第19話 大切な命の選択

…ぁぁぁ…ぁぁぁ…


(あれ?) 


「陛下、おかしいですね」

「そうなのよ。近づいているはずなのに、声がどんどん小さくなっていくわ」



ぅぅぅ…ぅぅぅ…


(これって、もしかしたら…)


 アタシには身に覚えがあった。

 誘拐された時、泣いていたアタシは誘拐犯に殴られた。

 そして、泣いたら殺すと脅された。

 必死に堪えようとしたが、震えは止まらず、泣き声も完全に消すことはできなかった。

 この鳴き方はそれにそっくりなのだ。


「もしかして、アタシたちに怯えてるんじゃないの?」

「そんなまさか、古龍がですか?」

「だって声が震えているもの…」


 ついにアタシたちは泣き声の主のすぐ近くまで来た。

 かすかに聞こえてくる震えた声が、目の前に龍がいることを伝えてくれている。

 アタシは両腕を土の中にゆっくりと忍び入れる。


もにゅ


 そして、龍を掴んだ。

 小さい。そして、柔らかい。

 ドレイクの指とは全く違う感触。

 鎧の身体強化を使って握れば簡単に潰せるだろう。


「ドヴィー、捕まえたわ。やっぱり、この子、怯えてる。震えているもの」

「では、早く殺してください」

「そんな!?この龍、まだ子供かもしれないわ!?」

「そうかもしれませんが、止める方法が他にありません」

「待ってよ!多分、ドレイクが殺されるのを地中で聞いて怖くなったのよ!それで地上に出てきて…こうやって歩いてるのも、怖い場所から逃げたいだけで!」

「だからどうだというんですか?関係ありませんよ!」

「でも、子供…」

「子供でもです!この龍のためにイントベッツの人々を犠牲にするつもりですか!?」

「それはできないけど…」

「イントベッツの人々を犠牲にしてでも、この龍を守る覚悟があるのですか!?」

「そんなの、ないわよ!」

「それなら、私がやります!そのまま掴んでいてください!」

「待って!!!」


『氷結晶よ!』


 ドヴィーがマジックスペルを唱えた。

 ドレイクの手足を凍り付かせたあの魔法だ。

 アタシの腕ごと龍が氷漬けにされたのがわかる。

 アタシは鎧に守られているので問題はない。

 ドヴィーもそれを分かっていてこの魔法を使ったのだ。

 龍の震えが段々と消えていく。

 鳴き声も止んでしまった。


(待って!)


 弱々しい呼吸がさらに小さくなる。

 アタシにはもう助けられない。

 氷を壊せば、この子も死んでしまうだろう。


(待って…)


 だんだんと龍の体は冷たくなり、やがて周囲の氷と同じように硬く凍り付いてしまった。


ドザァァァァァァ


 周囲の土砂が落下していく。

 鎧の浮遊能力でアタシたちはその場に浮いたままだ。

 全ての土砂が落下したあと、アタシの手に龍の子供はいなかった。

 多分、落下する土砂に砕かれてしまったのだろう。


「うぅぅ…」


(なにもできなかった)


 いや、アタシは何もしなかった。

 魔王としてすべきことは頭ではわかっていた。


(でも…)


「恨むなら私を恨んでください…」

「そんなこと…できるわけないじゃない…」


(むしろ、謝りたいくらいよ…)


 アタシがすべきことをドヴィーにさせてしまった。

 でも今のアタシにはドヴィーに謝ることも、ましてや、お礼を言えるような強さもなかった。


「とりあえず、危機一髪でしたね…」


 下を見れば、すぐそこにイントベッツの村と、まだ避難を始めたばかりの多数の住人が見えた。


(あと少しでもドヴィーの判断が遅かったら…この人たちは…)


 地上に降りると、エマやラナが走り寄って来た。


「パパー!」


 ラナがドヴィーに飛びつく。


「陛下!ありがとうございます!」


 何も知らないエマが感謝の言葉をかけてくれる。


(アタシはなにもしてないのに…)


「いや、アタシは…」


 ”なにもしてない”、そう言おうとする前に、次々と言葉が飛んできた。


「陛下!?あの方が!?」

「陛下が我々を救ってくれたんだ!」

「ありがとうございます!」

「陛下!万歳!」

「陛下!万歳!」


(みんな、アタシのせいで死んでいたかもしれないのに…)


 ドヴィーが私の肩を叩いた。


「今は皆が助かったことを喜びましょう。陛下が龍に飛び込まなければ救えなかったんですよ」

「う、うぅぅう」


 アタシは泣き崩れてしまう。

 ドヴィーがいなかったら、アタシはとんでもない間違いを犯すところだった。


「陛下が俺たちのために泣いてくれているぞ!」

「私達なんかのために…」

「なんて方だ…」


 このままイントベッツの人々の言葉を聞き続けるのは辛かった。


「陛下、戻りましょう。まだドレイクは残っています」


 アタシはドヴィーと飛竜に乗り、逃げるようにその場を去った。

 その後、ドレイク討伐は朝方まで続いたものの、なんとか全てのドレイクを狩り終えることが出来た。

 そして、疲れ切ったアタシは城へは戻らず、ドヴィーの家で眠りについた。


「ふあぁぁぁ…」


 瞼を閉じているのに太陽がまぶしい。

 疲れ切っていたアタシは、いつの間にか昼まで寝てしまっていたようだ。


(ベッドが違う…そっか…ここはドヴィーの家か)


 自分のベッド以外で寝たのは何年ぶりだろうか。

 

(昨日は本当に疲れたわ…草刈りをさせられた上に、ドレイクの討伐までして、おまけに、古龍…)


「…」


 手のひらを見る。

 龍を握っていた感触が蘇る。


バタンッ


 再びベッドに倒れ込んだ。


「はぁ…」


(…もしまた死に戻ったら、アタシは…)


 もし死に戻れば、多分、あの龍はまた現れるだろう。

 今度は自分でできるだろうか。

 またドヴィーに頼ってしまうのではないか。


(アタシって心が弱い…いや、ズルいのね…)


 ドヴィーだって龍を殺したくなかったはずなのに、もうドヴィーに頼ろうとしてしまっている。


(アタシってそもそも人の上に立つような器じゃないのよね…)


 魔王をやっている限り、今回みたいなことは何度も起こるだろう。

 選びたくなくても、選ばなければならない状況が。


(魔王が天職だなんて誰が言ってたんだか…全然魔王に向いてないのよね…アタシ…)


ドンドンドンドン


(なに?足音…)


バンッ!


 扉が勢いよく開け放たれる。


「ヴァレおねぇちゃん!」

「あれ、ティオじゃない。アナタ、城にいたんじゃないの?」

「お城の人が連れてきてくれたんだよ!もう安全になったからって!」

「へーそうなの…よかったわね…」


 ティオが気のない返事をするアタシをジト目で見てくる。


スタスタスタ


 ティオが無表情で歩み寄ってくる。


「ちょ…」


ゴンッ!


 いきなり放たれたティオの右ストレートがアタシの顔面にさく裂する。

 鎧を着ていない、生身のアタシの柔い右頬に。


「痛ったいわねー!なにすんのよ!?」

「本当に当たるなんて…」

「…な、何よそれ!?完全に当てるつもりで殴ってたじゃない!?」

「違うよ、ヴァレは一番強いって言ってたから…絶対に避けられると思って…」

「それはそうだけど、今は違うの!で、何で殴ろうとしたの?」

「だって、ずっとヴァレおねぇちゃんに会いたかったのに…おねぇちゃんは全然嬉しそうじゃなかったから…」

「はぁ…そういうことか…」

「う、う…」


 ティオは今にも泣きそうな表情だ。


「さぁ、こっちへいらっしゃい、お返しよ!」

「え…」

「女の子殴っといてタダで済むと思ってんの?」


 アタシは真顔で手招きする。

 生きることを諦めたような顔をしたティオは目を閉じながら恐る恐る近づいてくる。


ガバッ!


 アタシはティオを抱きしめた。


「ティオが喝を入れてくれたおかげで元気が出たわ!ありがと!」

「ふぇ?」

「でも女の子を殴っちゃだめよ!さぁ、行きましょ!お腹すいたー!」

「女の子…」

「なによ!」

『あははははは!』


 アタシたちは手をつないで笑いながら部屋を出た。


(そうよ…うつ向いてる暇なんてない。今日の夜にはド軍が来るのだ。あ、そういえば、草刈りミッション、失敗してたんだった…)

 

◇ ◇ ◇ ◇


 リビングに来てみれば、エマさんが朝食(昼食?)を用意してくれていた。

 待ってくれていたようで、料理にはまだ手が付けられていない。


「お、おはようございます」

「おはようございます、陛下!昨夜は本当にありがとうございました!娘を二度も救ってもらって…」


 昨日、あんなことがあったのに、エマさんは元気いっぱいだ。


「いやー全然全然。それよりも泊めてもらっちゃって、すみません」

「とんでもないですよ!いつでも泊まりに来てくださいね!娘の命の恩人なんですから!それにしても、本当に腰の低い方で驚きました!魔王国の国王様でいらっしゃるのに…」

「ママ、ヒドイよ!ヴァレは背の低いことを気にしてるんだよ?なのに、腰が低いだなんて!」

「この子ったら!そういう意味じゃないのよ!あ、はは、はははは」

「あ、はは」


 ティオのおかげでちょっと緊張がほぐれた。


「ささ、大したものはありませんが、どうぞお召し上がりください」

「あ、ありがとうございます」


 目玉焼きとベーコンのプレートにターキーチーズサンドウィッチ。

 これにオレンジジュースが付いている。

 どれもこの牧場で採れたものだろう。

 城で食べているような贅沢な朝食ではないけれど、新鮮で美味しそうなものばかりだ。


「いただきます」


 喉が渇いていたので、とりあえずオレンジジュースのグラスを手にとった。


(う、うま…)


 いい意味で甘酸っぱさがない。そして、濃厚。

 城でもオレンジジュースは普段から飲んでいるが、多分これは鮮度の違いだろう。

 魔王城下には農地が少ないので大半の食材は城外から運搬されてくる。

 そのため、どうしても鮮度が落ちてしまうのだ。


(これ、城で飲めるようにできないのかな?)


 次にアタシはターキーサンドウィッチを頬張った。

 ブラックペッパーとジャムの香りが鼻を抜ける。


(や、やば…)

 

 チーズに絡まった焼きたてのターキーから肉汁が舌の上に染み出てくる。

 これだけでも十分に美味しいのだが、さらにブラックペッパーの辛味とクランベリージャムの甘味がうまく混ざり合って…


「陛下、大丈夫ですか?」


 サンドウィッチとグラスを両手にプルプルさせているアタシを見て、心配そうにエマさんが声をかけてきた。


「いえ…あまりにも美味しくて、感動していました」

「あら、お世辞がお上手ですこと。よろしければ、いつでも食べに来てくださいね。子供たちも喜びますから」

「ぜひ!絶対来ます!」


 思わずサンドウィッチとグラスを握ったまま、立ち上がってしまった。


「ヴァレおねぇちゃん!お行儀悪いよ!」

「あ、ごめん…」

『あはははは』


(ミラ以外が作る料理を食べるのは久しぶりだな…他の人とご飯を食べるのもそんなに悪くはないかも…まぁ、人によるけど)


「そういえば、ラナちゃんは?」

「あぁ、あの子は朝からずっと走ってます」

「え?」

「また変なスイッチが入っちゃったみたいで」

「スイッチ?」

「ええ。大きくなったら陛下みたいになるって、昨日からずっと言ってるんですよ。どうもドレイクを倒す陛下がカッコよかったみたいで」

「そうなんですか…なんかすみません」

「いえいえ、あの子は昔から…まぁ気にしないでください。ありがとうございます」

「は、はぁ…」


 ちょうど、牧場を走るラナが窓から見えた。


(結構、走るの早いわね…龍人族って、足の速い種族だっけ?)


ガチャ


 部屋の奥のドアが開き、ドヴィーが現れた。


「あ、ドヴィー、ご飯ごちそうになってるわ!ごめんね、先に食べちゃって」

「いえ、私はもう頂きましたので。それよりも私は城に戻らせていただきます。昨日の件で色々と仕事がありますので」

「じゃあ、アタシも一緒に行くわ!それでさ、草刈りのことなんだけど…あ、やっぱ後でいいわ」


 ティオもいるし、神雷魔法のことは後で話した方がいいだろう。

 ド軍や勇者の話をして、変に怖がらせたくない。


ドンッ


「うっ」


(ん?なんかドヴィーのうめき声が聞こえたような)


「陛下、改めて妻や子供のこと、お礼を言わせてください。ありがとうございました。草刈りのことですが、私としてはルールはルール、例外を認めることは今後の陛下のために…」


ドンッ


「がっ」


(やっぱりドヴィーのうめき声か。多分、机の下でエマさんが蹴ったのね…)


「…陛下のためにならないと思ってはいますが、今回は特別に…うっ!喜んで情報をお教えしたいと思います」

「あ、ありがとう…エマさんもありがとうございます」


 一応、ドヴィーだけでなく、エマさんにもお礼を伝える。


(二人の間で色々あったみたいね。アタシが起きるまでに…)


「詳しくは城への移動中に説明しますが、この方法にはロコが必要になりますので」

「ロコ!?あのネコ科の!?」


(なんで神雷魔法対策にロコが?まさか、生贄?)

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