第13話 地龍、地龍、地龍

 真っ暗で何も見えないが、アタシは現在ドレイクの食道を降下中である。

 外に出ようと試みたものの、粘液のせいで足が滑ってしまう。


「うりゃ!おりゃ!」


 身体強化された正拳突きを何発か放つが、食道の弾性と粘液のせいで拳の力は吸収されてしまい、傷をつけることすら出来ない。

 さらに、波打つ食道のせいで、こうしている間にも奥へ奥へと流されてしまう。


(…魔剣さえあれば切り裂けたのに)


 胃液の匂いが鼻を突く。

 かなり強力な酸なのだろう。


(もし鎧が無かったら今頃は…いや、考えないでおこう)


 そんな姿を想像したくないし、このまま悠長にしていれば魔力が尽きて同じ結果になってしまうだろう。

 何か出る方法はないか、自分にできることは何かと必死に考える。


(そっか、浮遊魔法を使えば…ん?)


 突然、波打っていた食道が動かなくなった。

 一瞬、体が浮くような感覚に囚われる。


(あれ?…まだ浮遊魔法は使ってないのに)


ドスンッ!


「キャッ!」


 ドレイクの体内が激しく震えた。

 おそらくドレイクがぶっ倒れたのだろう。


(もしかして、食後の昼寝?…なら、チャンスね)


 ここぞとばかりに、浮遊効果を使って食道の中を口に向かって進んでいく。


(…気持ち悪い)


 胃液の匂いで吐きそうになる。


(…でも胃液が溶岩酸じゃなくてよかったわ)


 なんとか口まで到達したものの、出口はドレイクの歯でがっちりと閉まっている。


(…最後まで鬱陶しいわね)


「んっしょ!」


 重いドレイクの口を開けて外に這い出る。

 本当は歯を叩き割って出てやろうかと思ったが、これで起こしてしまっては面倒だ。

 

(…あれ…死んでる)


 外からドレイクの顔を拝んでみれば、白目をむいて死んでいた。

 どうやら眠っていたのではなかったようだ。

 

(どういうこと?…なんで死んで…)


「あっこいつか」


 アタシはドレイクの足裏に突き刺さったままの魔剣を引き抜いた。

 ポニーテール男につき刺したときにも説明したが、魔剣は触れたものの魔力を食う。

 それもハンパない量を。

 このドレイクも魔剣に魔力を全部吸われてしまったのだろう。

 もちろん、普通は魔力を吸われても死ぬことはない。

 しかし、魔獣の場合は魔力=生命力みたいなものなので、死んでしまったんだと思う。


(…とりあえず、結果オーライね)


 しかし、ゆっくりしている暇はない。

 すでに日も落ちかけている。

 森にいる魔獣はドレイクだけではないのだ。

 早くラナを探さなければ。


「グゥオオオオオオオオオ!」

「えっ!」


 聞き覚えのある咆哮とともに、新たなドレイクが地面から這い出てきた。

 それも三頭も。


(…ちょっと…三頭同時って)


「おねぇちゃん!!!」

「えっ、ラナ!?」


 振り向けば、ドレイクに踏み倒された木々の向こうにラナが立っていた。


(無事だったのね!)


 しかし、かなり距離がある。

 ラナは少し大きな木の陰に隠れながら、こちらを心配そうに見ている。


「ラナ!動かないで!すぐに行くから!」


 そう言うなり、アタシは地面を蹴って飛び立つ。

 

(よかった、見つかって…)


「グゥアオッ!」


 地面を離れて間もなく、地中から突然現れたドレイクにアタシは下から噛みつかれた。


「くっ!」


(まだ出てくるの!?)


 回避が間に合わず、下腹部にはドレイクの歯ががっちりと突き刺さっている。

 上半身だけがドレイクの口から出ている状態だ。


グルン!グルン!グルン!


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」


 嚙みちぎろうとするドレイクにブンブンと振り回される。


(今日はいったい何なのよ!こんなのばっかじゃない!)


「いい加減にしろ!!!」


 アタシは魔剣をドレイクの鼻先に突き刺した。


「ギャァァァァ!」


 絶叫をあげたドレイクの口が緩む。

 その隙に前歯によじ登り、その前歯を蹴る。


バキッ


 踏み台になったドレイクの歯が粉々に割れる。

 アタシは空中で一回転し、


『魔重斬撃』


ズバン!


 ゼロ距離から放たれた斬撃はドレイクの開いた口に直撃し、数本の歯と舌を切り飛ばした。

 口の筋肉も切れたのか、ドレイクの下顎が力なく垂れ下がる。


(まだよ!)


 そのままの勢いでアタシは体をコマのように回転させ、


『魔重斬撃:追』


 一閃目の勢いを横回転に利用した追撃技だ。

 遠心力によって一閃目よりも攻撃力はブーストされる。


ズバン!


 ドレイクの頭の上半分が宙を舞った。


ズシンッ!


 頭部が半分になってしまったドレイクは力なくそのまま倒れ込む。

 横たわったドレイクはピクピクと数度痙攣してから動かなくなった。

 一匹目にはかなり手こずったものの、だんだん倒し方は分かってきた。


(…まぁ、一日に二回もドレイクに食われたのは歴史上、アタシが初めてかもね)


「グゥオオオオオオオオオ!」


 聞き覚えがありすぎる咆哮が地中から聞こえる。


「…嘘でしょ」


 さらに五頭のドレイクが地中から現れた。


(次から次へと、なんなのよもう!)


ズダンッ!


「やばいっ!」


 叩き下ろされた尻尾攻撃を体をひねってかわす。


(…そういえば、後ろにもいたんだった)


 完全に囲まれた。

 浮遊魔法がなければもう終わっていただろう。

 アタシを囲んだ八頭のドレイクが舌なめずりをしている。


(こいつらがイケメンだったら、悪くないシチュエーションだったかもね…なんて冗談いってる場合じゃないか)


 すぐに上空に飛び上がり、ドレイクの包囲から抜け出す。


(コイツらを倒すのは後。先にラナを助けなきゃ)


 ドレイクたちを飛び越え、ラナに向かって全速力で飛ぶ。 

 八頭のドレイクは物欲しそうに空を飛ぶアタシを追ってくるが、ドレイクの移動速度はやはり遅く、どんどん距離が離れていく。


(アイツらの足が遅くて助かったわ。まぁ、色々あったけど、なんとかラナを無事に…)


「グゥオオオオオオオオオ!」

「えっ!」


 ラナのすぐ近くの地中から一頭のドレイクが這い出てきた。


(いったい、何頭出てくんのよ!)


「きゃぁぁぁぁぁ!」


 驚いたラナが叫び声をあげてしまう。

 突然足元から発せられた叫び声に、ドレイクが驚く。


「ガゥオオオオ!」


 ラナを敵と認識したドレイクの胸が赤く光りはじめる。


「ラナ、逃げて!溶岩酸がくるわ!」


 ラナがいる場所まではまだ距離がある。

 ここからでは斬撃は届かない。


「ラナ!早く逃げるのよ!」


 呼びかけも虚しく、ラナはその場を動かない。

 おそらく、恐怖のあまり体が硬直してしまっているんだろう。

 そうこうしている間に、赤く光る部分がドレイクの口付近にまで到達した。

 ドレイクの口が大きく開く。


(…ダメだ…間に合わない)


『死者の亡骸に別れを』


 ラナの目の前に土壁がそびえたつ。


(土魔法!?)


 ドレイクの口から放たれた溶岩酸はその土壁に叩きつけられ、ジュウジュウと音を立てながら地面に流れ落ちていく。

 攻撃を防がれ、怒り狂ったドレイクは土壁を叩き壊そうとその強靭な前足を振り上げる。

 あの土壁ではドレイクの攻撃は防げないだろう。


(危ない!)


 まさにその瞬間、ドヴィーを乗せた飛竜が急降下し、ラナをすくい上げた。


「か、間一髪ね…」


 上空でドヴィーと合流する。


「陛下、ありがとうございました」

「それより、ラナは大丈夫なの?」

「…」


 ラナは何も言わずに下を向いたままだ。

 まだ恐怖に怯えているのだろう。

 当然だ。

 むしろ、泣いていないことの方が驚きである。


「とりあえず、怪我はなさそうです」

「…そう」


 バサッ!バサッ!


「陛下!ご無事で!」


 飛竜隊たちも合流した。


「クルルルルゥ」


 桃色の飛竜がアタシに顔を擦り付けてくる。


(アナタ…ティオをちゃんと届けてくれたのね…ありがとう)


 飛竜を撫でながら、アタシはドヴィーに尋ねる。


「それで、こいつら…どうする?」


 アタシたちは眼下に広がる夜の森を見下ろした。


「グゥオオオオオオオオオ!」


 森のあちこちで木々が倒れ、次々とドレイクが地中から這い出てきている。

 ざっと見ただけでも三十体はいるだろうが、その数はまだ増えている。


「この数を私たちだけで討伐するのは不可能ですね」

「じゃあ、軍を動かすのね?」

「はい。城に戻って討伐軍を編成しましょう」

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