第12話 目覚めたモノ

「…ラナが…ラナが…」


 ティオは気が動転していて会話ができない。


(落ち着かせなきゃ…)


 アタシはティオを抱きしめ、背中をポンポンと叩いた。

 幼い頃、父上がよくしてくれていたのを思い出したからだ。

 肩で息をしていたティオの呼吸が少しずつ落ち着いていく。


「…ラナがいなくなっちゃったんだ」

「何があったの?」

「…柵が壊れてたんだ、牧場の柵が。…それで動物が逃げちゃって…だから、ラナと動物を探しに行ったんだけど…そしたら、ラナがいなくなって」

「壊れた柵はどこ?」

「…あっち」


 ティオは牧場の北側の森を指さした。


(…最悪だ)


 昼間は比較的静かな森も、夜になれば夜行性の魔物が徘徊しだす。

 だから、腕のある冒険者であっても、夜の森には近づかない。


(…太陽が沈むまで、だいたい二時間くらいか)


 アタシはティオを心配させないように、気を使いながら言葉にする。


「ティオ、よく伝えに来てくれたわね。ありがとう。でももう一つお願いしたいことがあるの」

「…なに?」

「城に戻ってお父さんにこのことを伝えて欲しいの」

「…でも…お城まではどうやって」


 ピィィィィィ!


 アタシは指笛を鳴らした。


「ギヤァァァー---!」


ドスンッ!


 指笛に応えた飛竜が目の前に降り立った。


「…ひぃぃぃ」

「大丈夫よ。この子は優しい子だから」


 飛竜の頭をなでる。


(…聞いて。この子をドヴィーの所まで連れてって欲しいの…あなたの大好きなドヴィーの子供よ…)


「クルルルルゥ」


 念話に応えるように飛竜はティオの顔をひと舐めする。


「…へへへへ」


 緊張していたティオの顔が少し穏やかになる。


「大丈夫でしょ?」

「うん…」


 アタシはティオを抱きかかえて、飛竜の背にある鞍に座らせた。

 

「ティオ、この子は賢いから掴まっているだけでいいわ。この子がお父さんのところに連れてってくれるから、わかった?」

「うん、わかったよ。ヴァレおねぇちゃんは?」

「アタシは…」


ふわっ


 鎧がアタシの意思に応えて、体を浮かび上がらせる。


「アタシは先にラナを探すわ!」

「…と、飛んでる!すごい」

「言ったでしょ?アタシは一番強いんだから!」

「そうだったね!」

「だからラナのことは心配しないで!じゃあ、また後でね!」

「わかったよ!」


(行って!)


バッヒューーーン!


 さすが飛竜だ。

 見る見るうちに姿が小さくなっていく。

 

(さてとっ!)


 ティオの手前、落ち着いて見せてはいたが、事態はかなり深刻である。

 急いで上空に飛び上がる。


(…しっかし、広いわね)


 牧場の北側に広がる森はそのまま北の山脈に続いている。

 上空からは高い木々のせいで森の中がまったく見えない。

 もしラナが森の奥に進んでしまっていれば、探すのは非常に厄介だ。

 

「…あれか」


 柵が壊れている所を発見したので、近くに降りてみる。


(…腐ってる)


 どうやら、腐食が原因で壊れたようだ。

 よく見れば他の柵も古くなっていて、いつ壊れてもおかしくない。


(…そういえば、ドヴィー、忙しすぎて柵を建て替える時間もないって文句を言ってたっけ)


ドゴンッ!ドゴンッ!ドゴンッ!ドゴンッ!


(なにっ!?)


 爆音と共に森の奥から次々と火柱が立ち上がる。


(魔法?いや、爆薬か!)


 すぐに飛び上がり、状況を確認する。


ゴゴゴゴゴゴゴ…


(今度は何!?地震!?)


 森の木々が震え、動物たちが何かから逃げるように森から飛び出してくる。


「グゥオオオオオオオオオ!」


 けたたましい咆哮と共に、目の前の木々が倒れ、地中から赤い巨体が姿を現す。


「龍!あれって…ドレイク!?」


 地龍ドレイク。

 アタシも実物を見るのは初めてだが、話だけなら父上から聞いたことがある。

 ドレイクは龍と言っても翼はなく、飛ぶことはできない。

 しかし、その代わりに頑強で巨大な体躯を持ち、鋭い爪による攻撃は大木をも簡単に引き裂いてしまうとかなんとか。


(でも、想像していたよりずっと大きいわ)


 目の前にいる実物のドレイクは、四足歩行にもかかわらず、頭までの高さは三階建ての家ほどはあるだろう。

 体を覆う分厚い岩盤のような鱗は金属のように鈍く光っていて、見るからに堅そうである。


(でも、ドレイクが目覚めるのはまだ先のはずだけど)


 ドレイクには十年眠り、十年活動するという特性があるからだ。


 ドンッ!ドンッ!


 ドレイクは土から這い出るなり、怒りをぶつけるかのように、その太い足で周囲の木々を蹴り飛ばし始めた。


「ちょっと!ラナがいるかもしんないのに!」


 すぐに魔剣に手を掛けるが、


(でも、ここで斬撃を使えばラナに当たってしまうかも…よしっ!)


 アタシは勢いよく走り、そのままドレイクの頭上に飛んだ。

 

(真上から撃てば…)


 空中で抜刀の構えを取る。


ザンッ!


 アタシの放った黒い斬撃がドレイクの首を襲う。

 

「終わりよ!」


バシュン!


 しかし、斬撃はドレイクの岩のような鱗に弾かれて霧散してしまった。


(…思ったよりも硬いわ)


 斬撃は石柱なら十本は軽く切断できるくらいの威力がある。


(傷すらつかないって…どんな強度してんのよ!)


ギロリ

 

 ヘビのようなドレイクの目が、真上にいるアタシを見上げた。


(一応、当たった感触はあったみたいね。怒らせただけか…って!)


 ドレイクは何事もなかったかのように歩き出した。


(…なんか頭にくるわね)


 アタシは剣を鞘に納め、再び抜刀の構えを取る。


(マジックシールドを切断したこの技なら)


 精神を集中して、魔剣に斬撃のイメージを送る。


(重く…強く…)


 ノロいこいつにはこれでも十分当たるはずである。


『魔重斬撃』


バシュン!


 先ほどの斬撃よりも速度は遅い、しかし、明らかに前回のものとは違う禍々しい斬撃がドレイクを襲う。


ズバンッ!


 魔重斬撃は首のつけねに直撃し、何枚かの鱗が勢いよく飛び上がった。


(よしっ!)


 しかし、


ビュン!


「ひっ!」


 ドレイクの巨大な尻尾がアタシのすぐそばをかすめた。

 尻尾の鱗は比較的小さいが、その代わりに鋭利な刃物のように尖っている。

 

(あっぶないわね!)


 鎧があると言ってもあんなものを食らってしまえば、どれだけ鎧に魔力を吸われるかわかったものではない。


「ちょっ!」


ビュン!


「待っ!!」


ビュン!


 尻尾の連撃をなんとかかわし、ようやくアタシは上空に逃げた。


「…はぁ…はぁ」


(…ここまでは届かないみたいね)


 しかし、困った。

 魔重斬撃は威力が高い分、速度が遅く、飛距離も短い。

 そのため、ある程度接近する必要があるのだが、近づけば、あの尻尾攻撃が飛んでくる。

 だが、勝ちは見えてきた。

 斬撃が当たった部分の鱗は剝げ落ち、肉があらわになっているからだ。


(もう一度、あそこに魔重斬撃を叩き込めれば…)


「ちょっ!」


 急にドレイクが走り出した。

 アタシを危険な存在だと認識したんだろう。

 

(せっかちね。ラナが見つかってないのにウロウロしないでよ)


 あんな巨大なやつに歩き回られては、いつラナが潰されてもおかしくない。

 ドレイクに向かって急降下する。


「逃がさないわよ!…くっ!」


ビュン!


(やっぱり!)


 ドレイクから尻尾攻撃が飛んできた。

 逃げるフリをして、アタシが降りてくるのを待っていたのだ。

 

ビュン!

ビュン!


 次々と襲い来る尻尾攻撃をなんとかかわす。

 ドレイクもアタシの意図がわかっているのだろう。

 鱗が剝げた部分を守るように攻撃してくる。

 

(っち!デカいくせに根性のない奴ね!堂々と食らいなさいよ!)


 尻尾攻撃を搔い潜りながら、斬撃を放つ機会を探るが、なかなか距離が詰められない。


(もういいわ!)


 作戦を変更し、アタシはあえてドレイクの正面に飛び込んだ。

 わざわざ、こんな危険な場所を選んだのには理由がある。

 避けている内に分かったのだが、ドレイクの喉や腹には硬い鱗がない。


(ここに魔重斬撃を叩き込めば…)


 勢いをつけるため、一度だけ地面を蹴る。


「アタシが根性ってのを見てあげるわ!来世でがんばんなさい!」


 抜刀の構えのまま、ドレイクの喉に向かって飛び上がる。


(どりぃあああ!)


 引き抜かれた魔剣が鞘を滑る。

 加速する魔剣。

 魔剣が鞘から抜け出るまさにその瞬間、ドレイクの喉元が赤く光った。


「やばい!」


 攻撃を中断し、横に跳んでソレをかわす。

 ドレイクの口から放たれた赤く光る液体がアタシのそばをかすめた。


(…こいつ…誘ってた)


 何の罪もない木々に当たり散らすような、ただのデリカシーのないトカゲかと思っていたが、奥の手を隠すほどの知性は持っていたらしい。

 液体が飛び散った地面はマグマをぶっかけられたようにジュウジュウと音を立てている。


(鼻を突く匂い…ただのマグマじゃないわね。そういえば、父上が言ってたっけ。ドレイクは溶岩酸を吐くから油断できないって。すっかり忘れて…)


バチンッ!


「きゃっ!」


 溶岩酸に気を取られていたせいで、ドレイクの尻尾をもろに食らってしまった。


(…油断したわ)


 そのまま地面に叩きつけられる。

 

ズドンッ!


(しまった!)


 ダメージは鎧が吸収してくれたものの、地面に突っ込んだ衝撃で土煙が舞い上がり、ドレイクを見失ってしまう。


ズダンッ!


「っく!」


 アタシよりも大きいドレイクの足裏が土煙を突き抜けてきた。


ズダンッ!

ズダンッ!

ズダンッ!


 巨大なドレイクの前足が何度も叩きつけられる。

 必死に避けようと逃げ回っているが、ドレイクの前足はピンポイントでアタシを踏みつけてくる。


 (コイツ、なんで見えるのよ?…もしかして、ピット器官!?)


 ミラの言っていた、熱で獲物を感知できるヘビの持つ器官だ。

 コイツも大きく分類すればヘビに近い。

 ピット器官を持っていてもおかしくはない。


ズダンッ!


「くっ!」


 ダメージはないものの、大量の魔力を吸われたために、眩暈が起こる。


「この、いい加減にしろ!」


 アタシの放った魔剣の刺突がドレイクの足裏に突き刺さる。


「グギャァァァァ!」


 ドレイクが断末魔の叫びをあげる。


(ざまーないわね!攻撃が来るって分かってたら、簡単に…きゃっ)


 ドレイクは魔剣に貫かれた前足を振り上げた。

 魔剣を掴んだままのアタシと一緒に。


「きゃぁぁぁ」


 ドレイクは前足を振りまくり、アタシを降り落とそうとする。

 もともと魔力を吸われたせいで眩暈がしているのに、その上、ドレイクに振り回されたために、気を失いかける。


 「あっ」


 とうとう魔剣を放してしまった。

 空中に放り投げられる。


(魔剣を取り返さないと…)


ぱくっ


 (ちょっ!)


ゴクン


 アタシはドレイクの口に見事キャッチされ、そのまま飲み込まれてしまった。

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