第5話 メルロー湿地帯

バンッ!


 アタシは飛行したまま会議室のドアを蹴り破る。

 そして、会議室の中央にいるドヴィーとロコの襟首を掴む。


「なっ!」

「えっ!?」


 二人にはちゃんと説明するつもりだったのだが、ミラが追ってきているので、そういうわけにもいかなくなった。


「事情は後で説明するから!ロコ、ハルバード持って!早くっ!」

「わ、わかったよ!」


 二人をぶら下げたまま、バルコニーへ飛び出す。


「ヴァレンティーナ様!お待ちください!」


 遅れて部屋に入ってきたミラが叫ぶ。


(早っ!もう来たの!?)


「すぐに戻るから!」


 言うなりアタシはバルコニーから飛び立った。


「陛下ー!」

「ヴァレー!」


 浮遊魔法を使えない二人は、情けない声を出しながらアタシにしがみついている。


(そりゃ、怖いわよね…)


 申し訳ない気持ちはあるものの、いつも嫌味を言ってくるドヴィーが涙を流して口をパクパクしているのを見るのは悪くない。

 一方、ロコはと言えば、震えながら手で口を塞いでいる。


「ロコ、何してんのよ?せめて塞ぐなら目でしょ…」


 呆れ混じりにいれたアタシのツッコミに慌てて目をふさぐロコ。


(それにしても、重い…)


 さすがに二人を抱えながら飛ぶのは無理があった。

 血を吸いすぎた蚊のようにフラフラと漂いながら、アタシはなんとか飛竜舎の門前に着陸した。


「陛下!どういうことか説明してください!まだ会議の途中だったんですよ!」


(まったく、苦労しながら運んであげたというのに、労いの言葉くらいないのだろうか)


「ちゃんと説明するわ。でもその前に飛竜の準備をするわよ」

「飛竜って、いったいどこに…」


 ドヴィーを無視して、アタシは飛竜舎の重たい扉を押し開ける。


ギィィィ


 巨大な建物の中には、ドラゴンの子供のような大きさの魔獣がいた。

 といっても、ドラゴンみたいに恐ろしい容姿ではなく、顔はのっぺりとしていて可愛げがある。

 この子たちが大陸で最速の生物、飛竜だ。

 騒がしく歩き回っている子もいれば、人懐っこく飼育係に頭をスリスリしている子もいる。

 この飛竜たちはドヴィーが龍王国ガンガリフから連れてきた子たちで、魔王城では全部で十頭の飛竜が飼育されている。 


「どうしたお嬢ちゃん?ここは危ないぞ。お母さんとはぐれたのか?」


(うっ…)


 飛竜の飼育員と思われるガタイのいい男が話しかけてきた。

 アタシはドヴィーに涙目で訴える。


「はぁ…こちらはヴァレンティーナ・セレモーヴィエ様ですよ。つまりは、この国の国王です」

「し、失礼しました!…陛下!…龍王様!」

「…気にしなくてもいいですよ。毎日、引きこもっている陛下が悪いのです。誰も陛下の顔を知りません。私でさえ月に一度くらいしか会わないのですから。それよりも、飛竜を三頭用意してください」

「はっ!直ちに!」


 男は他の飼育員たちに声をかけて、急いで飛竜に鞍を取り付けはじめた。


「それで、陛下、これからどこへ行くのですか?」

「メルロー湿地帯よ。そこで…ちょっと戦うわ!」


 そう言って、突き出したアタシのピースサインをドヴィーが払いのける。


(まったく、ノリの悪い奴め)


「どういうことです!?誰と戦うのです?」

「ド軍よ」

「はっ!?なぜそんなところにド軍がいるのですか!?」

「実際には、ド軍と戦うのは明日の夜よ。でも、その前に倒しておかないといけない三人が湿地帯にいるの。ちなみにそいつらの強さはアナタたちと同じか、それ以上よ」

「なぜそんな情報を陛下が知っているんですか?そんな報告ありませんよ?」

「そ、それはアタシの独自の情報網ってやつよ…」

「…」


 ドヴィーの表情からは”疑念”の二文字しか伝わってこないが、無視して説明を続ける。


「アタシ一人じゃ三人を相手にするのはムリだから、手伝ってほしいのよ。かなり強い魔法使いもいて、見たこともない魔法を使うから気を付けてね。例えば、二つの目を召喚して光線を出すやつとか」

「…」


 信じてもらえないと思っていたが、意外にもドヴィーはアゴに手を当てながら考えこんでいる。


「その目から出た光線は赤色ではなかったですか?」

「そうよ!」

「そして、その光線はそれぞれが自由に動いたはず」

「そう!そうなのよ!それで、ミラが…」

「ミラが…?」

「いや、それはいいの!それよりも、あの魔法について何か知ってるの?」


 ドヴィーが視線を上げる。


「その魔法は、超位階魔法”偉なる眼”と思われます」

「あ!そーいえば、あのフード男、そんなこと言ってたわね。でも、超位階魔法って何よ?」

「一般に魔法はその威力に応じて一から十の位階に分けられているのはご存じと思いますが、神魔戦争ではそれを超える超位階魔法が使用されたと神魔戦争史に書かれています」

「え、それじゃあ、あの目の魔法は神の魔法だっての!?」

「まぁ、そうなりますね。”偉なる眼”は十二大神の一人、輝滅神アニエフが使用したものです」

「えぇぇ!?ア、アタシ、神と戦ったのっ!?でも、あの男、まったく神って感じじゃなかったわよ?どっちかってゆーと商人の息子、みたいな?」

「その男は神ではないでしょうね。神が地上に現れる可能性は限りなくゼロに近いでしょう。窓が壊れたことによって、神は地上に降りることができなくなりましたから。おそらく、その者は”ケリッパー”に触れたのかと」

「ケリッパー?」

「窓が壊れた際、そのほとんどは天界に吸収されましたが、吸収されなかった窓の一部が地上に落ちたのです。それをケリッパーと呼んでいるのですが。稀にそのケリッパーに触れたものが神の力の一部を手にすることがあるようです。特に欠片の力を強く受けた者をド王国では勇者や賢者などと呼んだりしますね」


(そういえば、あの筋肉女、勇者がどうのこうの言ってたわね)


「でも、そんな神みたいなやつらがポンポン現れて、よく魔族は滅ぼされなかったわね?」

「ポンポンは現れてはいませんよ。千年に一人、現れるかどうかです。実はこれは歴史学者の間でも議論になっていて、なぜ勇者が現れたのにもかかわらず…」


「お話し中、失礼します!」


 アタシを迷子と間違えた飼育員のお兄さんが呼びかけてきた。


「龍王様!飛竜の準備が整いました!」

「ありがとうございます。急がせてしまってすみませんでしたね」


 飛竜舎の外には三頭の飛竜が並んでいた。

 ドヴィーは飛竜に近づくと鼻を撫でた。

 普段からよく飛竜舎に来ているのか、飛竜たちがドヴィーに懐いているのがわかる。


「陛下、先ほどの話を全て信じたわけではないですが、確認の為にも湿地帯に行ってみますか?本当に”ケリッパーに触れたもの”が現れたのであれば、一大事ですしね」

「本当!?ありがと!」


(よかった。なんとかドヴィーは説得できたみたい)


「陛下が嘘を言っているようには見えませんしね」


(うむうむ)


「なによりも、陛下が神魔戦争史を読んでいるわけないですし」

「むっ!一言多いのよ!」


 そういいながら、アタシたちはそれぞれの飛竜に飛び乗る。

 アタシのは薄い桃色の子だ。

 左手を飛竜の首に添えて語り掛ける。

 飛竜は魔力を使った念話で操るからだ。


『跳んで!』


 飛竜はアタシの念話に応え、


「ギヤァァァー---!」


と奇声を発すると、勢いよく飛竜舎から飛び立った。


(やっぱり飛竜は早いわね)


 アタシも鎧の力で飛ぶことができるが、スピードはせいぜい馬の速さと同じくらい。

 それに比べて、この飛竜はその倍近くの速度がある。

 しかも、これは飛竜の最大速力ではない。

 飛竜は自分の魔力を消費することで超音速飛行が可能になる。

 ただし、飛竜の魔力キャパはそれほど大きくないので、せいぜい三十秒ほどしか使えない。

 飛竜の家畜化は神魔戦争より以前から始まっていたらしく、それ以降、飛竜の魔力キャパは少しずつ減ってきているとドヴィーが言っていた。

 餌を自分で狩る必要がなくなったからだとかなんとか。

 

(それにしても、ドヴィーが納得してくれてよかったわ)


 ちなみに、ロコはずっと後ろで首を傾けていたけど、一緒について来てくれてるから大丈夫だと思う。

 城の南側にある城壁を飛び越えると、眼下に断崖絶壁が現れた。

 といっても、その底は真っ白で何も見えない。

 深い霧に覆われているからだ。

 アタシたちは霧に向かって急降下する。

 この霧の下に湿地帯があるわけだが、もちろん、このままでは三人を探すのは無理である。


「ドヴィー!よろしく♪」

「…はぁ」


 やれやれといった感じでドヴィーが呪文の詠唱を始める。


『潮風よ!よき航海に祝福を!』


ざわぁ


 どこからともなく風が吹き始め、霧が流れていく。

 霧はなくなり、湿地帯の表面があらわになる。


(うぎゃー!)


 初めて目にする湿地帯はキョーレツだった。

 湿地帯の水面は青虫の体液を煮込んだようなドス緑に染まっていて、微妙にドロドロと動いてる。

 ポツリ、ポツリとある丘にはウネウネと動く植物がひしめいていて、周囲をハエが飛び回っている。

 

(あいつらこんなとこ泳いできたの?ってか、ポニーテール男に何回か触られたし!最悪っ!)


 まぁ、夢だからいいか。

 実際に触れられたワケではないのだから。


「ドヴィー!ロコー!目標の三人はこの湿地帯のどこかにいると思うわ!見つけたら教えて!」

「わかりました、陛下!」

「…?わかったよ、ヴァレ!」


(ほんとに分かってんのかコイツ)


◇ ◇ ◇ ◇


 しばらく、周囲を飛び回ったものの、例の三人はまだ見つかっていない。


(いないわね。まだ森の中なのかな…) 


 魔法の風はもう吹いていないため、湿地帯の水面は波もなく静かだ。

 そのため、もし三人が湿地帯を進んでいれば、波紋ですぐに気づくはずなのだが。


「はぁ…陛下、本当にいるんですか?」


 ドヴィーたちの疑いの視線がアタシの背中を刺し続けているが、そろそろ無視するのも限界に達しそうだ。


「…んっ?あそこ、誰か走ってるよ!」


 ロコの指さす方向を振り返る。

 湿地帯よりかなり南、細い街道を三頭の馬が走っている。

 遠すぎて顔までは分からないが、シルエットくらいはわかる。

 ポニーテール。

 フード。

 筋肉。


「いた!あいつらよ!」

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