第17話 単眼族救出作戦

「なぜ魔犬族でもない単眼族が…」

「今はそんなこと、どうだっていいでしょ!」

 

 荷車から這い出た数人の単眼族はオタオタと走り出したものの、あの速度では間違いなく土砂に飲み込まれてしまうだろう。


「ドヴィー!魔法でなんとかならないの!?」

「無理ですよ!」

「そうだっ!飛竜の高速移動魔法を使えば…」

「ダメです!すでに飛竜の魔力は底をついています!これ以上魔力を使えば、飛竜の命にかかわります!」

「…そんな」


 こうしている間にも溢れ出る土砂はさらに勢いを増し、洪水のように噴きあがっている。

 先に逃げたコボルトたちも救助に行くようなそぶりはない。


(…ダメかも)


ざわり…


 周囲を心地よい風が吹き抜ける。


バフンッ!


「えっ!止まった!?」


 落下していた土砂が、下から何かに弾かれた。


「これって…ドヴィー!行くわよ!」

「陛下!お待ちください!危険です!」


 無理矢理ドヴィーの飛竜に飛び乗る。


(…もう限界なのはわかるけど、お願い!)


 アタシの念話に応え、飛竜が羽ばたく。

 もちろん、高速移動魔法は使っていない。


「危なくなったらすぐに逃げますよ!」

「分かってるわ!その時はアタシを置いてっていいから!」

「陛下も一緒に逃げるのです!」


 土砂が弾かれている位置に近づくにつれて、ようやくその原因が見えてきた。


「やっぱり、ネルよ!」


 土砂の真下にネルを見つけた。

 ネルの周囲には巨大な竜巻が何本も渦巻き、その竜巻が上から落ちてくる土砂を食い止めている。


(すごい…これが聖霊魔法なの?)


 しかし、上空からは止まっているかのように見えていた土砂も、実際には降下のスピードが弱まっているだけで、ネルは土砂に押されてゆっくりと降下している。

 さらに、溢れ出てくる新たな土砂はネルが受け止めている土砂の上にどんどん積み重り、その重みを増し続けている。


「ネル!大丈夫なの!?」

「あ?魔王サマかよ…大丈夫なわけねーだろ…なんとかしてくれ」

「ゴメン!アタシ、斬撃しかできないから…」

「っち、魔王サマなのに頼りねーな…それより下が見えねぇ。あいつらは避難したか?」


 下に目をやれば、全力で走っている単眼族が見える。しかし、あのスピードではまだ時間がかかりそうだ。


「ドヴィー!」

「分かっています!飛竜隊、続け!」


 ドヴィーは追ってきた飛竜隊と共に単眼族の救出に向かった。


「魔王サマ、あんたは行かねぇのか…って、おいっ!」


 ネルを後ろから抱きかかえる。


「アタシの飛竜はアンタに貸したままでしょ!それよりもアタシが支えてあげるから、浮遊に使ってる分の魔力を全部アレに使いなさい!」

「っけ、無茶すんじゃねーよ!巻き込まれて死んでも知らねーぞ?」

「もう、素直にありがとうって言えないワケ!?」

「…それより、悪かったな」

「なんの話よ?」

「せっかく、俺に票を入れてくれたのに騙しちまってよ」

「なによ、急に気持ち悪いわね。それはまぁ、確かにショックだったけど。今はそれどころじゃないでしょ!って、ちょっと!なんか落ちる速度が上がってるわよ!」

「…所帯が大きくなっちまってな…これまでのシノギじゃ、手下どもを食わせていけなくてよ…借金もどんどん増えちまって」

「なに弱気になってんのよ!そんな話、後でいいでしょ!」

「…でも今回の稼ぎがあれば…アルの旦那にも」

「え、アル?アンタにこの討伐を任せたことに関係があるの?」

「さぁ、どうだろうな…クソッ…下の様子はどうだ…」


 下を見れば、ドヴィーたちが単眼族を掴み上げているのが見えた。


「もう大丈夫よ!アタシたちも早く脱出す…きゃっ!」


 急に土砂の落下速度が速まった。

 いや、もう土砂は何の抵抗もなく落下してくる。

 土砂を止めていた風が消えてしまったからだ。


「やばっ!」


 ネルを抱えたまま下に向かって急降下する。

 滝のように落ちる土砂が背後から迫ってくる。


「ちょっと!ネル!急に何なのよ!」

「すまねぇ、魔力が尽きちまった…」

「それなら、もっと早く言ってよ!バカ!」


 もう少し逃げるのが遅れていたら、土砂に飲み込まれてしまっていた。

 いや、今でもピンチであることに変わりはない。

 落下する土砂はすぐ後ろに迫っている上に、地面までの距離もどんどん縮まってきているのだ。


(このままじゃ、潰されちゃう!)


 この土の量だ。

 仮に鎧の力で衝撃から守られたとしても窒息死してしまうだろう。

 鎧は酸素までは与えてはくれない。

 それに鎧に守られていないネルは…


(なんとか土砂から飛び出ないと…)


 しかし、土砂の落下スピードが速すぎて、横に飛ぼうものならすぐに土砂に巻き込まれてしまう。


(やばい…これ、詰んだかも)


ざわり…


 周囲に風が渦巻く。


「まだ魔力が残ってたの!?」


 少しでもネルに魔力があるのなら、まだ可能性はある。


「…しかない…」

「え、なに?なんて言ったの!?」

「アイツらを頼む!あと、アルに…」

「待って!」


バッヒューン!


「ネル!!!」


 ネルの風魔法でアタシは横方向に吹っ飛ばされた。


「きゃぁぁぁ!」


 その勢いで地面に何度もぶち当たりながら転がる。


ガン!ガン!ゴン!


 考える余裕もなく、すぐに雪崩れ込んできた土砂に飲み込まれてしまう。


「くっ!」


(脱出しなきゃ!生き埋めになっちゃう!)


 なんとか浮遊魔法で土砂から飛び出ようとする。


「かっ!」

 

 しかし、迫る土砂のスピードは早く、ようやく土砂から飛び出ても、すぐにまた飲み込まれてしまう。


「ぐっ、次から…次へと…ごほっ!」


(やばい、アタシの飛行速度じゃ…)


「ギャァァァァ」


ガシッ


 急降下してきた桜丸の足に掴まり、ようやく土砂を抜け出すことができた。


バサッバサッ


 飛竜の羽音がこんなに安心できたことはない。


(…ありがとう)


 心配して駆けつけてくれたんだろう。

 自分も土砂に巻き込まれてしまう可能性もあったのに、本当に優しい子だ。

 

(…それにしても、本当にギリギリだったわ)


 桜丸もそうだが、もしあそこでネルが助けてくれなかったら、アタシは地面に叩きつけられて圧死、もしくは窒息死していただろう。

 

(でも、ネルは…)


 アタシの眼下では、土砂が作り出した巨大な湖がゆっくりとその範囲を広げ、そこに降りそそぐ土砂の滝が作り出す轟音が響いている。

 アタシにはただ茫然と土砂の滝つぼを見つめることしかできなかった。


「陛下!無事でしたか!」

「…なんとか…でも、ネルが…」

「話は後です!上を見てください!」


 流れ出る土砂はさらに膨れ上がり、アタシたちの頭上にも迫っていた。

 アタシたちは急いでその場を離れた。


◇ ◇ ◇ ◇


 溢れ出る土砂に為すすべもなく、とりあえず黒狼部隊と合流したのだが、ここで問題が起こった。


「お頭ー!」

「ネルの旦那!」

「なんでだよー!」


 悲しみのあまり放心状態で立ち尽くすものや、地面を殴りつけているものもいる。


「ネルもなかなか人望があったようですね。私も部下がいるものとして嫉妬さえ感じますよ…」

「アタシ、なんとなくコボルトたちの気持ちが分かるかも。ネルと最後に話したとき、アイツ、ずっと仲間のことを心配してたわ。それにアタシを見捨てれば、自分は助かったかもしれないのに…」

「そうですか…そんなことが」

「それにしても、魔犬族が排他的って間違いなんじゃないの?」


 集まった黒狼部隊の面々を見渡せば、単眼族以外にも別の種族がちらほらと見える。

 おそらく単眼族のように屋根付きの荷車の中で作業をしていたのだろう。


「私も気になって単眼族に聞いたのですが、ネルが彼らを引き入れたようですね…」

「そう…それで、お金が必要になったってことか」

「なんのことですか?」

「まぁ、全部終わったら話すわ」


(でも、なんでネルは他部族を仲間にしたんだろう…)

 

ゴゴゴゴゴゴゴ…


「グゥオオオオオオオオオ!」

「この声って!」


 突然、地中からドレイクが這い出てきた。


「に、逃げろぉぉぉ!」


 急にドレイクが現れたために、コボルトたちはパニック状態になってしまう。

 非戦闘員も多く、兵士のほとんどは武器を持っていない。


(まだ出てくるの!?寝てなさいよ、まったく…)


「ドヴィー!アイツの動きを止めて!2秒でいいわ!」

「お任せください!」


 アタシは地面を蹴り、ドレイクの頭上を飛び超える。


『氷繋土よ』


 後ろからドヴィーのマジックスペルが聞こえる、と同時に這い出たばかりのドレイクの手足が氷に包まれる。


「グギャァァ!」


 拘束されたドレイクは首を振り回しながら体を動かし、氷を割ろうとしている。

 

ピキッ!

パキッ!


 次々と氷に亀裂が入る。

 今にも砕けそうだ。

 

ざぁぁぁ!

 

ドレイクのアゴの下に滑り込み、抜刀の構えをとる。


『魔重斬撃』


 直上に向かって放たれた重い斬撃は、ドレイクの下アゴを斬り飛ばす。


(もういっちょ!)


タンッ!


 地面を激しく蹴り、上アゴだけになったドレイクに目掛けて突っ込む。


『魔重斬撃:凰翔』


ズバンッ!


 跳躍力が斬撃に加わり、さらに重くなった魔重斬撃がドレイクの上アゴを切り飛ばした。

 血しぶきを上げながら真っ赤な虹を描いたドレイクの上アゴは、逃げようとしてたコボルトたちの目の前に落ち、彼らの前を静かに転がった。


ゴロゴロゴロ…


「よっと」

「お帰りなさい」


 ことを終えたアタシは再びドヴィーの隣に戻った。


(もしかしたら、ドヴィーと連携したほうが早いかもね。ドヴィーの魔力消費も少なくて済みそうだし)


『…』

「なによ?」


 コボルトたちは驚いた表情のまま、目をぱちくりとさせている。

 しばしの沈黙の後、突如、コボルトたちはアゴを地面にこすりつけるようにひざまずいた。


「お頭!」

「お頭!」

「お頭!」


(え、どういうこと?)


 理解が追い付かないアタシはドヴィーに目で訴えた。


「コボルト族では最も強いものがリーダーになります」

「…だから?」

「今の戦いを見て、陛下をリーダーと認めたのでしょう」


(な、なにぃぃぃぃぃ!)


「ちょっと!アタシ、そんなの…」


がしっ


 ドヴィーがニコニコしながらアタシの肩に手を置く。


「まぁ、これで彼らも陛下の命令に従うでしょう。ドレイク討伐が捗ります。お頭、がんばってください」


(お頭って言うな!!!)


 この件についてはドレイク討伐が終わってから正式に辞退するとして、とりあえず、今はドレイクとあの土砂をなんとかしなければならない。


「…ん?」


 土砂の様子がおかしい。


「ドヴィー、あの土砂、止まってない?…ん?違うわ!逆流してるのよ!」


 時をさかのぼる砂時計のように、地上の土砂が空に戻っていく。

 そして、空に昇った土砂は消えることなく上空に留まり続け、


「龍…?」


 土砂はやがて巨大な龍に姿を変えた。


「か、禍災龍(かさいりゅう)です!!!」


 ドヴィーが焦りの声を上げた。


「なによそれ!?」

「老龍ですよ!禍災龍の二つ名を持つ、テラ・テオラです!」

「なんなのよ、それ!?知らないわよ!でも老龍ってことはヤバいのよね!?」

「ヤバイなんてものではありません!魔王記に記録されている被害でいえば、老龍の中で最悪です!」

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