第21話 招かれざる者たち
魔王城下町にある貧困街。
晴れた日の真っ昼間にも関わらず、雨戸が締め切られた空き家から、男女の声がかすかに漏れている。
「魔王が獣王国に向かいました。何か勘付いたのでしょうか?」
「関係ありませんわ。所詮、あれはあの男が勝手にやっていることですもの。アレが失敗しようが、死のうが私たちの計画に支障はありません。それよりも、少し魔王の変化が気になりますね…」
「はい。明らかに不可解です。引きこもって本を読むだけだったあの魔王が…」
◇ ◇ ◇ ◇
「ヴァレヴァレ!重たーいー!なんでアタシがコイツを運ばなくちゃいけないのよー?」
「しょうがないでしょ!一人で運べるのはアンタしかいないんだから!」
ブリアは鷹のような両足でロコの肩をガッシリと掴みながら、両腕の巨大な翼を大きく羽ばたかせている。
一方、掴まれている側のロコはうつ向いたままで、手足はダランと垂れ下がっている。
(これじゃ、鳥に運ばれる餌ね…まぁ、アタシもロコのことを言えた立場じゃないけど…)
アタシやロコの護衛兵たちも、同じようにハーピーたちに運ばれているのだが、ロコの場合はちょっと訳あって、あのように餌に成り果ててしまっている。
ドヴィーと飛竜舎で別れてから、アタシはロコに獣王国までの同行を頼みに行ったのだが、全力で拒否されてしまった。
なんでも、母親のことが怖くて帰郷をずっと先延ばしにしていたらしい。
それで、とうとう母親の方から怒りの手紙が届いてしまったのだという。
だから、今は絶対に帰りたくない、とのことだった。
アタシは”今帰らなきゃもっと怒るだろ!”と説得してみたものの、それでもイヤイヤの一点張り。
なので、仕方なく無理矢理ブリアに吊るしたというわけだ。
これがあのように餌になっている理由である。
(可哀そうだけど、魔王国のためなのだ許せ、ロコよ!)
「てゆーか、ヴァレヴァレ!アタシとショッピングに行くんじゃなかったの?」
そして、アタシと買い物に行くと勘違いしていたブリアもまた、このようにご機嫌ナナメである。
普通に頼めば彼女の性格上、絶対断られただろうから仕方がなかった。
「ショッピングに行くなんて言ってないわよ。まぁいいじゃない、獣王国で買い物すれば」
「キャットフードしか売ってないんじゃないの?ネコちゃんたちの国なんだしー」
「あのね!ロコはネコじゃないの、ネコ科なの!」
「何が違うのかわかんないしー」
「ネコ科ってのはネコの仲間ってことよ」
「ネコのお仲間さんなの?じゃあ、アタシもネコ科だー。ネコ好きだもん」
「そういう意味じゃなくて…」
「じゃあ、ネコの敵さんはなんなの?蛇?」
(…話を聞け)
「知らないわよ」
「えーネコのお仲間さんでしょ?なんで分からないの?」
「アタシはネコの仲間じゃないわよ!」
「ロコと仲いいじゃないー」
「仲良くないわよ」
「じゃあ、ヴァレヴァレは敵だから蛇だね。それで今まで部屋で冬眠してたのね。おはよー!」
(あぁぁぁぁぁ!)
最近、この子はわざとやってるんじゃないかと思う。
「ヴァレンティーナ様、ブリアと話すのは程ほどに。あまり良い影響とは思いませんので」
「ミラミラ、ひっどーい!」
「嘘ですよ、ブリア。ヴァレンティーナ様とお出かけしてくれてありがとうね。今度、ケーキを作ってあげますね」
「本当!?ミラミラのケーキ大好きなの!イチゴ、いっぱいのやつ!」
「わかりましたよ!沢山入れますね!」
「やったー!」
喜んだブリアはクルクルと飛び回り、ロコはなかなか切れない魚のフンのようにフワフワと宙を漂っている。
(はぁ…なんでこんなことに…)
ミラに獣王国に行くと話したら、一緒についていくと言って聞かなかったのだ。
なんでも、”メイドを一人も付けずに他国に行くなど、魔王国の品位が疑われます”、だそうだ。
まぁ、ド王国とは正反対にある獣王国なので危険性も低いだろうし、そこまで心配はしなくてもいいと思うが、なんとなくミラを外に出すのが怖い。
一度目の死に戻りのせいだろう。
あの時は本当にもうミラに会えないかと思っていた。
(…いつもなら、ミラがいないと心細いはずなのにね)
そして、御覧の通り、ミラとブリアは仲がいい。
なんでも「アルのことが大嫌い同盟」だそうだ。
(アルも色々苦労してるのね…若い女の子たちに嫌わる中年上司…今度、慰めてあげよう…)
「陛下!」
後ろから、しわがれた声が飛んでくる。
「この度は我が殿を説得していただき、誠にありがとうございました!」
この見た目に負けじと堅苦しい話し方をする男は、ロコの護衛でついてきた”ボイおじさん”だ。
今回はボイを入れて六人の護衛が同行しているものの、この男はロコの幼いころからの子守り役でもある。
そして、何をどう勘違いしたのか、今回の獣王国の訪問をアタシがロコの母上のために考えた計画だと思っているのだ。
「いや、だからそうじゃないんだって。アナタたちの崇めてる水霊様のいる祠に用があるのよ」
「わかっております。そういう建前ということで、ちゃんと口裏は合わせさせていただきますので!」
「だから…」
「本当にこのボイは感激しましたぞ!陛下のような方が殿の主であることに、う、うぅぅぅ」
(泣いてるよ、この人…)
こういう感じで、ボイはまったく話を聞いてくれない。
(まぁ、アタシは水霊に会えればそれでいいんだけどさ…)
「ところで、水霊様って見た目はどんな感じなの?」
「水霊様ですか?ははは!陛下、冗談が過ぎますぞ!私ごときが水霊様にお会いしたことなどありますまい!」
「え?会ったことないの?あー特別な人しか会えない的なやつ?」
「いえいえ、ロコ様を含め、ガオウ族の誰もお会いしたことはありませぬ」
「そうなの?そんな人にアタシが会っていいわけ!?」
「いえ、陛下も会えませんぞ?」
「えっ!どういことよ!?アタシ、祠に入っていいのよね?」
「もちろんです。ガオウ族の民は毎月一回は祠に祈りに行きます。我々も帰国の際には必ず祈りに行きますので、陛下も是非一緒に参りましょう」
「えっと…祠に水霊様はいるのよね?」
「当然おられます。しかし、我々には水霊様は見えません。水霊様は私たちを陰ながら見守ってくださっているのです」
(こ、これって…)
水霊って祈りの対象のようなものなのだろうか。
アタシたち魔族がルーシア様に祈りを捧げるような。
(これ、死んじゃってない?水霊…)
「ねぇねぇ、ヴァレヴァレー!アレってなーに?」
「ん?なに?アタシ、今大事な話してるから、ちょっと待ってね」
「わかったー!また後でねー!」
(えーと、なに考えてたんだっけ?あ、水霊が死んでるかもってやつか)
しかし、ドヴィーはそんなことは言ってなかった。
もし死んでいるなら、そんな重要なことをドヴィーが知らないはずがない。
(あぁ、あれか、封印を解かなきゃ現れない的な感じか)
しかし、ドヴィーは封印を解くなと言っていた。
つまり、封印は解かなくても会えるということだろう。
(あー分からん。アタシ、なんか勘違いしてんのかな?)
「ねぇ、ヴァレヴァレ!まだー!?」
(いや、全然、時間たってないじゃん)
「あー、もういいわ!先に聞いてあげる!」
「わーい!なんかね、あの森の奥に街道あるでしょ?」
「見えないわよ!アンタの目と一緒にしないでよ!」
ハーピー族はその翼や足だけでなく、その目にも猛禽類の特性を持っている。
特にブリアの視力は驚異的で、地平線近くにいるウサギですら発見することができる。
「そっかー、ごめん。なんかねーいっぱいお馬さんがいるよ!」
「馬?野生の馬の群れでもいるの?」
「違うよ!人が乗ってるの!」
「キャラバン(商隊)とかじゃないの?」
「そーかな?でも鎧付けてるよ?重そーなの!」
(獣王国の兵士かしら?結構、近いし)
「ボイ、獣王軍じゃないの?」
「可能性は低いかと。そのような報告はきていませんので」
「そっか…ブリア、旗の紋章はなに?獅子の顔じゃないの?」
「旗は持ってないよ」
「持ってない…?」
アタシとボイの表情が変わる。
「そいつら、どこに向かってるかわかる!?」
「わかんないけど、その先に谷があるよ…」
「谷!?それってたしか…」
「”ミミイラズの谷”ですな!そこを超えれば、もうガヴィンティスですぞ」
「ブリア!そいつらを追うわ!」
「ラジャー!みんな行くよ!」
『はーい!ブリアお姉様!』
ブリアの掛け声に、アタシたちを運んでくれているハーピー部隊も方向転換する。
(いったいどこの軍隊が…)
ガヴィンティスの周囲には魔王国と敵対している国がいくつかある。
「ブリア!他に何か見える!?」
「うーん、あっ!アイツらネコちゃんの敵だ!」
「どういうこと!?なんで敵ってわかるのよ?」
「だって、鎧に蛇がいっぱい書いてあるもん!蛇はネコの敵でしょー?」
「!?」
(ド軍だ!しかも、蛇の紋章…)
「陛下、この大陸で蛇の紋章を掲げているのは…」
「えぇ、フライシャーク家よ!征魔派が旗を掲げずにこんなところを走ってるなんて、只事じゃないわ!」
フライシャーク家、つまり、アタシを誘拐し、ダンを殺したクヴェート将軍の紋章だ。
(そういえば、息子のミルグンド・フライシャークが将軍に戻ったってドヴィーが言ってたわね。もしかして、ミルグンドが?それにしても、なんで獣王国に…)
「ブリア!数は!?」
「えっとね、槍を持ったのが640人でしょ、弓を持ったのが236人、あとは何も持ってないのが128人いるよ」
(さすがハーピーの目ね…正確な人数と武装まで)
鎧で視覚強化してるアタシですら、まだその影すら捉えられていないのに。
それにしても、たったの千人というのはどういうことだろう。
ガヴィンティスに向かっているわりには、とても国を攻めれるような数ではない。
(何か裏があるの?)
そう考えるのが普通だろう。
だとすれば、このまま城で迎え撃つのは得策ではない。
(ならこっちも裏を取ってみるかしら…)
幸いにもミルグンドはアタシたちが獣王国に向かっていることを知らない。
奇襲をかけるには好都合だ。
それにこっちはガオウ族とハーピー族の混成部隊。
偶然にも奇襲ために編成したようなメンバーだ。
アタシとブリアが率いれば、この人数でも十分な戦力になる。
(よしっ!)
「ロコとボイは先にガヴィンティスに向かって!アタシたちは…」
「―お待ちくだされ!」
意外にもボイが待ったをかけた。
「ここはガオウ族の領地。この問題は我々ガオウ族が解決するのが道理!我らに任せて陛下は魔王城にお戻りください。終わり次第、お迎えに参りますので」
確かに筋は通っているが、アタシは一刻も早く水霊に会わなければならないのだ。
「じゃあ、アタシもガヴィンティスで一緒に戦うわ!それならいいでしょ?」
「お気持ちは痛みいりますが…」
「それもダメなの?」
ボイはロコに視線を送る。
(なうほど、そういうことか。…なんとなくわかったわ)
幼い頃からロコを子守りをしてきたボイとしては、いつも怯えているロコをなんとかしたいのだろう。
そして、この千人程度の敵との戦いを成長するいい機会と考えたわけだ。
「ロコ!あんたはどう思ってるの?」
「え!?オ、オイラは…」
急に話をフラれて、ロコはアタフタと動き始める。
ハーピーに吊るされたまま、アゴを掻いたり、頭を抱えたりと忙しい。
(釣り餌のミミズかお前は…)
ロコがやる気になっているのならともかく、この状態のロコに任せるのは心配だ。
ただでさえ水霊にどれだけ時間がかかるか分からないのに、ロコの成長のためにゆっくりと戦いの成り行きを見守っている時間はない。
(それにたった千人だけで城を目指しているというのが気になる…)
きっと何か策がある。
その場合、相手の動きに臨機応変に対応できなければ、たった千人に国が落とされることも十分にある。
そういう点でも、自信のないロコに任せるには危険すぎるのだ。
ましてや、「水霊の祠」へはロコを連れて行けとドヴィーに釘を刺されている。
ロコに何かあれば、それも叶わなくなってしまう。
「ボイのロコを思う気持ちはわかるけど、今のロコには任せられないわ。だから、今回はアタシに任せてちょうだい」
「…御意」
顔色を曇らせるボイをよそに、ロコは安堵の表情を浮かべている。
(…親の心子知らずというやつね)
「それじゃ、作戦を話すわ!細かいところまでは決めないから、各自その場で対応して!」
『はっ!』
『はーい!』
「まず、ロコはボイと一緒に城で防戦の準備をして!敵が城攻めを開始したら、アタシたちが手薄になった本陣に奇襲をかけるわ!そしたら、そのタイミングでロコたちも撃って出て!って、ロコ!聞いてるの!?」
「わ、わかったよ!」
「ブリア!他のハーピーたちにロコを預けて。アンタはアタシたちと一緒に来て!今回の奇襲の要はアナタよ!」
「お、おっけぃ!」
「それじゃ、ロコ、ボイ、頼んだわよ!」
ロコとボイ、そして、二人を運ぶハーピーはガヴィンティスに向かって飛んでいった。
普通のガオウ族より大きいロコは、ハーピーが二人がかりで運んでいる。
「ブリア、敵に見つかっちゃダメよ!それまでは上空から偵察!」
「了の解だよー!」
※※※※※※※※※※
後書き:
今回の投稿で書き溜めたものが尽きましたので、次話投稿まで少し時間がかかります。
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ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
今日も魔王様は殺される:魔王特権で引きニートしたいだけなのに、何回死に戻っても死亡ルートしか見つからない! ソモコ・モコ @somoko_moko
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