第17話 面接
「杏は今までバイトとかしたことあんのか?」
「ん、私?」
証明写真を撮り終え、スーパーで買い物をしていた拓斗と杏。
杏が前を歩き、拓斗がカゴの乗ったカートを押す。最近となってはよくある二人の姿だ。
「あるよ」
「どういう系?」
「飲食店だね。だから拓斗くんの先輩になるのかな」
「何が先輩だ」
杏が必要な物や安い物なんかをカゴに入れ、拓斗は黙ってカートを押しながらカゴの中を眺める。
「だってそうだもん。面接だって経験したことあるしね」
「はあ……」
「だからなんでも聞いてよ!」
「じゃあ、面接ってどんなこと聞かれたんだ?」
「え、どんなことって……」
なんでも聞いてといいながら質問すると、少し目を泳がせる杏。
「ま、まずはほら、あれかな。どうしてこのバイトを選びましたか?とか」
「あー、よく聞かれそうな質問だな」
「はい、拓斗くん。あなたはどうして
謎にマイクを当てられて、拓斗は少し考え、
「……えーっと、御社のラーメンが好きだから……とか?」
「あれれ、家に来たことありましたっけ?」
「……たぶん?」
「ぷぷっ、嘘つき。しかも固すぎ、バイトの面接なんだからそこまでしなくていいのに」
「じゃあなんて答えるのが正解なんだよ?」
「それは帰ってから勉強しましょうねえ」
杏は答えることなく、食材選びに集中した。
拓斗がバイトの面接を受けるお店は『
今までお店に行ったことはなかった拓斗。杏に聞くと「すっごく美味しいよ! 特に味噌ラーメンがオススメでね──」と、凄い熱量で語ってくれた。
そして面接の電話をすると、同じバイトの人だろうか、若い声の女性が電話を出た。
バイトの面接をしたいと伝えると、女性は『はい、話は聞いていますよ』と、なぜかその場で面接の日時を伝えられた。
もしかして電話の相手が店主だったのか?
そんな風に考えたが、杏に聞くと『お店は夫婦でやってるから、たぶん電話に出たのはマ──奥さんが電話に出たんじゃないかな?』と言っていた。
ということは、若い声だったけど電話の相手は奥さんなのだろう。
拓斗は言われた面接日時に向け、履歴書を書き、杏との面接練習をした。
♦
「……ここか」
面接当日。
指定された日時は水曜日の16時だった。
学校が終わると制服のまま真っ直ぐ向かう。
この時間を指定された理由は、16時から17時まではお店自体が準備中だかららしい。
この間に従業員は休憩するのだとか。
なので拓斗の他に客はいないだろう。
店主と二人、もしくはその奥さんと三人。
そう考えると少しだけ緊張してきた。
「行くか」
ただこれぐらいの緊張感のある場面、今まで何度も経験してきた。
拓斗は一度だけ息を吐き、琴杏ラーメンの暖簾をくぐった。
予想通り店内には客の姿はなく、BGMのみと静かだった。
「すみません!」
テーブル席とカウンター席の奥から、水を流す音が聞こえた。
だから拓斗は大きな声を出し呼んだ。すると、
「あら、もしかして面接予定の……白石拓斗くん?」
「はい、そうです!」
水を流す音はまだ止まっていない、おそらくそこにまだ誰かいるのだろう。だが店の奥から、エプロンを付けた女性がこちらへと歩いてきた。
杏の言った通りならお店を営む夫婦の奥さんだろう。
見た目で考えると、年齢はおそらく二十代後半か三十代前半といったところだろう、若い女性だと感じた。
「いらっしゃい、こちらへどうぞ」
優しそうな細い目付きの奥さんは、何度か頷くとテーブル席に案内してくれた。
「もう少ししたら夫が来ると思うので、このまま待っていてね」
お水を出され、拓斗は「ありがとうございます」とお辞儀をする。
そしてまた笑われた。というよりも細目なのでデフォルトが笑顔のような女性なのだろう。
バッグから履歴書を取り出す準備していると、店の奥から夫婦の声が聞こえた。
「……あなた、いい加減に諦めて出てきてください」
「う、うるせえ! こ、こんな、こんなのって……くうッ!」
「もう、別に今すぐ娘さんをくださいって言いに来たんじゃないんですから」
「娘を!? や、やらんぞ、絶対に──」
「あ・な・た!? これ以上駄々をこねるなら……」
「ひぐうぅ!?」
はっきりとは拓斗には聞こえないが、二人が何か言い合いのような会話をしているのが聞こえてくる。
少し経って先程の笑顔の奥さんと──スキンヘッドにガタイのいい旦那さんであろう男性が、何故かしょんぼりとした雰囲気でやってきた。
「お待たせしました。こちらが店主の……
「えっと、白石拓斗です。今日はよろしくお願いします」
拓斗は勢いよく頭を下げた。
なぜ夫婦揃って下の名前で自己紹介するのかわからない。これが普通なのか、自分が知らないだけなのか、拓斗は頭の中でいくつかの疑問を浮かべる。
だがこのまま下げたままでは進まない。
拓斗が頭を上げると、正面に夫婦揃って座る光景に唖然とした。バイトの面接って一対一ではないのか。
「俺は……」
店主であろう旦那さんが、野太い声、しかも絞り出すような苦しそうな声を発した。そして拓斗を、鋭い眼光で睨み付けた。
「俺は、認めないッ!」
「え……?」
「……あなた」
その瞬間、店内は一瞬にしてカオスな空間へと変化した。
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