第21話 パパ
「えっ、朝ご飯ですか……?」
「他に何があるっていうんだ。ほら、さっさと運ぶの手伝え」
拓斗は慌てて立ち上がり厨房へ。
そこには既に四人分の朝ごはんが用意されていた。
「はい、ママはこれ持って行って。あっ、拓斗くんはこれ運んで」
「あ、ああ」
杏にお皿を手渡され、菜琴に付いて行くようにテーブル席へ運ぶ。
先程まで何度も見てきたラーメンとかではなく、一般的な家庭で出てくる朝ご飯。
その見た目は料理屋の定食のように種類が豊富で、ここ数日の拓斗が一人で食べてきた朝ご飯とは比べものにならないぐらい美味しそうだった。
「俺も食べていいのか?」
「ん、そだよ。あれ、ママ、拓斗くんに
「あれ、言ってなかったかな? ふふふ、サプライズよ、サプライズ」
「なんだ、サプライズかあ! だってさ拓斗くん、びっくりした?」
あはは、と不思議な空間を作り二人が笑う。
全員が席につくと「いただきます」をして食事にする。
「どう、パパの朝ご飯、美味しい?」
「え、ああ、美味しいよ」
「ふんっ、当たり前だ! ほら、もっと食え」
「はい、ありがとうございます」
「あなた、白石くんがいるからっていつも以上に作りすぎじゃない?」
「そ、そうか? まあ、これぐらいなら食えんだろ、なあ?」
恭史郎に「これも食えこれも食え」と言われ、菜琴には「無理しないでね?」と心配され、杏には「拓斗くん、こう見えて大食いだから大丈夫だよ!」と謎の自慢をされる。
拓斗はただただ出された料理を口にする。
料理は美味しい。当然だ。店長である父親が作ってくれたんだから。ただそれ以上にこうして四人で食事をするのが久しぶりで、なぜだか少し温かく感じた。
♦
「ごめん拓斗くん、ちょっと待ってて!」
「ああ」
食事を終え、学校の制服に着替え、杏の家の前で彼女を待つ。
一緒に学校に行こうと誘われた拓斗。今まで一人で登校していたから不思議な感じだが、別に拒む理由はない。
「おい」
すると、ふと恭史郎に呼ばれた。
相変わらず妻と娘以外には仏頂面で愛想はなく、少し口調も強いが、こういう人なのだと思えば自然と慣れた。
それに口調とかはあれだが、決して悪い人ではなく、むしろ意外と優しい。
「飯、美味かったか?」
「はい、美味しかったです。ありがとうございます!」
「別に気にすんな。まあ、明日からもバイト終わりは食わせてやるよ」
「いいんですか……?」
たった二時間のバイトだ。
時給とは別に
そう思っていると、恭史郎はタバコに火を付け、煙を空に吐く。
「ふん、お前が思っている以上にウチは儲かっているからな。一人分の朝飯が増えたぐらいじゃ店は潰れたりしねえよ」
「そう、ですか……」
「そうなんだよ。ったく、ガキが余計なこと気にすんなっての。お前みたいな甘えられる歳ならもっと周りに甘えろ。どうせ、今まで大して甘えてこなかったんだろ?」
恭史郎の言葉に、拓斗は苦笑いを浮かべる。
今までの人生、恭史郎の言うように誰かに甘えた経験は少ない。それはもちろん周りの者に対しても、両親に対してでもある。
なので杏だけでなく常磐家の優しさは嬉しい反面、自分がどうしたらいいのかわからない気持ちがあった。
そんな拓斗の考えを見抜いているかのように、恭史郎は店内に視線を向け、誰にも聞こえないよう小さな声で話す。
「……勘違いすんな、これは俺の為でもあんだよ」
「どういうことですか?」
「まあ、あれだ……お前に厳しくすると、杏と菜琴が怒んだよ。チッ、俺の嫁と娘を上手く味方につけやがって……」
「俺は何もしてないんですけど」
「お前が何もしてなくても──」
「──パパ?」
不意に扉が開き、杏の声がした。
首を傾げ、無表情で、瞳のハイライトが消えた彼女は拓斗にとっても少しだけ怖かった。
「二人でコソコソと、何話してんの?」
「ん、ああ、えっと、これはだな」
明らかに動揺する恭史郎は、慌てて拓斗に視線を向ける。
「ほら、こいつに仕事のこと教えてやってたんだ。な、なあ?」
「え、はあ、そうですね」
「ほらな?」
「なんだ、そうだったんだね。……てっきり、パパがまた拓斗くんを虐めてるのかと思ったよ!」
「またって、またって……パパ、今までそんなことしたことないだろ? ハハ、ハハハ」
「前科があるの、忘れた?」
うっ、と胸を抑える恭史郎。
おそらく面接のときのことを言っているのだろうと、今の拓斗なら理解できた。
すると、タバコの火を消し恭史郎が家の中へ逃げようとした。
「パパはほら、杏に怒られてから心を入れ替えたんだ!」
「ふーん、そっか」
「そうさ。パパ、杏に嘘付かない!」
「うん、信じてるよ。でももし嘘だったら……」
「えっと、じゃ、じゃあほら、そろそろ時間だから、二人ともいってらっしゃい! 学校頑張ってな! あは、あはは!」
大男が不気味な笑い方をしながら二人を見送る。
あれは父親が必ず通る道なのだろうか。不憫だなと拓斗は思いながらも、いつかはあんな風に自分もなるのかなと思い、大きくため息をついた。
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