第12話 クマとカラス
動物園に入ったらすぐ目につくのが『ライオンのコーナー』だとか『ゾウのコーナー』といった、様々な動物の名前の載った園内地図だ。
その動物園に来た目的の動物がいる場所へ客たちは目指す。
だが、ここはクマ牧場だ。
「凄い……クマしかいない」
「当たり前だけど、まあ……凄いな」
地図のどこを見ても『クマ』の文字しかない。
というより、入ってすぐにもう本物のクマが出迎えてくれた。
「迫力!」
クマのもとへ杏が駆け寄る。
想像以上の大きさと迫力があって、可愛いというよりもカッコイイという言葉が先に出る。
そして杏は「迫力!」と言ったまま、二頭のクマを見つめていた。
おそらくはじゃれあっているのだろうが、取っ組み合いの喧嘩をしていた二頭のクマの迫力は確かに凄まじい。
「拓斗くん、凄いよ。あんな凄い迫力のクマさんがすぐ目の前に」
ビビっているというよりは憧れのような、そんな雰囲気だ。
黙ったまま二頭のクマを見つめる杏。そしてクマも杏のことに気づいたのか、こちらをジッと見つめていた。
「写真、一緒に撮ってやるか?」
「うん、撮って」
パシャリ。
座り込んだ二頭のクマの間に入るように調整して写真を撮ると、二人はこの場を後にした。
そして少し歩いた先にあったのは、
「ねえねえ、リスの
先程のクマの迫力に興奮気味だった杏だが、リスの文字を見て和らぐ。
中に入ると、そこにいたのはエゾリスたちだった。
「うわあ、
「確かに可愛いな」
先程のクマを見た後だからだろうか、黒色の毛並みをしたリスたちの小さな姿は拓斗から見ても可愛いと声が漏れ出る。
エゾリスは二人が見ているのに気づいたのか、トコトコと歩きこちらに寄ってくる。
「茶々も、これぐらい懐いてくれたらなあ……」
「それを聞いたら、もっと嫌われるぞ?」
「だって茶々、最近はちゅーるあげた時ぐらいしか抱かせてくれないんだもん。撫でるのも、機嫌が良くないとすぐ怒るし」
「会う度に捕まえたり顔を埋めたりするからだろ」
クリッとした瞳で見つめるエゾリスは、茶々にはない愛嬌があった。まあ、主に杏に見せていないだけで、一緒に暮らす拓斗には寝ようとしたら布団の中に入ってくるといった可愛さを見せるのだが。
二人はエゾリスを眺めながら出口へと向かった。
「私って動物園とか来ると見るペース早いってパパとママに言われるんだけど、まだ見てたかったら言ってね?」
「いや、俺もそこまでゆっくり見るタイプじゃないから問題ない」
「そっか、良かった。ああっ!」
次に二人が見つけたのはクマのエサが入った自動販売機だった。
「こんなのも売ってるんだ」
「だな。買って行くか?」
「もちろん!」
クマのエサを買って二人は移動する。
そして向かった先はオスのクマがいるエリアだった。
上から見下ろす式で、六頭ほどのクマが遊具で遊んだりくつろいだりしているのを眺められる。
そして他の客たちもエサを持って、近くに寄ってきたクマにエサやりをしていた。
「これ、CMで見たやつだよね」
客がエサを持っているのを見るなり、クマは座り、おねだりポーズを始める。
ポーズや仕草は愛らしさがあるが、見た目の迫力もあってか、なかなか可愛いという言葉が出てこない。
「拓斗くん、エサ投げてみて!」
「ん、ああ」
袋からエサを取り出すと、一頭のクマが拓斗を見つめる。
「おねだりしているが……なんか、あげないと喰われそうな圧だな」
「だね。ああいうのがかっこかわいいなんだよ」
拓斗は頷き、クマ目掛けてエサを放り投げる。
すると一頭のクマが食べ始め、周りのクマたちも集まってきた。
「「おお!」」
その瞬間、二人から声が漏れ出た。
「凄い凄い! ねえ、次あげていい?」
「ああ、ほら」
袋を渡すと、今度は杏がエサやりを。
またエサが貰えると思ったのか、数頭のクマが杏を見つめ、おねだりポーズを始めた。
「拓斗くん、いい感じに撮って!」
杏からスマホを渡され、拓斗はムービーの撮影を始める。
準備ができたので頷くと、「よーし、ほれ!」と、杏はクマ目掛けてエサを放り投げる。
だが、
『カアーッ!』
「え!?」
横から勢いよく飛んできたカラスが、杏の放り投げたエサを横取りしていった。
「こら、盗むなカーくん!」
なんて奇跡的な瞬間だろうか。
声を我慢して笑う拓斗。スマホを持っている手が震え、画面に映った杏は顔を真っ赤にさせながらこちらに近寄ってくる。
「ちょっと拓斗くん、変なとこ撮らないでよ!」
「撮れって杏が言ったんだろ? ほら、いい感じに撮れたぞ。カラスへのエサやり動画」
「そんな動画を撮る予定じゃなかったのに! もう一度、今度はいいの撮ってね!」
再び袋からエサを取り出した杏。
左右を警戒すると、近くの木の上でカラスが杏の持つエサを狙っていた。
「こら、カーくん! あっちいけ!」
『カーッ! カーッ!』
「ぐぬぬ……もう、仕方ないな。ほら、カーくんにもあげる」
なんだか好かれたみたいで、結局カラスにエサをやっている隙にクマへのエサやりをした。
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