第14話 魔王軍団招集

 早く城に戻って風呂に入りたい、じゃなくて、討伐軍を編成したいところだが、ドレイクはそれを待ってはくれない。

 ドヴィーの奥さんや周囲の村々の避難を先にしておく必要がある。

 飛竜を休息させる必要もあるので、とりあえずドヴィーの家に行くことになった。


「アンタ!どういうことなの!?ティオは?」


 まだ飛竜も降り立っていないうちに、ドヴィーの奥さんが騒がしく家から出てきた。

 奥さんを見るのは初めてだが、ドヴィーにはまったく不釣り合いな美人で、まさに良妻賢母を体現したような女性だ。


(ドヴィーのやつ、女性にまったく興味ないですみたいな顔してるくせになかなかやるわね…) 


「落ち着け、エマ!ティオは城にいるから大丈夫だ!」

「ママー!!!」


 飛竜が着地するなり、ラナはエマさん(母親)のもとに走っていった。


「…ラナ…まぁ、アナタは大丈夫だよね」


 しかし、エマさんは手をラナの頭の上に置いただけだった。


(それだけ?あんなにティオのことは心配してたのに…)

 

 その後、エマさんにドレイクのことを話し、すぐに避難が必要なことと、アタシたちも今から城に出発しなければならないことを伝えた。


「なんだい、すぐにもどっちまうのかい?いつもアンタが世話になってる飛竜隊の皆さんに、夕食でも振る舞いたいところだったんだけどねぇ…」

「ああ…ゆっくりしている時間はない。すぐにでも城に戻る」

「そうかい、なら仕方ないわね…あら、飛竜隊に女の騎士さんがいるなんて聞いてないよ?」

「いえ、アタシは飛竜隊では…」

「エマ、この方は魔王ヴァレンティーナ・セレモーヴィエ様だ」

「し、し、失礼しました!陛下!」

「い、いえいえ、お気になさらず!…いつも引きこもってるアタシが悪いので!」

「陛下のおっしゃる通りだ。気にしなくていい」


 優しそうな奥さんの表情がみるみるうちに鬼の形相に変わる。


「アンタ!なんで早く言わないんだい!それになんだい!陛下に向かってその言い方は!」


ドスッ!


「ぐあっ!」


 ドヴィーの肩に奥さんのグーパンが叩き込まれる。


「いや、別に…紹介するほどでも」

「バカ!!!!」


ドスッ!


「がぁっ!」


 逃けようとするドヴィーの背中にさらにきついグーパンが叩き込まれた。


(なるほど…ドヴィーはこういう感じが好きなのか)


「陛下!なにニヤニヤ見てるんですか!」

「いやいや、そんな、ざまぁ!だなんて思ってないっす!」


(ざまぁ!ざまぁ!ざまぁ!)


「アンタ、また陛下に向かってそんな口のきき方して!」


ドスッ!


「ぐあっ!」

 


◇ ◇ ◇ ◇


 その後、少しの休憩を取ってから、アタシたちはドヴィーの家を離れた。

 ただし、城に戻るのはアタシとドヴィーだけで、飛竜隊の方々は周囲の村々の避難誘導へと向かった。

 ちなみに、体についたドレイクの胃液やなんかは川でエマさんが洗い流してくれた。

 エマさんには、


「ティオ君も城にいますし、一緒に行きますか?」


 と聞いてみたのだが、


「私たちは隣町まで馬車で行きます。ティオも城にいるのなら心配ありません。私たちのことよりも今は一刻も早く魔王国のために城へお戻りください」


 とのことだった。


(…本当にしっかりした奥さんだったな)


 それはそうと、さっきからドヴィーがなんか暗い。


(ラナちゃんは無事だったのになんでだろ?…あー家畜が逃げたからね…相当、大事にしてたから)


「ドヴィー!それにしても、ドレイクなんて初めて見たわよ!あんなデカい家畜飼ってるなら最初に言ってよね?」

「冗談はやめてください。あんなもの飛竜が食べるわけないでしょう」


(まったく、冗談の通じないヤツ…元気づけてあげようっていう、アタシの優しさがわかんないのかしら?)

 

「それにしても、なんでドレイクは起きちゃったんだろーね?今って睡眠期のはずでしょ?」

「ええ、今は睡眠期です。しかし、地震などでドレイクが起きてしまうことは過去にもありました。ただ、こんなに多くのドレイクが目覚めたという記録はありません。せいぜい1~2頭です」

「そうなんだ。でもさー、どーせ10年おきに目覚めるんでしょ?なら、今倒しておけば、次は楽よね?」

「いえ、ドレイクは魔獣とはいえ、本来は大人しい草食生物です。睡眠から目覚めても討伐する必要はありません」

「いやいや、めっちゃ凶暴だったわよ!?それに草食って嘘よ!アタシ、二回も食われたんだから!」

「それは睡眠期に起こされたドレイクだからです。眠りを妨げられたドレイクは、凶暴な上に魔力摂取のために肉食になってしまうのです。なので討伐軍が編成されるのは睡眠期のドレイクに対してだけです」

「なるほど、そういうことね。…ところで、この数のドレイクを討伐するのは初めてって言ったわよね」

「はい」

「それって大丈夫なの?」

「わかりません。だから考えているのです」


(それでか。家畜がいなくなって落ち込んでたんじゃなかったのね…)


「どちらかと言えば、問題はドレイクよりも城の守りです。現在、城兵の数は半数に減っています。その上、討伐軍を編成するとなると城の守りはかなり手薄になってしまうでしょう。もし襲撃でも受けたりでもしたら」

「ド軍に?」

「何を言っているんですか?冥王軍に決まっているでしょう」


(あ、そっちか。このドヴィーは勇者やド軍の明日の襲撃については何も知らないんだった)


 ところで、なぜドヴィーが冥王軍の襲撃を警戒しているのか。

 実は、地下の冥王城にいるリリアスとダリスが謀反を企てているという噂があるからだ。

 といっても、根も葉もない噂というワケではない。

 なぜなら、リリアスは一度、過去に謀反を起こしているからだ。

 フシミオースの戦いの後、征魔派将軍クヴェートが処刑されたことはすでに話したが、処刑の間際、彼の口から魔王国側の協力者の名前が暴露された。

 そして、その人物こそ、当時の冥王、リリアスだったのだ。

 そのことを聞いた父上はクヴェートの暴露をまったく信じず、リリアスを庇い続けたようだが、冥王城から証拠品が次々と見つかってしまい、最後には庇いきれなくなったらしい。

 そして、幹部会議の結果、リリアスはダリスと共に冥王城に幽閉されることとなってしまった。


「でもさー、ゲートは閉じられてるし、リリアスや兄上の魔法は封印されてるんでしょ?心配し過ぎなんじゃない?」

「相手はあの冥王リリアスです。フシミオースの戦いでも、リリアスは地下にいたまま全ての計画を実行していたんですよ?警戒するに越したことはありません。それに…」


 ドヴィーの目が鋭くなる。


「…一応耳に入れておきますが、ミルグンドがド軍の将軍になりました」

「えっ!」


 ミルグンドというのは、処刑された将軍クヴェート・フライシャークの息子のミルグンド・フライシャークのことだ。


「クヴェートの処刑後、島流しになったって聞いてたけど、戻って来てたのね」

「はい。しかも、一緒に島流しになっていた征魔派の軍人たちも一緒です。さらに、それに呼応するかのように次々と色々な出来事が…」


 ドヴィーは大きなため息を一つついた。 


「とにかく、あまり多くの戦力を討伐軍に割けない以上、我々が頑張るしかありません」

「…へい、へい」


(あっ…すっかり忘れてたけど、一回目に死んだときにドヴィーが城にいなかったのって、ドレイクの討伐に行っていたからかも!?)


  アタシはずっと部屋に引きこもっていたわけだから、あの数のドレイクをドヴィーと軍隊だけで討伐するとなると、明日の夜までかかっててもおかしくはない。


 (…その時はラナは大丈夫だったのかしら)


「クワッ?」


 アタシの気持ちが伝わってしまったのか、飛竜が心配そうにアタシを見ている。


(大丈夫よ…心配しないで)


「まぁ、今回は助かってるんだし、気にしないでいっか」

「何か言いましたか?」

「な、なんでもないわ」

「…それにしても、その飛竜、やけに陛下に懐いていますね」

「そーなのよ、ずっとアタシについてきてくれてて。この子、名前はなんていうの?」

「桃色008ですね」

「え゛!なにそれ、全然可愛くないし!」

「龍王国には千頭以上の飛竜がいますからね。管理のためにこのような名前になるのは仕方がないのですよ」

「うーん…じゃあ、この子は今日から桜丸ね」

「勝手に決めないでください」

「クァ、クァ」

「この子も嬉しそうよ!はい、決定!あっ、城発見!」


(我が聖地!引き籠りの園よ!私は帰ってきた!)

 

 この魔王城はこの辺りでは一番高い山を大昔にルーシア様が繰り抜いて作ったらしい。

 周囲を険しい山の斜面に守られていて、3つの門に続く細い山道以外からは侵入することはほぼ不可能だ。

 大陸で最も攻略が難しい城と呼ばれていて、まさに引き籠るには最適の城といえる。

 

(案外、この引き籠り気質はルーシア様譲りなのかもね)


 城に到着したアタシたちは飛竜舎ではなく、直接、魔王城の中庭に舞い降りた。


「ラナは大丈夫だったのか!?」


 心配そうにアルが城から飛び出してきた。

 後からミラとティオも現れた。


「ラナは無事です。それよりも、部隊長たちを集めてください!ドレイクが大量発生しました!50体以上はいます!」

「ドレイクが50も!?…わかった!すぐに招集する!」


 ティオがドヴィーに走り寄る。


「ティオ、また後でな…ミラ、この子を頼みます」

「はい」


 ドヴィーはティオの頭を軽く撫でると、慌ただしくアルと一緒に城の中に入って行ってしまった。


(アタシは空気ですか?)


「ヴァレおねぇちゃん、ラナを見つけてくれたの?」

「ええ、ラナのことは心配ないわ。今はお母上と一緒に近くの町に避難してるから心配しないで」

「よかった…」

 

 そういって、ティオはアタシの手を握った。


(…ティオの手、震えてる)


「ママ、怒ってた?」

「ん?全然怒ってなかったわよ?それよりもティオのことをとっても信頼してたわ。ティオならお城で一人でも大丈夫だって」

「…」


 ティオはアタシの手をパッと離した。

 そして、胸を張りながら、


「そうだ!僕は大丈夫!」


(ふふ、可愛いやつ)


「ミラ、色々あったけど、たまには外に出るのもいいもんね。今度はミラも一緒に出かけましょ!」

「…はい」


 ミラはニヤニヤと満足そうな顔をしている。


(なによ…引きこもりが急にやる気を出したときの母親みたいに)


「さぁーて、とりあえず3人で部屋に行こっか!ドヴィーたちの会議が終わるまですることないし」


(…お風呂も入りたいし)


「おい!ヴァレ!」


 城から戻ってきたアルに引き止められる。


「お前も会議参加だからな。会議室に先に行っていろ!」

「え…ちょっと!」


 アタシの返事も聞かずにアルはそそくさと城に入ってしまった。


「それではヴァレンティーナ様、お食事を用意しておきますね。ティオ君、お手伝いしてくれる?」

「いいよー!」

「それでは失礼します」


 アタシを残し、ミラとティオも城に入っていった。


(なによ!なによ!みんなアタシの話も聞かずに…うぅ、会議出たくないよー!)


 川で洗ったとはいえ、体の匂いが気になる。

 風呂に入って着替えたいところだけど、どうせまたドレイク退治に行くのだ。

 アイツらと戦ったら、また胃液や血液まみれになるだろう。

 

(もう、どうでもいいわ)


シュタッ!


 アタシは地面を蹴って飛び立ち、城の中頃の高さにある作戦会議室のバルコニーに着地した。

 もちろん、まだ誰もいない。

 

(最近、ここばっかり来てる気がするな…)


 ここはアタシが死ぬたびに目覚める縁起がいいのか悪いのか分からない部屋だ。

 

(そーいえば、この部屋を調べたことはなかったわね。もしかしたら、何か死に戻りの手がかりがあるかも…)


 部屋を見渡して、怪しそうな場所を探す。


(まぁ一番怪しいのはアタシが目覚めるあの椅子の周りかしらね…)


 四つん這いになって椅子の下やら机の裏やらを調べる。


ガチャ


 しばらくすると誰かが部屋に入ってきた。


「…まだ…女の手がかり…いのか…」

「…マダ…ナイ…」

「…急げ…はあまり…」

「―誰ダ!何シテル!?」

「っひ!」


ガンッ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る