第7話 段ボールの中
「ふんふんふーん!」
キッチンから響く杏の鼻歌をBGMに、拓斗はベッドに座り、猫じゃらしを手に遊んでいた。
段ボールの上で寝ている茶々も、このおもちゃを持つと遊んでもらえると思ってかいつも足下に寄ってくる。
猫じゃらしを左右に動かすと、シュッシュッ、と茶々は軽快に追いかける。
こうして何も考えずに茶々と遊ぶ時間は、今の拓斗の楽しみの一つだ。
「よし、できた!」
茶々と遊んでいると換気扇が止まった。
「ご飯持ってくから、そろそろ茶々と遊ぶの止めてねえ」
杏に言われ、猫じゃらしを段ボールの上に置く。
茶々は何か言いたげな表情で拓斗をジッと見つめるが、これ以上は遊んでもらえないと理解したらしい。
標的を変え、キッチンにいる杏のもとへトコトコと歩き出した。
『にゃあ、にゃあ!』
「ん、茶々もご飯食べたいの? ちょっと待ってね」
『にゃー!』
両手でお皿を持った杏を見て拓斗は立ち上がり手伝おうとするが、「拓斗くんは座ってて」と言われてしまった。
「はいはい、茶々にもご飯あげるからねえ。今日はなんと……じゃーん、ちゅーるを買ってきました!」
『にゃあああああ!?』
細い袋状に入ったネコのおやつの切り口を開けると、今まで聞いたことのないぐらい甲高い鳴き声を発する茶々。
トコトコと杏の後ろを追いかけていた茶々が、あのちゅーるを見た瞬間に血相を変えて駆け出した。
「ふっふっふー、さすがはちゅーる様。ほぉら、茶々……これが欲しい? んー、欲しいのかなあ?」
『にゃああああ! にゃにゃ、にゃあ、にゃああああああああああッ!』
「あっ、ちょ、タイツ引っ搔かないで! 破れちゃうから! ちょっともう、拓斗くん、茶々止めて!」
飛びつこうとする茶々。
足をばたつかせた杏に助けを求められ、拓斗は慌てて立ち上がる。
茶々を彼女から引き離すように両手で抱えるが、ちゅーるを欲して今も暴れ狂っていた。
「これは想像以上だね……皿にカリカリと一緒に入れてくるから、拓斗くんそのまま抑えといてね」
「ああ」
『ぐるるるぅ、にゃあああああッ!』
茶々が落ち着いたのは、ちゅーるの乗った皿を持った杏が戻ってきてからだった。
座った杏の隣に皿を置くと、茶々は物凄い勢いで食べ始めた。
「はあ、怖かった……したっけ、私たちも食べよっか」
「ああ、そうだな」
二人もテーブルに着く。
「「いただきます」」
料理中ひたすらいい匂いがしていたから、拓斗は言葉に出さなかったがずっとお腹が空いていた。
杏がこちらを見つめているのにも気付かず、拓斗はカレーを口に入れる。
「……美味しい」
「ほんと!?」
拓斗は頷き、もう一口、また一口と夢中でカレーを頬張る。
そんな素直な反応と感想が嬉しかったのか、杏は安堵した様子で笑顔を浮かべた。
「ママから
たまねぎはみじん切りにして、にんじんとかは形を意識してねえ。
と、杏の言葉も聞かず、拓斗は夢中で食べ続けた。
「もう、そんなにがっついて。拓斗くん、なんだかさっきの茶々みたい」
「え、ああ……ごめん、美味しかったから、つい」
「そう、それなら良かった。よし、私も食べようっと」
杏も自信作を口に入れる。
「うん、美味しい」
「杏って、料理とかできたんだな」
「何その意外って感じ。いつも家のお手伝いしてるもん」
完全に見た目からの偏見だが、杏も料理ができないタイプだと思っていた拓斗。だが実際に作られた料理の味だけじゃなく、手際までもが完璧だった。
一日二日の手伝いで身に付けることのできない、まるで小さい頃から親の手伝いをしていたようだった。
「そうそう拓斗くん、明日とかも食べれるように多めに作ったから。温めて食べてね」
「ああ、ありがとう」
「サラダも良かったらどうぞ。ドレッシングは何が好き?」
「これかな」
「ふーん、その味が好きなんだ。……覚えとこ」
数種類のドレッシングから好きなのを選ぶ。
それからも二人と一匹は、土曜のお昼ご飯を堪能した。
「「ごちそうさまでした」」
カレーを一度おかわりして、サラダも完食すると、二人はボーっとした時間を過ごしていた。
茶々もご馳走に満足したのか、定位置でぐっすりと眠っている。
「ところで拓斗くん」
「ん?」
「あの段ボールに入った荷物とかって、出さないの……?」
杏は少しだけ遠慮気味に拓斗へ聞く。
二人の視線が、茶々の寝床となっている段ボールに向く。
大きめのサイズの段ボールが二つ。
サッカー部の寮から運んできた荷物はたくさんあったが、衣服や日用品なんかはすぐに段ボールから出し整理した。
なので未だに整理していない段ボールの中にあるのは、拓斗が見たくないと思っている私物だけだ。
「あれは、まだいいかなって。今の俺には、使えないモノだしな」
「使えないモノ……?」
「サッカー部だった頃のユニフォームとかスパイクとか、まあ……そういう類だな」
「あ……ごめん」
「なんで謝るんだよ」
「いや、だってさ、まだ出さないってことは見たくない、というか……思い出したくないのかなって。変なこと聞いちゃったから」
少し重い空気がリビング中に広がる。
「別に、杏が気にすることじゃないって。今はあれだけど、気持ちの整理ができたらちゃんと段ボールから出すさ。今はこんな足だけど……大会の賞状とか、いっぱい貰ったんだぞ。知らないと思うけどさ」
笑いながら立ち上がると、拓斗は食器を手に取る。
急にそうしたのは、杏に気を使わせたくないという気持ちと、今の自分の情けない表情を見せたくないという気持ちからだろう。
食器を持つ前に、歩くのに必要な松葉杖を持たないといけないのに。
「拓斗くんはいいから座ってて」
「……すまない」
そんな拓斗を見て、杏は慌てて食器を持ってキッチンへ向かう。
「……よく知ってるよ」
「ん?」
杏が小さな声で何か言ったような気がしたが、拓斗の耳には届かなかった。
そして一人残された拓斗は、どこか悲しそうに窓の外を眺めていた。
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