第7話 古代文字魔法
ポニーテール男とフード男はファイアーボールを左右に回避する。
しかし、定数型スキルであるマジックシールドを展開してる筋肉女は、動くことが出来ない。
だが、危機感に顔をひきつらせるフード男とは対照的に、筋肉女の表情には余裕が見える。
むしろ、どんな魔法が来るのか楽しみな様子だ。
(よっぽどマジックシールドに自信があんのか、もしくは、イカれた戦闘狂ね)
バシャーン!
マジックシールドに直撃したファイアーボールは、まるでゼリーがガラスに叩きつけられたかのように飛び散った。
そして、液状のファイアーボールは一つの生物であるかのようにマジックシールドの上で動き始める。
「ファイアーボールの…スライム!?」
フード男の言っていることは半分正解で半分間違いだ。
正確にはスライムのように見せているファイアーボールだ。
ドヴィーの古代文字魔法とは、魔法の仕組みそのものを書き換える魔法らしい。
ファイアーボールに自己ドリブンのコードを書き加えてるとかなんとか。
まぁ、アタシもよくはわかってない。
みしっ…みしっ…
マジックシールドの上でファイアーボールは相変わらず小刻みに動いている。
むしゃっ…バリーン!
ファイアーボールはマジックシールドを砕き、そのまま、筋肉女の上に飛び散る。
「うぁぁぁぁぁぁ!!」
燃えた油を頭から被ったかのように筋肉女が液状の炎に包まれる。
火を消そうと筋肉女は地面をのたうち回るが、火はまったく消えそうにない。
「ドヴィー、何したの?」
「あの女戦士がマジックシールドを使うことは予測できていましたので、ファイアーボールに”浸食”のコードをオーバーライドしてみたのです」
「オーバーライド?いや、やっぱいいわ。聞いてもどうせ分かんないし。それより、これはどういう状況なの?」
「マジックシールドを食いつくしたファイアーボールがそのまま女戦士を食っているんでしょうね」
(うっ、火に食われるってどんな感じなんだろ?ちょっと同情するわ)
『安らかな癒しを!』
フード男が治癒魔法を筋肉女にかけ始めるが、ファイアーボールはそれさえも食い始める。
「きゃぁぁぁぁぁ!」
あの男らしい戦闘狂キャラはどこへやら、筋肉女は少女のような叫び声を上げている。
「これ、消えるの?」
「まぁ、食べ終われば消えるかと」
(食べ終わるって…)
キィィィィンン!
地面が震え、筋肉女を中心に地面に亀裂が入る。
この音、夢でも聞いたことが…
――ッドゥン!
筋肉女はそのまま、湿地帯の底に突っ込んでいった。
(そうだ!あれはミラを吹っ飛ばした技だ。こんな使い方もできるのね)
ブクブクブクブク
湿地帯から気泡と蒸気が立ち上る。
バシャーン
全身が緑色になった筋肉女が水から上がってくる。
緑色の水のせいで分かりにくいが、全身の皮膚が黒く焦げているように見える。
「はぁはぁはぁ…」
ドスンッ
筋肉女はそのまま倒れ込んだ。
『安らかな癒しを!』
フード男が筋肉女のもとに走り、治癒を始める。
『氷結晶よ!』
ドヴィーが放ったツララのような尖った氷の塊がフード男を襲う。
「っち、すみません!レヴェッカ!」
魔法使いは同時に二つの魔法を行使できない。
防御魔法を発動できないフード男は、しかたなく治癒を中断して氷の塊を避ける。
「ロコ!!!」
ドヴィーが叫ぶ。
「に゛ゃー-お!」
まだアタシの後ろに隠れていたロコが慌てて走りだし、ドヴィーの隣にちょこんと立つ。
「ヴァレさん、あの女戦士はもう戦えないでしょう。ロコと二人であの魔法使いをやります。それまで、もう一人を頼みます!」
「ありがとう!すぐに終わらせて助けに行くから!それまでに死なないでね!」
「まったく…他人をナメるセンスだけは天性のものがありますよ」
「フッ、そっくりそのまま返すわ!じゃ!」
これで晴れてあのポニーテール男とのタイマンだ。
アタシが求めていた展開である。
そして、そのポニーテール男はと言えば、筋肉女が湿地帯に突っ込んだ時、しれっと姿を消していた。 これも夢とほとんど同じね。
(魔剣よ!剣となれ!)
アタシの念話に応え、魔剣は元の形に戻った。
(ふぅ…)
深呼吸とともに鎧の気配感知を最大限に高める。
そして、後方から高速で突っ込んでくる影を捉える。
―ガギン!
―ぐっ!
地面を滑るように突っ込んできたポニーテール男の切り上げを受け止め、そのまま鍔競り合いになる。
「これを止めんのか!…やっぱり、うぜー女!」
「うっさい!!」
男を力任せにはじき飛ばす。
(できれば、こいつが雷撃魔法を使う前に!)
ザンッ!ザンッ!ザンッ!
男の着地を狙って、魔斬撃を三閃放つ。
「よっと!っと!っと!」
男は夢と同じように、軽くジャンプで魔斬撃をかわす。
「当たんねーよ♪おい、女!いくら無詠唱の魔法つってもよ、馬鹿の一つ覚えじゃ意味ねーぞ!」
(うっざ!)
「馬鹿の一つ覚えみたいに、おんなじセリフ吐いてんのはアンタでしょーが!」
夢の中では「魔双閃」で男の腹を切ることができた。
しかし、致命傷には至らなかった。
魔双閃は素早く斬撃を放てる分、攻撃力は低くなってしまうからだ。
(…だから、魔双閃じゃダメ)
アタシは魔剣を鞘に納める。
そして、柄に手を置き、魔双閃の構えを取る。
「すぅーはぁー」
深い呼吸とともにイメージを魔剣に送る。
そして、斬撃を一閃!
ザンッ!
「よっと!」
あたしの意図通りに男は跳んでかわす。
ここまでは魔双閃と同じで、一閃目はいわばフェイクにすぎない。
アタシは魔剣を持つ右手をそのまま後ろに引き、左手をポニーテール男に向かって突き出し、刺突の構えを取る。
(アイツらを探してる途中で考えた、ぶっつけ本番の新技よ!)
斬撃の”線”による攻撃に比べ、刺突の”点”による攻撃は当てるのが難しい。
しかし、すでに夢で戦っているアタシには相手の動きが十分見えている。
(斬撃よりも攻撃力の高い、この刺突で貫くわ!)
『魔淵突!』
「ずりゃー-!」
魔剣はアタシの意思を正確に捉え、魔力を線ではなく点として撃ち放つ。
凝縮されたダガー程の大きさの魔力は光にも似た速さで大気を滑り抜け、着地したばかりの無防備な男の腹を貫いた。
ズシュン!
「っぐ!」
男の腹には拳ほどの風穴が空いている。
「ぐはぁ!」
(まだよ!)
鎧で身体能力を最大限にまで引き上げ、傷口を抑える男の懐に潜り込む。
ズンッ!
男の真下から突き上げた魔剣が男の胸に深々と突き刺さる。
「ぐおっ!」
口から鮮血があふれ出る。
(やったわ!)
夢で経験した斬撃のダメージとは全然違う、確かな手ごたえがあった。
ポニーテール男の体重はズシリと魔剣に乗しかかり、力なくアタシの肩にもたれかかっている。
しかし、胸と腹に大穴が空いているのにも関わらず、男はまだ息をしている。
おそらく、ケリッパーの力だろう。
だが、その力もそう長くは続かないはずだ。
なぜなら、
ドクンッ!ドクンッ!
魔剣が激しく脈動する。
長くは続かないと言った理由、それは魔剣がこの男の魔力を食い取るからだ。
魔力さえなくなれば、この男も普通のヒト族と変わらないはずである。
トクン…トクン…トン…トン
吸える魔力が減ってきたのか魔剣の脈動が静かになってきた。
いくらケリッパーに触れたものとはいえ、魔剣の貪食には敵わなかったようだ。
ストンッ…
男の手から滑り落ちた剣が地面に突き刺さった。
「アレル!!!」
フード男の声が聞こえてくる。
(悪いけど、もう終わったわ。次はアンタよ!襲撃しに来たことを後悔させてやるから!)
すぐにでも行きたいところだが、魔剣の脈動はまだ終わっていない。
この男にはあの雷魔法がある。
だから、魔力が完全に枯渇するまでは剣を抜けない。
(それにしても、ドヴィーたちは結構手こずってるのね。二対一なのに…)
アタシはポニーテール男を抱きかかえたまま、後ろを振り向いた。
「なっ…」
驚きのあまり、息が詰まる。
倒れているロコの首に筋肉女の盾先が突き刺さっていたからだ。
「獣王ロコ・カー、正直、ガッカリだったぞ…」
真っ黒に焦げていたはずの筋肉女の皮膚は、すでに何事もなかったかのように再生を終えている。
(…ドヴィーは!?)
ドヴィーは上半身と下半身が二つにちぎれて転がっていた。
断面は黒く焼かれており、出血すらしていない。
おそらく、フード男の光線で切断されたのだろう。
(…そんな。せっかく、コイツに勝ったのに)
ドヴィーの周囲には大量の土砂が積もっている。
光線を防ぐために土魔法を使ったんだろうか。
がしっ!
(…え?)
アタシの肩をポニーテール男の左手が掴んだ。
「おい…なめんなよ!この、くそアマ!」
バチバチバチ…
(そんな…もう魔力なんて残っていないはずなのに…)
男の右手には蒼い雷が纏っている。
(まずい…こいつ、自分もろとも…)
「ぐあぁぁぁぁぁ!」
避ける間もなく、ゼロ距離で放たれた雷撃がアタシの体を走る。
(…くっ…痛みまでおんなじじゃない…)
体中の力が抜け、アタシはその場に座り込んでしまう。
それに引き替え、男は雷撃のダメージを全く受けていないように見える。
(なんで…魔力もないのに…やっぱりこの蒼い雷…ただの魔法じゃない…それに…)
夢と同じだ。
体を動かそうにも力が入らない。
(…くっそ…くっそ…くっそ…)
フード男が近づいて来る。
夢の光景と重なる。
(これは現実じゃないのよ…もう死んじゃったら終わりなの…動いて…動いて)
「っふー!っはー!ふー!っはー!」
声も出ないため、激しく息をするだけで精一杯だ。
雷撃のせいなのか、もしくは恐怖のせいなのか、体が激しく震えている。
「いやゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」
ザンッ!
ようやく出たアタシの声を遮るようにポニーテール男が首を斬り払った。
夢と同じ。
視界が転がる…
「じゃーな…ザコ女…」
(…死んだ…)
(…せっかく、夢で…)
(…)
(…)
(…)
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