第9話 草むしりミッション

「グァ!グァ!グァ!」


 アタシが乗っている桃色の飛竜が嬉しそうに鳴いている。

 ドヴィーの家は城から少し離れたところにあり、西門からしばらく進んだ所にあるらしい。

 少し距離があるので飛竜で行くことになった。

 

 (城の西側ってあんまり来たことないけど、なかなかキレイなところね…)


 フシミオース平原ほどは広くないが、青々とした草原が広がっていて、商人や彼らの荷馬車が街道にちらほらと見える。

 ポツンポツンと民家もあり、家の近くで遊んでいる子供たちが手を振ってくれている。

 多分、飛竜が珍しいのだろう。


(明日の夜にはド軍が侵攻してくるとは思えないほど平和ね)


「ドヴィー、神雷魔法ってケリッパーに触れたヒト族が使えるのよね?」

「まぁそうですね。誰でも使えるようになるわけではないですが」

「でもさ、なんでヒト族だけなの?魔族がケリッパーに触ったことだって、7000年もあれば、一回くらいあったって不思議じゃないでしょ?」

「あぁ、それはヒト族が神に作られた兵器だからです」

「え?ヒト族って、生き物じゃないの?」

「少し言い方がよくなかったですね。ヒト族も生物には違いはありませんが、窓の力を使えるように、神に肉体を作り変えられているのです」

「よ、よくそんな危なそーなことをヒト族は納得したわね」

「納得もなにも、彼らに選択肢はなかったでしょう。彼らは神が他の星から連れてきた奴隷兵なのですから」

「え、そうなの!?」


(知らなかった…)


「まぁ、このことはド王国では隠蔽されていますし、魔王国でも知っている人は少ないでしょう」

「でも、もう神はいないんだし、なんで戦争が終わったときに自分たちの星に帰らなかったのよ?」

「神がいないから帰れないのです。ヒト族だけでは星間移動することはできませんから」

「…あ、なるほど。確かにそんな魔法ないわね。じゃあ、ヒト族も神の被害者みたいなもんなのか」

「そうですね。魔族とヒト族、侵略者に運命を狂わされたもの同士が、7000年経ってもいがみ合っているというワケです」


 もし魔族も神との戦いに負けていたら、ヒト族みたいに奴隷兵として、どこかの星に連れていかれていたのだろうか。


「ちなみに、ルーシア様の子孫である陛下は、いくらかはケリッパーの力を引き出すことは可能ですよ」

「え、そうなの!?じゃあ、アタシも勇者や賢者みたいに強くなれるってこと!?」

「それは無理でしょうね。ルーシア様の能力にも関係するのですが…まぁ、これは神雷魔法とも関わってきますので、草むしりの後ですね」

「え、どういうことよ?」

「さぁ、もう我が家が見えましたよ」

「ちょっと!」


 ドヴィーはアタシの問いかけを無視して飛竜の高度を下げていく。

 魔王城から続く山の麓にあるちょっとした平地に、小さな牧場が見える。

 それほど広い牧場ではないが、牧場の柵の中にはかなりの数の牛や豚がいるようだ。

 近くを山から注ぐ川が流れていて、牧場の水車がゆっくりと回っている。


(”のどか”という表現がぴったりね)


「なかなか綺麗な所ね。そーいえば、飛竜のために牛や豚を育ててるって言ってたわね」

「はい。飛竜は魔王国の家畜の肉でも食べれますが、龍王国の肉の方が好きですからね。だから、龍王国から連れてきた家畜を育てているんですよ」

「へーじゃあ、飛竜のための牧場なんだ…え、牧場!?ちょっと待って!」

「待ちません」

「もしかして、家ってあの牧場のことじゃないでしょうね!?」

「そうですよ。あれが私の家ですから」


(なっ!)


「もしかして、草むしりの草って!牧草のこと!?」

「理解が早くて助かります」

「それのどこが草むしりなのよ!それはもう草刈りよ、草刈り!草むしりと草刈りじゃ全然違うわ!ゴーレムとハーレムぐらい違うわよ!」

「したくなければ結構ですよ。ただし、一年間、会議には出てもらいますので、よろしく」

「嘘でしょーーーーー!」


 鎧にやや強化されたアタシの絶叫が山々にこだました。


◇ ◇ ◇ ◇


 アタシたちは牧場の納屋の近くに降り立った。

 牧場は上空からは小さく見えたものの、実際にはかなり大きかった。

 そして、腰の高さまである牧草に埋め尽くされている。


「…これを夜までに?」

「夜までにです」

「…これ全部?」

「全部です」

「家畜が食べるんでしょ?全部刈ったらカワイソーじゃん」

「そんなことはありません。この時期であれば、刈り取ったとしても数日でこの高さまで伸びますから」

「そ、そんなわけないでしょ!いっくら気候がいいからって」

「この草は牧畜に合わせて品種改良してある魔草なのです。なので普通の草と違って成長スピードが違うんですよ」

「大丈夫なの?そんなヤバそーなもん食べさせて…」

「問題ありません。陛下が知らないだけで、何百年も前から使われているものですから。それより…」


 ドヴィーは納屋からよく使いこまれた木の箱を持ってきた。


「草を刈るときはこの鎌を使ってください」

「え、魔剣の斬撃でパッパッとやっちゃだめなの?」

「家畜が牧草の下に居たらどうするんですか!」

「…まぁ、そうね。でもこれって鎌なの?刃が丸っこいわよ?」


ドヴィーに渡された”鎌”はボールのような球体に刃が覆うように取り付けられている。

惑星のような形と言えわ分かりやすいだろうか。


「これは魔道具です。魔力を込めてから牧草に投げてみてください」


アタシが魔力を込めると、鎌は青白く光った。


(おぉ、確かに魔道具ね)


ひょい


 魔道具は牧草の茂みに落ちて見えなくなる。


ザッ!ザッ!ザッ!ザッ!ザッ!ザッ!


「おぉぉ!」


“鎌”がスゴイ速さで牧草をぶった切りながら進んでいく。


「いや、コレこそ危ないでしょ?」

「この円輪鎌は動物や人を認識して自動的に止まるようになっています。なので家畜が牧草に隠れていても安全です」

「へぇ、すごいわね!でも、これがあるならアタシは何もしなくていいじゃん」

「いいえ。重要な仕事があります」


 そう言って、ドヴィーはリュックサックのようなものを背負い、リュックの上部から伸びたチューブを構えた。


ひゅおおおおおおお!


 チューブが牧草をどんどん吸い込んでいく。


「おぉぉ!」


 瞬く間に周囲に積みあがっていた牧草が消えていくが、あきらかにリュックの容量を超えた牧草がすでに吸い込まれている。

 なるほど、これも魔道具か。


ピーーー。


 警告音のようなものが鳴る、と同時にリュックの底が開く。


ストン


 キューブ状の黄色い塊が落ちてくる。

 ドヴィーがそれをヒョイっと拾い上げて、アタシに見せる。


「これが飼料です。牧草が育たない冬には、家畜はこれを食べます。なので円輪鎌が刈った牧草をどんどん吸い込んで飼料を作ってください。乾燥させなければならないので、飼料はそのまま地面に置いておいて大丈夫です」


 そう言うなり、ドヴィーはリュックサックを私の肩にかける。

 試しにそのへんの草を吸ってみる。


ひゅおおおおおおお!


「おぉぉ!」


(…結構、楽しいかも!)


 チューブで草を吸い込んでいく作業は中々気持ちがいい。

 楽しいせいか、歩調がどんどん軽くなる。


「陛下、後ろを見てください!」


(ん?後ろ?)


 振り向いてみれば、吸いきれなかった牧草が地面に散らばっている。

 

「歩くのが早過ぎです。吸い込む速度に合わせてください」

「え、これってもっと早く吸えないの?」

「無理ですね」


(えぇ…)


 これでは鎧の効果を使えないどころか、走ることすらできない。


「こんなペースじゃ、日没までに終わらないじゃない!」

「そんなことありませんよ。私はいつもこの方法で、ちゃんと日没までには終わってます。まぁ、地道に歩きながらやってください」


 二、三時間で終わらせるつもりだったのに、これでは夜までかかってしまう。


「騙したわね!」

「どういう意味ですか?」

「初めは”草むしり”って言われて来たのに実際は”草刈り”だったし、蓋を開けてみれば、草刈りでもなくて”草回収”じゃない!こんなの詐欺よ。詐欺!」

「まぁ、確かに私も説明不足でしたね。じゃあ、やめましょうか。もちろん罰もなしで結構ですよ」

「え゛っ!」


 こいつ、完全に足元を見てきてる。

 でもドヴィーに防御方法を教えてもらわなきゃ、アイツらには勝てないし…


「この草むしりは陛下の忍耐力を試す目的もあるのです。この程度のことで文句を言っているようでは、到底、神雷魔法の危険な対処方法など教えれませんよ?」


(はいはい。わかってます)


「それに陛下はもう子供じゃないんですから、魔王としての自覚を持ってください。私もこんなこと言いたくないですが、陛下のために心を鬼にして言ってるんです」


(…)


「まったく…子供なのは見た目だけにしてもらいたいものですね」


…むかっ


(めずらしくアタシが大人しく聞いてるからって、絶対調子乗ってるな、コイツ)

 

「身長がゴブリンと同じなのはともかく、知能まで同じでは困りますよ?」


…むかむかっ


「ちょっと、言い過ぎなんじゃない?」

「確かに言い過ぎですね。ゴブリンが可哀そうです」


…むかむかむかむかむかっ

ぶっちーん


「それ、どーゆー意味よ!?ってゆーか、なにが心を鬼にしてーよっ!角が二本生えてる時点で見た目も鬼じゃない!」

「なっ!我ら龍人族の角をあのような美意識の低い鬼族の角と一緒にする気ですか!」

「全然、違いが分からないわ!まぁ、アンタの角の方がちょっとカサカサしてるかもね!」

「なっ…」


 なぜか分からないが、ドヴィーがすごく凹んでる。

 角が生えてないから分からないけど、結構、気にすることなのだろうか?

 例えば、女性が髪や肌をバカにされたような感じ?

 それならちょっと言い過ぎたかもしれない。


(でもアタシのことをこれでもかというくらいゴブリン扱いしておいて、鬼族と比べられたくらいで怒らないで欲しいもんである)


 ドヴィーが怒りで体をプルプルさせながら、言葉を絞り出す。


「…私は草むしりが嫌いで陛下に押し付けているんじゃないんです!本当は自分でやりたいんですよ!家のペンキも塗りたいし、柵の張り替えもしたいんです!それに妻や子供との時間ももっと増やしたいと思ってます!でも陛下が引きこもっているから城の仕事が溢れているんです…私がするしかないじゃないですか!だから…」


 ドヴィーの鬼気迫る表情に背筋が寒くなる。


「…それは…悪いと思っているわよ」

「嘘です!では明日から王として仕事をやってくれますか!?」

「…」

「…御父上、ゾルジャンド様が魔王だった頃は…ゾル様が外交を担ってくれていたおかげで、私は毎日帰ることができました。家族との時間も十分あって…週末にはゆっくりと家畜の世話ができていました…」

「…」

「しかし、陛下の代になってからは…」

「…」

「…私だって龍王になったばかりで分からないことばかりなのに」

「…だから…悪かったって…」

「…せめて…もっと父の仕事を見たかった」

「―!」


 ドヴィーが父親の話を始めた途端、アタシの過去のトラウマがフラッシュバックのように脳内を駆け巡る。


(…アタシのせいじゃない…)


(…アタシのせいじゃないわよ!)


 たまらなくなった私は、


ひゅおおおおおおお!


 ドヴィーの言葉をかき消すように牧草を吸い始めた。

 ドヴィーはその場に立ったままだ。

 アタシの返事を待っているのだろうか。

 しかし、何も言葉が見つからない。


「…それでは、私は先に城に戻りますので」


 言うなり、ドヴィーは飛竜に乗って帰ってしまった。


「…はぁ…」


どさっ…


 緊張が解けたアタシはその場に座り込んでしまう。

 ドヴィーがなぜ父親の話をアタシにしたのか。

 なぜアタシがその話を拒絶するのか。

 その理由はドヴィーの父上、つまりは先代の龍王をアタシが殺したからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る