第18話 禍災龍テラ・テオラ

「グォォォォォォォォォォォォ!」

「っ!」


 テラ・テオラと呼ばれた巨大な龍が激しい雄叫びをあげた。

 ドレイクのモノとは比べ物にならない咆哮。

 体中の血液が沸騰し、轟音のせいで鼓膜は震えっぱなしだ。

 周囲を見渡せば、気を失ったコボルトたちがバタバタと倒れ始めた。


「…か、…だ…か!」


 目の前でドヴィーが何かを叫んでいるが、轟音のせいで聞き取れない。


ドーン!ドーン!


(…歩いた!)


 テラ・テオラは本物の龍のように歩き始めた。


ドーン!ドーン!ドーン!


 一歩踏み出すたびに大地が震え、地面に亀裂が入る。


「…下!陛下!大丈夫ですか!」


 ようやく咆哮が収まり、ドヴィーの声が聞こえるようになってきた。


「大丈夫よ!それより、ドヴィー!あの方角って…」

「イントベッツの方角です!妻と娘がいます…」

「アイツを追うわ!」

「わかりました!」


 アタシたちはドヴィーの乗ってきた飛竜に飛び乗る。


「お頭!」


 コボルトたちが駆け寄ってくる。

 彼らの目には不安の色が見える。


(指揮者がいないのね…)


「よく聞いて!まず気絶してる人たちを安全な場所に移して!それが終わったら残りのドレイク討伐を再開して!桜丸もまだ貸しておくけど、無理させちゃダメよ!」

「へい!」

「解体も必要最低限は許すわ!でも、ドレイクは取り逃がさないで!分かった!?」

「―へい!分かりやした!お頭も気を付けて!」


 コボルトたちは握り拳を突き上げる。これが彼らの挨拶なんだろう。

 アタシも背中越しにグッっと拳を突き上げる。

 凄く恥ずかしいが、今はそんなこと言ってる場合ではない。

 住民たちの避難はドレイクの歩行スピードに合わせて計算されたものだ。

 あの馬鹿デカい龍の歩行スピードを想定されてはいない。


「龍王様!この龍は…」


 上空で旋回していた飛竜隊と合流する。


「飛竜隊!避難地域を拡大します!付近の住民を安全な場所まで避難させてください!私たちはなんとかアレを足止めする方法を考えます!」

「御意!」


 飛竜隊はすぐに飛び去ったが、飛竜の速度が普段よりも遅い。


(ずっと飛んでるもの…疲れて当然よね…)


「それで、あのテラ・テオラってのはなんなの?」

「詳しくは分かっていません。あの龍については千年以上も前に現れたということ以外は、ほとんど情報がないのです」

「でも、あんな馬鹿デカい土砂の塊、どうやって倒せばいいのか見当もつかないわよ?」

「いえ、あの土砂は龍ではありません。初めに光っていたあの小さなものが龍の本体と思われます」

「じゃあ、あのちっこいのを倒せばいいのね?」

「確かにその通りですが…どうやってあの土砂の中からあの小さな龍を見つければよいのか…」


 膨れ上がった龍の大きさは、今やこの辺りの山々に肩を並べている。


「…ところで最悪の被害って、アイツはいったい何をしたのよ?」

「それが、ただ大陸中を歩き回っただけです」

「歩いただけ?」

「そうです。しかし、ただ歩いただけで十の国、百の町、千の村が壊滅したそうです」

「まじっ!?」


(確かにあのデカさなら歩くだけでも災害級ね…)


「それで、千年前の人たちはどうやってコイツを倒したのよ?」

「倒していません。ひと月以上歩き回った後、いつの間にか消えていたそうです」

「消えた!?じゃあ、アタシたちも消えるまで待つしかないってこと?」

「それでは国が滅んでしまいますよ。なんとか私たちで倒す方法、…は無理としても、足止めする方法だけでも見つけるしかありません!」

「そうね。なんか山を吹っ飛ばす魔法とかないわけ?」

「そんな魔法はありませんよ。とにかく色々試してみるしかないでしょう。魔王国、いや大陸全体の命運がかかっているのですから」

「そうね。やってみるしかないか…しっかし、大きいわね」


 ようやく龍に追いついたものの、真上から龍を見下ろしてみれば、本当に山が移動しているように見える。


「じゃ、行くわ!よっと!」


 アタシは飛竜から飛び降り、


『魔重斬撃』


バスン


 斬撃はテラ・テオラの土砂に直撃し、それなりの深さの穴を作ったものの、その部分はすぐに周りの土砂で埋もれてしまった。

 当然、テラ・テオラは何ごともなかったかのように歩き続けている。


「では私の番ですね」


『赫灼火よ!』


 ドヴィーの浸食型ファイアーボールがテラ・テオラに向かってフワフワと飛んでいく。

 ドレイクの肉体を焼きつくした、あの古代文字魔法だ。

 

ジュウ…


(ちょっと期待してたけど、やっぱりダメか)


 ファイアーボールは土砂に当たるや否や、すぐに消えてしまった。


「この土砂はすべて本物のようですね…」

「どういうこと?」

「魔法で作られた土砂の可能性を考えていたのですが、本物の土砂のようです。もし魔力でできていれば、私の浸食型ファイアーボールが食べることができたはずなので…」

「そういうことね…じゃあ、どっかから本物の土砂を転送してきたってことなのかしら?」

「その可能性が高いですね」


ドーン!ドーン!


 悩むアタシたちをよそに、テラ・テオラは歩き続けている。


「ドヴィー、ちょっと、あれって!」


 進行方向に町の光がぼんやりと見えてきた。


「イ、イントベッツです!この龍、予想以上に移動速度が速いですよ!」

「そんな!この早さじゃ、避難する時間なんて…」

「恐らく、まだ飛竜隊も到着していないでしょう…」


(…まだ手がかりすら見つかってないのに…もう、こうなったら!)


「ドヴィー!アタシを置いてイントベッツに行って!」

「なぜです!?」

「イントベッツに…エマさんとラナの所に行ってあげて!アタシはコイツの中に潜るわ!」

「む、無茶ですよ!」

「無茶じゃないわ!アタシがまだ小さかった頃、海で潜水するための呪文をかけてくれたでしょ?アレがあればこの土砂の中でも息ができるはずよ!」

「そうではありません!確かに潜水魔法を使えば呼吸はできます!しかし、この巨体の中からあんな小さなものを探すなんて!絶対に不可能ですよ!」

「でも、やるしかないじゃない!無理でもアタシはやるわ!」

「危険すぎます!」

「わかってるわよ!でもこうするしかないじゃない!アタシだってエマさんやラナを助けたいのよ!」

「…」

「お願い!潜水魔法をかけて!早く!」

「…潜水魔法の効果時間は五分間しかありません…」

「それでも行くわ!」

「…五分しかありませんが、私が一緒なら魔力が続く限り潜水できます!」

「―ドヴィー!!!」

「行きますよ!」


 ドヴィーがアタシの背中に飛び乗る。

 飛竜は先にイントベッツに向かわせた。

 一緒に行くのは危険だし、飛竜ならイントベッツの避難を手伝えるからだ。

 アタシはドヴィーをおんぶした状態でテラ・テオラに向かって突っ込む。


「ドヴィー!」

「分かっています!」


『蒼暗い底海に砕かれぬ平静さを!』


 青い膜のようなものがアタシたちの周囲に現れ、透明な卵の殻のような形になった。


バシュン!


 土砂の中に上手く入れたものの、内部は真っ暗だ。


「何も見えないわ!」

「待ってください、今、明かりを付けます」


 ドヴィーのライトニング魔法が明るく光る。

 しかし、周りに見えるのは土砂だけだ。

 


「ちょっと、土砂しか見えないわよ!?」


 ライトニングで魔法の殻の内側が照らされたものの、殻の外側はただ土砂が見えているだけである。

 まるで、砂だけが詰められた水槽を見ているかのような気分だ。


「そりゃそうですよ!地中を潜っているのと同じなんですから!土砂しか見えませんよ!」

「え…でも、こんなんでどうやって龍を探すのよ!?」

「陛下が言ったんでしょう!?無理でも行くと!」

「こんなことになるなんて知らなかったのよ!」

「はぁ!?なんで土が透けて見えると思ったんですか!バカなんですか!?」

「なっバカって…そこまで言わなくてもいいでしょ!」

「…はぁ…とりあえず!こんなとこで喧嘩している時間はありません!奥に進みますよ!」

「…うぬぬぬ」


 魔法の殻がウネウネと動き、移動を始めた。


「なんか、ミミズになった気分ね…」

「…」

「なによ?」

「真剣に探してください。大陸の人々の命運がかかってるんですよ」

「…わかってるわよ」


 アタシたちは殻の表面に顔を擦り付けるようにして、外側の土砂を調べる。


 土砂。

 土砂。

 土砂。

 ずっと同じ光景が続き、頭がおかしくなりそうだ。

 しかし、イントベッツの人たちのためにも龍を探すしかない。


「ん?」


 流れる土砂の中に、赤黒くなった部分を見つけた。


「ドヴィー!これ見て!」

「なんでしょうね?」


 しばらく進むと、また赤黒い土が現れた。


「またあったわ」


 進むにつれ、赤黒い土がどんどん増えていく。


ドンッ!


「…何かにぶつかりましたね」

「もしかして、龍?」

「わかりません。陛下、土砂の中に腕を突っ込んでください。土砂は流れ込まないので大丈夫です」

「えっ!?アタシの?」

「そうです。私の腕だと土砂の圧力で潰れてしまうかもしれませんので」

「わかったわよ…」


(なんか怖いような、気持ち悪いような…)


 あたしは恐る恐る手を土砂の中に潜り込ませた。


 ヌルッ


 何かに触った。


(この感触、生き物だ!でも冷たいわ。死んでるの?)


 ガシッ!

 

 掴んでみて分かったが、あまり大きくない。

 多分、あの龍の本体と同じくらいの大きさだ。


「ドヴィー!龍かも!動いてないから、このまま引っ張りこんでいい!?」

「大丈夫です」


ズボッ!


「ん?なんですかね?」

「土がついてて、よくわかんないわ」


 表面に土の塊がたくさんついていて、龍かどうかもわからない。

 大きさは人の腕ほどで、サイズ的にはあの光っていた龍と同じくらいだ。


(…でも、龍にしては少し細いような)


 手でゴシゴシ擦ると土が落ち、ソレが正体を現わした。


「これは、指ですね。ドレイクの…」

「ぎゃぁぁぁぁ!」

「ぐがっ!」


 アタシがぶん投げたドレイクの指はドヴィーの頭部に直撃した後、殻から飛び出て土砂の中に消えていった。


「痛いじゃないですかっ!なんで投げるんですか!」

「なんであんなモンがあんのよ!」

「…おそらく、地上から土砂が吸い上げられたときに混ざったんでしょう」


…ぁぁ…


「じゃあ、この土砂の中にあんなもんがいっぱい流れてるってこと?」

「そういうことですね」


…ぁぁ…


「…じゃあ、もしかしたらネルの死体も」

「…その可能性は、ありますね」

「見つけてあげたいけど、さっきみたいにバラバラになってたら…」

「…笑えませんよ」


…あぁぁ…


「ちょっと、静かにして!」

「なんですか!?」

「いいから静かに!」


 アタシは鎧の聴覚強化補正を最大に引き上げる。


「やぁぁぁぁ…」


(聞こえた!)


「ドヴィー!何かが鳴いてるわ!あっちよ!」

「分かりました!」

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