第8話 天野さんと僕とアクシデント


「おっ。なかなか体つきが良くなってきたな」


僕は1人鏡に向かって今日もまた、天野さんのトレーニングの成果を確認する。


つい最近までは特に部活もしてこなかった上に、自分でトレーニングなんかしてもいなかった。


ところが天野さんに告白してから、てんやわんやで『1度身に付けた能力は意図的にしない限り失われない』とかいう努力すればするほど報われる体質になった。


このことがあるおかげでどんなにツラいことでも乗り越えた先には何があるのか楽しみになっていた。


ふと時計を見ると23時を指している。


「そろそろ風呂入って寝るか」


そう思った僕は疲れを癒すために風呂場に向かった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


僕が風呂場に着いた時には電気がついていた。


あの天野さんが電気を切り忘れるとは信じられなかったが、あまり気に止めはしなかった。


着ていたトレーニング着を脱いで扉を開けると、天野さんが羽を伸ばし、輪を頭に浮かべながら寝ていた。


僕が真っ先に感じたのは


『やっぱり使だ』


ということだった。


濡れた金髪。


純白の翼。


彫刻のような均整のとれた美しすぎる体。


最近は一緒に暮らしているが、彼女は『使』であり、クラスの華であった。


僕は、その場から出ることも忘れるほどに、思わず見とれて固まってしまっていた。


僕が次に感じたのは『ヤバい』ということだった。


神の使者であり、クラスメートであり、現在同居中の女子の入浴中に風呂場に入ってしまったのだ。


バレたらどれ程の地獄が待っているのか。


僕はしでかしてしまったことの重さに震えが止まらなくなった。


けれども不幸中の幸いか天野さんはまだ寝ているみたいだ。


気付かれない内にとっとと退散しよう。


この『ピンの抜かれた手榴弾』から早く離れなければ。


そと思った僕は、抜き足差し足忍び足で風呂場から抜け出した。


何事も無く、なんとか抜け出せた僕は思わず安堵し、一息つくのだった。


そして風呂に入るため、近くの銭湯に向かった。


銭湯では特に何事もなかった。


強いて挙げるなら出てくるお湯の温度が熱くて、軽度の火傷をしかけたくらいだった。


銭湯の蛇口に水がついている理由を身をもって理解した。



銭湯から帰ってきて、時計は24時を指しそうだったが天野さんはまだ風呂場から出ていないようだった。


流石に僕は心配になってきた。


寝ていたとは言え、僕が入ってしまったことに気付いていない。


僕が脱出してからかなりの時間が経っているのにも関わらず、未だ風呂から出ていない。


まさか、風呂でのぼせてたりしていないだろうか?


不安になった僕はどうするべきか悩んだが、流石に放置は出来ないと思い、バスタオルを持って風呂場にふたたび足を踏み入れた。


そこには変わらず天野さんが寝ているようだった。


心配は杞憂だったが、とりあえずバスタオルを巻き付け、肩を揺さぶって起こそうとした。


「…っん~ん。あれ? 私寝ちゃたのか」


そういって天野さんは回りを見わたし、僕の存在に気付いた。


「ん? 何でここ松下くんがいるの··よ···?」


そう言っている天野さんは前にも見た危なげなオーラを前回よりもガンガンに放ちながら笑顔で微笑んでいる。


僕の直感が告げている。


このままではマズイと。


弁明しなければと。


「天野さん!? 待って!? 説明するから!」


「問答無用よ! 神の使者であり、クラスメートでもある私の裸を見たでしょ! その···胸も下も···全部みたでしょ!」


「いや、見てな···」


ばっちり見えてしまっていた。


「明日から地獄を見せてあげるわ! 覚悟なさい!」


顔を怒りと恥ずかしさで真っ赤に染めた天野さんはそう言って風呂場から出ていってしまった。



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はぅぅぅぅ…


裸を観られたのなんか初めて… しかもクラスメートの松下くんに。


恥ずかしさで頭がおかしくなりそう…


でも、


『天野さん!? 待って!? 説明するから!』


その時の感情だけで松下くんの話を聞かなかったうえに、気を利かせて巻いてくれたであろうバスタオルが巻かれていたことに気付かず私は、松下くんを一方的に怒鳴った私は使徒失格ね…


せめてもの話を聞いてあげたら…


落ち着いて対応出来たなら…


私に気をつかって巻いてくれたタオルのお礼…


そんな後悔が頭をよぎる。


謝ろう。


そしてお礼をしようと。


私は神様の使徒なのよ。


こんなことくらいで突き放すなんてありえない。


そう思った私は松下くんの寝室に向かうことにした。



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僕が寝室で本を読んでいると、天野さんが急に入ってきた。


「天野さん!? どうしてここに!?」


「その··· お礼と謝罪がしたくて···」


「なんだ。そのことか」


僕がそう答えると天野さんは驚いていた。


「何で松下くんはそうしていられるの? 私は松下くんの気遣いも気付かずに、その時の感情だけで怒鳴ってしまったのよ?」


「そのことなら半分覚悟していたんだよ。普通に考えて女子の風呂場に突入なんてヤバい奴なんだもの」


僕がそう答えると天野さんは僅かに涙ぐみ、


「ごめんなさい。そして、ありがとう」


そう満面の笑みで返してくれた。



天野さんとの距離が一気に近づいた瞬間であった。



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