第2話

 私がこの辺りの異人館を調べていることを知った兄貴は、近所のお年寄りを紹介してくれた。以前困っているとこを助けて以来、孫のように可愛がって貰っているらしい。意外に良いやつなのだ、うちの兄貴。


 白髪の品の良いおばあさんだった。

「私は小さかったから、記憶が曖昧なの。姉にも話を聞いておいたわ。」

ゆっくりと話始めた。

「そこのマンションには、以前洋館が建っていたのよ。そこにはアメリカ人の少年が住んでたのよ。確か名前はジェシー、みんな『J』と呼んでいたわ。

楽しい男の子で皆の人気者だったの、戦争前までは。」

おばあさんは少し悲しそうに目を伏せ

「太平洋戦争に突入し、敵国人として差別されるようになってね。

やっと帰国って頃に空襲にあって、亡くなったのよ。」

「その子の両親も亡くなったのですか?」

「ええ、ご両親も一緒に亡くなったわ。

そうそう、近所の人達と皆で撮った写真が出てきたの。見てみる?」

「是非、お願いします。」


 おばあさんが出してきてくれた写真は、セピア色で時間の経過を感じさせた。

「この子がJよ。」おばあさんが指さすより先に私はJを見つけていた。

写真の中に、Jが笑っていた。今より少し幼い感じがするが、紛れもないJだ。

ふと隣にいる女の子に目が行った。何となく自分に似ている気がした。

「そうそう、この隣の子は里ちゃん。Jととても仲良しでね。

この子だけは、皆がJのことを『敵国人』と差別しても、変わらず最後まで仲良くしていたわ。」

写真から顔を上げたおばあちゃんは私を見て

「あら!あなた里ちゃんによく似ているわね?親戚かしら?」


私の頭の中は真っ白になっていた。

きっとこの『里ちゃん』に何らかの記憶を取り戻すヒントがあるはずだ!


「里ちゃんはどうしていますか?」

「里ちゃんは、随分前に京都へお嫁に行ったのよ。ご両親がご存命な時は、ここへ帰っていたんだけど、ご両親が亡くなってからはこちらへは帰ってないわ。

弟の正君の息子が、家を継いでいるから聞いてみるわ。どうして里ちゃんのことを知りたいの?」

「ごめんなさい、詳しくは言えないです。でも、ご迷惑になることは決してしません。」

「大丈夫よ、涼太君の妹さんだもの。信用しているわ。」兄貴に感謝だ。

後日、分かったら連絡を貰う約束をして別れた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


『里ちゃん』のその後が分かった。

京都へお嫁に行った『里ちゃん』は沢山の子や孫に囲まれて幸せな人生を送った。

亡くなった里ちゃんの遺品の中から、Jと一緒に撮った写真がでてきたらしい。

里ちゃんが亡くなったのは、15年前の7月9日。

私の誕生日は15年前の7月9日。これは偶然の一致?胸がざわつくのを感じた。


 夜を待つ間、私は仮説を立てた。

もし、私が里ちゃんの生まれ代わりだったら。

Jは、何か里ちゃんに伝えたいことがあった?

だとすると伝えたい何かを思い出し、その想いを伝えたら彼は天国へと行ってしまう

のか?


 2時だ、いつものようにJが現れた。

私はおばあちゃんに借りたJと里ちゃんが写った写真を見せた。

「J、いえジェシー、覚えている?」

ジェシーは頷いた。「嗚呼、サトだ。」懐かしそうに写真を見た。

「最初は断片的だったんだけど、君と時間を過ごすうちに少しずつ思い出してきていた。」


「君が引っ越してくるまで、僕はこの部屋で時を止めていたんだ。

あの日君が引っ越してきて、懐かしい気配に止まっていた時が動き出したんだ。

でも、何が懐かしいのか分からなかった。」


「君に初めて触れた日、初めてサトとの記憶が少し蘇った。そして少しずつ思い出していくうちに、君がサトの生まれ変わりだって気が付いた。

僕は最後にサトに想いを伝えたかったんだ。周りに攻められても最後まで僕に寄り添ってくれたサトに。」

この胸の痛みは里ちゃんの物?私の物?

「僕はサトに恋をしていた。

そして今また生まれ変わった君に恋をしてる。大好きだよ、立夏。」

気付けば涙が溢れていた。

「この恋心は里ちゃんの物か、私の物かは分からない。でも私も大好き。」


 私達は前世で、叶うことのなかった恋心を実らせた。

しかし、別れは直ぐそこまできていた。私は溢れる涙を止めれなかった。


「泣かないで、立夏。君のお陰で僕は、生まれ変わることができる。

約束だ、来世こそは一緒に生きていこう。」

最後ジェシーは私の涙に濡れた頬を優しく包み、ふれるだけの優しいキスをした。

閉じた目を開けると彼の姿は無かった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 私の初恋は終わった。でも不思議と悲しさばかりでは無かった。

今世を精一杯生きた後、来世でもう一度ジェシーと恋をしよう。

そう思うと、心に力がみなぎった。きっと里ちゃんも同じように感じたのだろう。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

毎夜幽霊と逢引中 panda de pon @pandadepon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ