第22話 このこの
「そういえば、いつからあの店ってやってたんだ?」
「えっと確か、私が生まれたときにパパが修業してたラーメン屋から独立して、ママと二人で今の琴杏ラーメンを始めたんだって」
学校へ向かう途中。
普段よりも早い時間の登校だからか少し人通りが多い。
「ずっと二人で? バイトとかは?」
「雇ってないよ。まあその代わり、私が中学に入ってからは手伝わされてたけど」
「今日みたいに朝だけか?」
「ううん。朝は毎日で、平日とか土日も忙しいときは手伝わされてたかな。バイトを雇わず娘を働かせる……ママ、普段はニコニコしてるけど、本当は鬼だから。拓斗くんも気を付けた方がいいよ」
「あ、ああ、わかった」
杏は大きくため息をつく。
どうやら常磐家を牛耳っているのは母親のようだ。もちろん予想はしていたが、彼女と接するときは注意しようと拓斗は心に決めた。
「ってか、ずっとバイト雇ってこなかったのに今回は俺を雇ってくれたのか。両親に無理させたんじゃないのか?」
「別に無理させてないよ。むしろ意地っ張りには良かったんじゃない?」
「意地っ張り? 誰が?」
「パパだよ。お店を始めたときにさ、なんか”家族で頑張る”みたいなコンセプトで営業を始めたんだって。で、意地なのかわからないけどずっとママと二人で続けて、挙句の果てには私まで巻き込んで。だから拓斗くんが来てくれて楽になってラッキーだったよ」
「なるほど、家族で頑張るか……」
「お店自体そんなに大きくないからできなくもないんだけどね。パパの料理は速くて美味しいし、ママはホールにいれば百人力だし」
「確かに二人とも凄かったな」
「だから二人でも、私含めて三人でも今まで問題なかったの。だけどさ、私も高三だし。これからも手伝えるわけじゃないでしょ?」
高校を卒業すれば進学か就職かする。そうなれば杏が手伝えなくなる、ということだろう。
「だから意地っ張りな両親には、今回バイトとして拓斗くんを雇うのはいい機会になったかなって」
「でもさ、二人でもこれまでやってこれたんだろ? だったらそこまで気にすることでもないんじゃないのか?」
お店の営業のことなんて素人の拓斗にはわからない。ただ今日の仕事っぷりを見ていて、二人でも十分余裕だと感じた。
だから杏がいなくても二人だけで問題はないのではないのか、そう思った。
「まあ、そうなんだけどね。だけどパパもママも若くないから」
笑いながら杏は言った。
「それにまだまだ長い人生、これから何が起きるかわからないでしょ? ママが病気になるかもしれないし、パパがいきなり怪我するかもしれない。そうなったとき、人を雇って楽をする選択があれば私も安心だなって」
怪我、か。
はたしてそれは、誰を見てそう思ったのだろうか。
そして少しだけ寂しそうな顔をしているようにも見えた。
だから、
「何が」
拓斗は杏の頭上にチョップをかます。
「人生だ」
「イタッ!」
「ガキンチョが人生を語るな」
「痛ったあ……もう、拓斗くんだってガキじゃん! この!」
「イテッ! おい、叩くな!」
「うるさい、拓斗くんが先に叩いたんでしょ! このこの!」
「俺は一回だけだろ」
「女の子に一回叩いたら百回叩かれると思えってママが言ってた!」
「お前の母さん何教えてんだよ」
「うるさい、この!」
ぽんぽんと拓斗の背中を叩く杏。
痛くはないが、彼女がまた笑ったから良かった。
背中を叩かれながら歩き続ける拓斗。
だけどふと、同じ学校の生徒がこちらを見て何か話しているのが聞こえた。
「……ねえねえ、あれって」
「あの二人って、もしかして付き合ってるのかな?」
拓斗は陰で誰かに何か言われることに慣れていたので気にもしなかったが、杏は恥ずかしそうに顔を赤くさせ拓斗を叩くのを止め離れた。
「とにかく、パパとママを楽させるためにも、拓斗くんにはこれから馬車馬のように働いてもらうからね」
「馬車馬って……まあ、わかっているよ。賄いまでご馳走になったからな」
「そうだよ、賄い分はしっかり働いてもらわないと困るよ!」
「なんでお前がそんな偉そうなんだよ」
「ふん、なんでもだよ!」
学校の玄関に到着して靴を履き替える。
朝早くから働いたからか、いつも通りの学校なのに、どこか一日の景色が少しだけ違うように感じた。
「それじゃ、拓斗くんまたね!」
「ああ」
それぞれのクラスの前に到着すると、杏はパタパタと手を振って自分の教室へと向かった。
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