第20話 獣王国ガヴィンティス
「クァッ!」
外で桜丸がアタシたちを待ってくれていた。
(昨日はいっぱい働かせちゃってごめんね。ヨシヨシ)
しかしながら、桜丸はもう飛びたくて仕方がない様子。
アタシの肩を口で引っ張ってくる。
「陛下、私も一緒に乗せてもらいますよ。他の飛竜はすべて出払っていますので」
「え、アナタの飛竜も?なんかあったの?」
「まだドレイクが地中から出てくるかもしれませんからね。森の上空で警戒飛行中です」
「なるほどね」
森の方を見れば、何頭かの飛竜が森の上空を飛び回っている。
(飛竜隊の人たち、昨日もあんなに働いていたのに大変ね)
「ヴァレおねぇちゃん!」
ランニングを終えたラナが駆け寄ってきた。
「アタシ、つおくなって、ヴァレおねぇちゃんみらいになるかりゃ!」
「わかったわ、がんばってね!それと…(約束、ちゃんと覚えてるからね。お父さんに言っておくから)」
小声でラナに伝えると、アタシは拳をラナに向かって突き出した。
「ありがとぉ!おねぇちゃん!」
ラナが拳と拳を突き合わせる。
ゴンッ!
(結構、強いわね…あれ?立ちくらみ?昨日の疲れがまだ残ってんのかしら…)
「では、行ってくる」
「アナタ、気を付けてね!陛下、本当にありがとうございました!いつでも来てくださいね!」
「美味しい朝食をありがとうございました!また来ます!それじゃー!」
アタシはエマさんたちに手を振り、牧場を後にした。
「めずらしいですね。陛下が”また来る”なんて言うのは」
「あんなにおいしい朝食ははじめてだったわ。アンタ、いい奥さん持ったわね」
「あぁ、朝食を作ったのは私ですよ」
「えっ…」
(まさか、この古代文字オタクにこんな才能があったなんて…)
ドヴィーの料理を褒めてしまったせいで、なんとなく恥ずかしい。
(…別の話題、別の話題…)
神雷魔法についてすぐにでも聞きたいところだが、その前にティオたちとの約束を果たしておく。
「そーいえば、ティオとラナがドヴィーと遊びたがってたわよ!」
「そうですか…」
「まぁ、ドヴィーを忙しくさせてる張本人のアタシが言うのもなんだけど、休み取って遊んであげてよ。約束しちゃったのよね…ドヴィーに休みを取ってもらうからって」
「はぁ、またそんな約束をして…」
「ごめんね、なんかノリでさ。アタシのせいで忙しいのに」
「陛下だけのせいではないですよ。アレは感情的になって言ってしまっただけで…。昨日のドレイクの件もそうですが、最近、イレギュラーな問題が色々と起こってましてね。それで忙しいのですよ」
「そうなんだ…じゃあ、休みは難しいか…」
「…」
「でもさ!例えば、アタシがドヴィーの雑用とかを手伝えば、どう?半日くらいなら休みが取れたりしないかな?できれば会議の出席とか、人が多くて緊張しそうなのは遠慮したいんだけど…」
ドヴィーがジト目でアタシを見てくる。
(うぅ…やっぱり、会議に出るしかないのか)
「わかったわ!会議にも出るから!」
「陛下、変わりましたね」
「…?」
「…いえ、もともと陛下はそういう人だったのかもしれませんがね」
(どういうこと?)
「なんでもありません。それでは休みを取るために雑用をいくつかお願いさせていただきますね。お心遣いありがとうございます」
「お、おっけ!任せて!」
(何か知らないけど、会議には出なくてよかったみたいね。ウシッ!)
ティオたちとの約束はとりあえず果たせたので本題に入る。
「城まであんまり時間ないし、早速、神雷魔法について教えてもらってもいい?」
「…まず初めに断っておきますが」
「危険ってことでしょ?」
「そうです。前にも言いましたが、扱い方を間違えば魔王国が滅びてしまう可能性があります。なぜならば、”水霊”が関わってくるからです」
「スイレイ?何よそれ?」
「はぁ…何度もお教えしましたよ?水霊とは神魔戦争の際、神が異世界から持ち込んだ兵器のことです」
「兵器?武器ってこと?」
「まぁ、その認識で問題ありません。神が地上から消えた後も水霊は地上に残り、ルーシア様と戦い続けました」
「ん?なんか武器が自分の意思で戦ったみたいな言い方ね?」
「その通りです。水霊は意思を持った武器ですので」
「主人がいなくなったのに戦い続けるなんて、なかなか律儀な武器じゃない」
「水霊は神のために戦い続けたのではありませんよ。魔族でありながら神に寝返ったある部族を守るために戦ったのです」
「魔族なのに魔族を裏切ったってこと?」
「そうです。ルーシア様が神勢力を裏切る以前は我々魔族の敗色は濃厚でしたからね。彼らに限らず、寝返ることを考えていた魔族は少なからずいたでしょう」
「…ふーん。いざとなれば、そんなもんなのかな」
「神が消えた後、その部族は孤立し、全ての魔族から侵攻を受けることになったのですが、そんな彼らを救ったのが水霊なのです」
「それでルーシア様と戦うことになったのね」
「はい。もちろん、もとから多勢に無勢。さらに、元三天神のルーシア様が相手では、水霊たちに勝ち目はありませんでしたが」
「じゃあ、水霊はルーシア様に倒されたんだ」
「いえ、今も生きています」
「え!?」
「ちなみに、その部族も生き残ってますよ」
「えぇ!なんで!?」
「水霊がルーシア様と取引を行い、自らが封印されることを引き換えに、その部族の存続を守ったからです」
「なるほど。じゃあ、水霊は生きてるけど、封印されてるってことね」
「そうです。水霊が封印されている祠は今でもその部族が守り続けています。そして、その部族こそが、ガオウ族、つまりロコの部族です」
「えっ!?アイツらって裏切り者だったの!?それで、アイツ、いつもアタシに対して…」
「ロコが陛下に対してああなのは、陛下の性格の問題ですよ」
「…」
「すでにガオウ族と魔族の間に確執はありませんよ。ルーシア様が積極的にガオウ族と他の魔族の間を取り持ったそうです」
「ふーん。まぁ、ロコのことはそれでいいわ。で、神雷魔法がその水霊とどう関係があるのよ?」
「水霊が持つ水霊珠を使うのです」
「水霊珠?」
「はい。この水霊珠という防具があったからこそ、水霊は元三天神のルーシア様と戦うことができたと言われています」
「ほう。で、その水霊珠はどこにあるのよ?」
「水霊が持っているはずです」
「え、そんなの”ちょーだい”って言ってくれるもんなの?アタシたちのこと恨んでるんじゃないの?」
「たぶん恨んでますし、”ちょーだい”と言ってもくれないでしょうね」
「ダメじゃん!」
「まぁ、勇者が現れたとなれば、ガオウ族を守るために水霊も協力してくれると私は思っています。とりあえず、今はそう焦らずとも…」
「ダメよ。魔王たるもの常に最悪の事態を想定して行動しないといけないわ!」
「…それ、私の受け売りですよ?しかし、優先順位というものがあります。今は他にすることが山ほど…」
「アタシにとっては一番の優先なの!いいわ、アタシが一人でその水霊珠ってのをもらってくるから」
「まぁ、それならいいですが。…ただし!条件があります!」
「え、何?この上、まだ条件があるわけ?」
「まず、獣王国に行く際は必ずロコを連れていくこと。水霊はガオウ族の崇拝する神です。もしロコの同行なしに水霊に会えば、最悪の場合、ガオウ族と我々は敵対関係になります」
「ま、確かにその通りね…でも一応、アタシってルーシアの子孫よね?そんなのが水霊に会いに行くなんて言ったら、ガオウ族はそれだけで怒っちゃうんじゃないの?」
「その心配はありません。歴代の魔王は何度も水霊の祠を訪問しています。封印は水霊が自ら望んだ契約ですので、ガオウ族もそれを尊重しています。そして、魔王がわざわざ祠を訪問するということが敬意を示す儀礼になっています」
「なんかよくわかんないけど、怒られないならいいわ」
「次の条件ですが、水霊は水霊珠の見返りに、封印を解くことを求めてくるかもしれません。しかし、絶対に水霊の封印は解かないでください」
「そんな危ないことしないわよ。それに封印の解き方なんて知らないし」
「いいえ、ルーシア様の子孫である陛下は”水霊の祠”の封印を解くことが出来ます」
「え、そうなの?」
「昨日、私が説明したでしょう。ルーシア様の子孫である陛下には、ケリッパーの力を引き出す力があると。アレです」
「えっ、水霊の祠って」
「そうです、祠はケリッパーで出来ています。水霊ほどの存在を封印するには、窓の力を持つケリッパーが必要だったのでしょう」
「ふーん、そうなんだ…わかったわ。絶対に封印は解かないわ。約束する」
(すぐに城を出れば夜には戻れそうだけど、水霊が厄介そうね。間に合うかしら…)
「おーい!」
(誰?こんな上空で)
周囲を見渡しても誰もいない。
「ヴァレヴァレ!おかえり!」
急に視界が暗くなる。
上を見上げれば、私たちの真上からハーピークイーンが降りてきた。
「なんだ、ブリアか…」
「”なんだ”って言った!ひっどーい!ヴァレヴァレが帰ってくると思ってずっと待ってたのにー!」
「え、待ってたの?」
「そうよぉ!ヴァレヴァレが部屋から出るのって珍しいじゃない?だから、一緒に遊びに行きたいなーって」
「あぁ、ごめん。今日、これからすぐ出かけなくちゃいけないから」
「えー!ショック!せっかくマニキュアも塗りなおしたのにー!」
「ごめんごめん、また今度ね」
「もういいもん!っふん!」
そういって、仰向けになった。
(…器用に飛ぶわね…)
「…陛下、まさか今から獣王国に行くつもりじゃないでしょうね?」
ドヴィーが話に割って入ってきた。
「え?そのつもりよ?」
「ダメに決まっているでしょう!こんな忙しい時に!」
「だって勇者が来るのは今日の夜なんだから、今行かなきゃ間に合わないじゃない」
「今日の夜?勇者?なんのことですか?」
(あ、このドヴィーは知らないのよね…あー面倒くさい)
「今日の夜ね、ド軍が襲撃に来るのよ」
「どういうことですか?そんな報告聞いてませんよ?」
「報告はないわ。ド軍が東門から攻めて来るの。今頃はヤドの大森林のど真ん中を行軍中のはずよ。だから、報告がないのは当然なの」
「ヤドの大森林?しかし、森の中には…」
「ええ。大蛇ディアボロチがいるわね。でも勇者の神雷魔法があれば、大蛇を行動不能にできるはずよ」
「確かに…ですが、勇者が誕生したという報告など…」
「勇者だけじゃないわ。賢者も聖戦士も来るの」
「まさか!歴史上でも、三者が同時に発生したことなど…」
(面倒くさいわね。よし、あの話で…)
「賢者は強力な魔法を使うわ。目が二つ現れて、光線を出すの」
「…もしかして、その光線の色は…」
「赤よ!」
「…その光線は…」
「それぞれが自由に動くの!」
「…もしやそれは…」
「超位階魔法”偉なる眼”って魔法よ!」
「―!」
(驚いてる…驚いてる…フフフ)
この情報でドヴィーがアタシを信じることは過去の死に戻りで確認済みである。
「し、しかし、その情報が正しいとしても、なぜ陛下はそれを知っているのですか?」
(死に戻ってます!なんて言えないし…)
「戦ったのよ…それで負けたの。だから、倒す方法を探してるのよ」
「…」
嘘は言ってない。
戦って負けたことは”何度も”経験済みだ。
「お願い、獣王国に行かせて!それから、夜までに東門の守備を強化しておいてほしいの!」
「信じがたいですが、…陛下が嘘を言っているとは思えません。そういうことなら、引きこもり続けていた陛下が急に変わったのも納得がいきます。ですが、今日中に獣王国に向かうのは無理ですよ。飛竜がいませんから」
「この子がいるじゃない!?」
そう言いながら桜丸を撫でる。
「この飛竜も私達を城に運び次第、ドレイクの捜索に向かうことになっています」
「アナタが言えばなんとかなるでしょ?」
「まぁ、この飛竜だけならなんとかできなくもないですが」
「じゃあ、なにが問題なのよ?」
「先ほども言いましたが、水霊に会うのであればロコを連れて行かねばなりません。そして、ロコが行くというのであれば飛竜一頭では足りません」
「…あいつ、重いもんね」
「いえ、それだけではありません。ロコもあれで一応は国王です。国に帰るのに陛下と二人というわけにもいきません。護衛兵の分の飛竜も必要になるのです」
「うーん…」
確かにドヴィーの言うことはもっともである。
ずっと城を空けていた王が久しぶりに帰還するのだ。
当然、領民の出迎えもあるだろう。
アタシとドヴィーがこうやって牧場を行き来するのとはわけが違う。
「馬の速度じゃ、夜には間に合わないし…他になんか移動手段はないの?」
「他に獣王国に行く方法といえば…」
『あっ!』
アタシとドヴィーは同時にブリアを見上げた。
「ん?なに?」
「ブリア、外出したいのよね?アタシと?」
「うん!行きたい!ショッピングでも、何でもいいよ!」
「じゃあ、決まりね!城に戻ったら出かけるわよ!」
「本当!?やったー!」
(…ごめんね、ブリア)
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