第11話 ロープウェイ
「とうちゃーっく!」
駅を出てすぐ、ぴょんと大きく飛び跳ねる杏。
一時間ほど列車に揺られた二人はようやく登別に到着した。
「まだ目的地には到着してないけどな」
「もう、せっかく到着した気分を味わいたかったのに。見てよこの景色、感動的じゃない?」
「はいはい、ここからバスで移動するんだったか」
「もう!」
まだ登別の駅に着いたばかりだ。
ここからバスに乗り、クマ牧場へと移動する。
パンフレットを見るかぎり、自然を感じるのは目的地に到着してからの方がいいだろう。
そしてバスに揺られること十五分ほど。
「今度こそ、とうちゃーっく!」
本日二度目の到着。
とはいってもここもまだクマ牧場ではなく、クマ牧場へと向かうロープウェイ乗り場に着いたのだが。
さすがに二回目は止めておこう。
「ここからロープウェイでいいんだったよな?」
「うんそうだよ」
「それじゃあ行くか」
日曜ということもあって、バスには家族連れや学生といったお客さんの姿があった。
簡単にロープウェイ乗り場の写真を撮ると、真っ直ぐロープウェイ乗り場へと向かっていた。
「ちょいちょい、待って」
拓斗も他のお客さんと同じくロープウェイ乗り場へ向かおうとしたが、杏に止められた。
「写真、撮っておこうよ」
「ああ、そうだな。じゃあここで待ってるから」
「違う違う、一緒にってこと」
「……まだロープウェイ乗り場に着いただけだぞ?」
「それでもなの! せっかく来たんだからさ──あの、すみません! 写真お願いしてもいいですか?」
近くにいた夫婦に声をかけると、杏は持っていたスマホを渡す。
照れくさそうにする拓斗だが、こっち来てと杏に腕を引っ張られ、二人はでかでかとした『クマ牧場 ロープウェイ駅』と書かれた建物の前に立つ。
「はい、それじゃあ撮りますよ~!」
「お願いします!」
ここで写真撮影してるのなんて二人しかいない。
なにせここはただのロープウェイ乗り場であって、写真を撮るのならこの先にあるクマ牧場に着いてからが普通だから当然だ。
だから周りの人たちに見られ、拓斗は引きつった表情を浮かべる。
「彼氏さん、もっと笑って笑って!」
「……恥ずかしい」
「いいからいいから、ほら拓斗くんも笑って……くすくす」
心の中で『彼氏じゃないんだが』とぼやく。そんな拓斗を見て、隣に立って腕を組む杏は上機嫌だ。
大きくため息をつき、拓斗は渋々、作った笑顔を浮かべてピースする。
「ありがとうございました!」
「いえいえ」
拓斗も小さく感謝を伝えると、夫婦は微笑ましそうに二人を見つめロープウェイ乗り場へと向かった。
「拓斗くん、変な顔!」
「うるさい。みんなこっち見てくるんだ……ああ、恥ずかしかった」
「ぷぷぷっ。したっけ、いい写真も撮れたことだし行こっか」
二人はロープウェイ乗り場へと向かった。
間隔を空けて回ってくるゴンドラ。一台で六人ほど乗れる大きさで、全て赤色なのが特徴的だ。
ゴンドラに乗ると、先程の写真を撮ってくれた夫婦と一緒になった。
互いに会釈するとゴンドラが揺れ、ゆっくりと上空へと進んでいく。
「うわあ、綺麗……」
少しずつ地上から離れ上空へ。
窓の先に広がる景色を見て、杏の瞳が輝くのが見てわかった。
そんな彼女の表情を見て、拓斗も小さく頷き窓の外を見る。
「晴れて良かったな」
「うん。ねえねえ、向こうに見えるのって太平洋?」
「たぶんそうだな……パンフレットでも、太平洋を一望できるって書いてあった」
一面に広がる木々の緑色の景色の奥に、青々とした広大な世界が見える。
太陽の光が水面に反射して、細かな宝石がキラキラと輝いているようだった。
「二人とも、ここに来るのは初めて?」
ふと、先程の写真を撮ってくれた女性に声をかけられた。
「はい、そうなんです」
「そう。今の時期は緑一面の景色だけど、秋になれば綺麗な紅葉が見られるわよ」
「そうなんですか? いいなあ、見たいな」
「ふふっ、また秋になったらお二人で遊びにいらっしゃい」
「はい、是非!」
杏と奥さんが楽し気に話し、拓斗と旦那さんが少し離れた位置でその様子を伺う。
それから七分ほど、自然豊かな景色を眺めながら空の旅が続く。
「ふうー、着いた!」
終着点でゴンドラを降りた二人。
クマ牧場というこの施設が山の頂上にあるということもあって、地上よりも空気が綺麗に感じる。
もちろんはっきりとはわからないが、そんな気分から二人揃って大きく伸びをする。
「それじゃあ、ここ立って」
どうやらまた写真を撮るらしい。
「さっき撮らなかったか?」
「さっきのはロープウェイ乗り場での記念。今度はクマ牧場に来た記念なの」
「どう考えてもさっきのいらなかっただろ……」
「はいはい、文句言わない。今日はいっぱい写真を撮る為に、これを買ってきたのだ」
杏はバックから自撮り棒を取り出すと、スマホを装着する。
「それ持っていたなら、さっきわざわざあの夫婦に撮ってもらう必要なかっただろ……」
「いいからいいから。ほらこっち来て」
拓斗の腕を引き、スマホのカメラを調整する杏。
「はい、撮るからね。はいチーズ!」
ムスッとしたままの拓斗だったが、勝手に撮られてしまった。
出来上がりを見て「うん、この表情もいいね」と杏は上機嫌だったが「でも笑った写真をもう一枚」とぶつぶつ言い始めた。
「ほら、撮ったならさっさと行くぞ」
「あっ、待ってよ!」
このまま付き合っていたらまた人目を集めそうだったので、拓斗は彼女を無視して施設内へと歩き出した。
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