第15話 対立
「―誰ダ!何シテル!?」
「っひ!」
ガンッ!
いきなり怒鳴られたせいで、おもいっきし机に頭をぶつけてしまった。
(…鎧を着たままでよかった)
「いえー決して怪しいもんでは…」
「おや、これは、これは陛下ではないですか。軍事会議に参加とは珍しい…」
照れ隠しに頭をカキカキしながら立ち上がると、飛び出た腹をさするオークロードとその側近のゴブリンウォリアーがいた。
この上品な口調とビジュアルがまったく一致していないオークロードは、白鬼部隊の部隊長ルージだ。
白鬼部隊はオークの他にもゴブリンやトロールなどの種族から編成されている。
「…陛下カ…許セ…」
この愛想もへったくれもないゴブリンウォリアーは白鬼部隊副隊長のティムだ。
ちなみに前にも話したが、ゴブリンは敬語を話さない。
なのでティムがこんな感じなのは、決してアタシの魔王としての威厳がないからとかではないので、あしからず。
「…全然大丈夫なんで」
(はぁ…やっぱり会議は嫌いだな。気持ち悪くなってきた。とりあえず外の空気でも吸おう…)
一息つくためにバルコニーに出る。
ドシッ!
「あへっ!」
勢いよく飛びこんできた巨大な”なにか”に吹っ飛ばされた。
グルン、グルン、グルン、バン!
激しく数回転してから、アタシは部屋の入口近くの壁に叩きつけられた後、ゆっくりと床にズリ落ちた。
「陛下、何しているんですか?」
床で仰向けに倒れているアタシをドヴィーが呆れた顔で見おろしている。
(なんなのよ!砲弾でも飛んできたの!?)
「いったーい!」
バルコニーから大声が飛んでくる。
「変な虫に刺されちゃったよー」
アタシを虫と勘違いしているのは、赤鳥部隊の部隊長でハーピークイーンのブリアだ。
(相変わらず化粧が濃い…)
普通のハーピー族は、手足が鷲になったヒト族といった感じの容姿をしているが、ハーピークイーンのブリアは容姿は普通のハーピーと変わらないものの、身長は二階建ての家ほどある。
そして、低身長のアタシにとっては理解しがたいことだが、ブリアはその高身長がコンプレックスらしい。
(まぁ、アタシもそんなに高くなりたいとは思わないけどさ…)
「ブリア!虫じゃなくてアタシよ!ヴァレよ!人を吹っ飛ばしといて、よく虫呼ばわりできたわね!」
「あれ?ヴァレヴァレじゃん?なんで怒ってるの?」
「だから、アタシを吹っ飛ばした上に虫呼ばわりしたからよ!」
「違うわよー!ワタシは虫に刺されたのー!」
「だ・か・ら!アタシなの!アンタにぶつかったのは!」
「え?ヴァレヴァレって虫なの?」
(あああぁぁぁぁ!)
いっつも彼女はこうなのだ。
全然話がかみ合わない。
(…まぁ悪い子ではないんだけど)
「ヴァレ…遊んでいる暇はないぞ!」
「…はい」
しょぼーん
皆の前で転がされた上に、アルに怒られた。
死霊のようにソロリと席に座る。
(…泣きたい…死にたい…石になりたい)
皆が席に着くが、ブリアは大きすぎるのでバルコニーから覗いている。
部隊長は全員揃っていないようで、席は半分も埋まっていない。
「時間がないので手短に話す」
会議はアルの一声からはじめられた。
「ドレイクが目覚めた。しかも50体を超えるらしい。早急に討伐しなければ周辺の村々に被害が出ることは確実だ。討伐軍を編成する。編成案については、ドヴィーから提案がある」
アルがドヴィーの方を見る。
「現在、半数以上の部隊がド国との国境付近に展開しています。そのため、これ以上城の兵力を減らすわけには行きません。そこで…あーその前に、今回の討伐には陛下が参戦していただけることになりました」
「おぉ」
全員から驚きの声が上がる。
(これはなんの驚きなんだろ?まぁ、いいけど…)
「そして、討伐軍については龍王国から飛竜軍本隊を…」
ドンッ!!!
「待てっ!」
カカトを机に振り下ろしたのは、黒狼部隊の部隊長でダムド・コボルトのネルだ。
コボルトは犬の獣人なので、顔は犬なのだが、豆蔵のような可愛さは一切なく、むき出しの犬歯をギラギラとさせている。
風の聖霊魔法を使う彼の周りには常に穏やかな風が流れている。
ネルとはあまり話したことはないが、威圧するような態度が嫌で、基本的に近寄らないようにしている。
「アンタの軍だけで解決しますってか、あ?」
(うわー嫌な感じ…)
「その通りです。今回の戦場は非常に広範囲です。魔王軍の中で最も高い機動力を持つ飛竜軍が適任です」
ネルの挑発には乗らず、ドヴィーは淡々と答えた。
「っんな話はしてねーよ!俺が言ってんのは、俺たちにも魔王サマに貢献するチャンスを与えてくれてもいいだろって話だよ!」
「城を守ることも重要な…」
「んなら、てめーの飛竜軍がその重要な城の守りをやれよ。その間に俺がドレイクを討伐してきてやるからよ!」
「飛竜軍は城の守備には向きません。機動力を生かせる戦場でこそ…」
「それなら、俺の黒狼部隊だって同じだろうが!」
バンッ!
アルが激しく机を叩いた。
「…ネル、言葉を慎め…」
「へーい…」
しばらくの沈黙が訪れる。
(アル、怖っ…)
静寂を作ったアルが責任を取るかのように話し始める。
「ドヴィー、確かにアンタの言うことはわかるが、ネルの黒狼部隊は戦闘、特に攻めることに特化した部隊だ。だが幸いなことに魔王国はずーと平和だ。今回のようなことでもない限り、ネルたちの出番は少ない。ネルにやらせてやってもいいと俺は思うが?」
意外にもアルはネルの肩を持った。
(アルの言っていることはもっともに聞こえるけど)
「本当にそれだけの理由でしょうか?」
「…それだけだが?」
(…どういうこと?)
「であれば、そのような小事に気を取られている場合ではありません」
「小事だと?」
アルが立ち上がる。
(アルはネルのことを考えてのことなのに、それを小事ってちょっとヒドイような…)
「こうしている間にもドレイクは暴れ続けているのです。すぐに決を採りましょう」
「っち…」
アルは苛立ちを隠す素振りすら見せず、舌打ちしてからドカリと席に座った。
(…時間がないのはわかるけど、なんか強引…)
「では、飛竜軍本隊を討伐軍とする案に賛成の者は挙手を」
ドヴィーとロコが手をあげる。
「では、ネルの黒狼部隊を討伐軍とする案に賛成の者は…」
手をあげたのはアルだけだ。
(え?…ネルは?それに他のみんなも…)
「では、飛竜軍本隊が二票、黒狼部隊が一票で飛竜軍本隊を討伐軍とするの案に決まりました」
(あ、そっか…)
議決権を持っているのは龍王ドヴィー、獣王ロコ、軍団長アルの3人だけなのだ。
(でも、これって…)
多分、ロコがドヴィーに逆らうことはない。
(これじゃあ、どんな意見を出したってドヴィーの意見が採用されちゃうんじゃ…)
「それでは、すぐにでも…」
「―待て」
立ち上がろうとするドヴィーをアルが引き留める。
「議決権はもう1つあるんじゃないのか?」
「どういうことです?」
「魔王のヴァレも持っているだろう」
「…そういうことですか」
全員の視線がアタシに集中する。
(えっ無理!アタシに票があるなんて聞いてないし!…こんなのどっちがいいかなんて、決められるわけないじゃん)
「うぅ…」
(ってか、猫!ネコ科!今までぼーっとしてたくせに、ここぞとばかりにシタリ顔すんな!アゴに手を置きやがって、なんも分かってないだろ!)
「陛下はどっちに投票するんですか?」
「いや、アタシは…どっちというのも」
「それでは棄権ということでいいですね?」
ドヴィーが詰め寄るように聞いてくる。
棄権でもいいが、それだと二対一でドヴィーの案になるわけだから、ドヴィーに賛成するのと同じだ。
(…アルやネルから恨まれそう)
まだ、どっちに入れるか決めていないが、一つ気になっていたことがあったので確認する。
「ところでさ、機動力ならブリアの赤鳥部隊も負けてないんじゃないの?」
「ヤダよ!疲れてるし…」
バルコニーで寝転がっているブリアが、けだるそうに翼をフリフリする。
「陛下、赤鳥部隊は今朝から運搬任務についていました。休息が必要でしょう」
(あーそういうことか…うーん、どうしよう…あっ!)
ネルの方に一票入れれば二対二になってアタシの票では決まらないはずだ。
(よし!この案で行こう!…どっちがいいか分からないし、責任とりたくないし…)
「それじゃあ、アタシはネルの案に!」
「なっ!」
ドヴィーが驚きの声をあげる。
そして、その表情はすぐに悲しみに覆われた。
(いや、ごめんって…)
だが実際のところ、アルの意見をちゃんと聞かずに多数決で強引に決めようとするドヴィーのやり方は嫌いだった。
(それに、ネルがアタシのために頑張りたいって言ってくれたのは、正直嬉しかったし)
ネルはアタシのことなど、まったく興味がないと思ってた。
「それでは、魔王は議決権を二票分持っておりますので、二対三でネル案に決定しました!」
(な、なにぃぃぃぃぃ!魔王が二票持ってるなんて聞いてないわよ!)
「それでは、アルと陛下はすぐに討伐の準備をしてください」
(えっ、しかもアタシとネルだけで行くの!?ムリムリムリ)
「ちょっ!」
「どうかしましたか、陛下?」
「時間がないと言ったのはアンタだろう?すぐに準備にかかるぞ…」
「まぁ、お待ちください…」
白鬼部隊隊長のルージがアルを引き留めた。
アルはルージを睨みつける。
(怖えーよ…)
しかし、ルージはそれを気に留める様子もなく、腹を掻きながら話しを続ける。
「黒狼部隊が今回の討伐を引き受けるということについては何の異存もありませんが…」
「議決で決まったんだよ!てめぇに異存があっても関係ねーだろ!」
ルージは呆れるように一つため息をつく。
「しかし、先ほどもアル様がおっしゃられたように、ネル様の部隊は実戦経験が乏しい。さらに、この数のドレイク討伐は魔王軍としても前代未聞です。ですのでネル様には少々失礼ですが、正直なところ、とっても不安です」
「っんだと!喧嘩売ってんのか!?」
「…そこで目付け役としてドヴィー様にも参加してもらう、というのはどうでしょうか?」
「はぁ!?いらねーよ!」
「まぁ待て、ネル。ルージの言うことにはもっともだ。ドヴィーはあの森の地理にも詳しい。助けてもらえ」
「でもよ、旦那ー」
「心配するな、今回の”手柄”は討伐軍のもんだ」
「まぁそれならいいけどよ」
(手柄?報奨金みたいなもんかしら?)
「ドヴィー様もそれでよろしいでしょうか?」
「…いいでしょう」
(とりあえず、アタシが一人でネルについていくことだけは回避できたみたいね)
「それでは軍事会議を終わります。ネルは準備が整い次第、行軍を開始してください。私と陛下は先に出発します」
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