……」




 二人の目当ての部員は誰だって言っていたのか、すっかり忘れてしまった。

 呼ぶ相手を二人に聞いても、慌てているのか名前を教えてくれない。


 どうすべきか悩んでいた杏だったが、不意にとある男の名前が浮かんだ。




「──白石拓斗!」




 サッカー部の一年の中で一番有名だと噂を聞いたことがあった。だから彼の名前を呼んだ。

 とりあえず名前を呼べば後は二人がなんとかしてくれるだろう。そう思ったのに、後ろに隠れた二人は更に杏の後ろに隠れて「違う、名前違う!」と言うだけだった。


 人違いだと気づいたときには既に、名前を呼んだ杏と名前を呼ばれた拓斗は目を合わせていた。




「拓斗、君の知り合いかい?」

「えっと、その……私は」

「……知らね。それより彰、さっきのパスもう少しスピード上げてもいいぞ」 




 二人の目が合っていたのは、たった三秒に満たない時間だった。

 その澄ました態度が気に食わなくて、杏は息を大きく吸い込み、拓斗を指差しながら吐き出す。




「──このダメ男! ろくなホストにならないぞ!?」




 その瞬間、周囲がシーンと静まった。

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