第4話 今日は何日だっけ?
色々考えてはみたけど、現在の状況をうまく説明できる答えが見つからない。
(…思考停止)
そして、私は考えるのをやめ……
(…れないわよ!アタシは絶対に最終巻を読むんだから!)
一応、今の状況を説明できる答えはあるにはある。
それはアタシのこれまでの記憶が、会議中に寝落ちした時に見た夢だったということ。
もちろん、そうなるとドヴィーの「また寝ぼけていたんですか?」が正しかったことになるからシャクだけど、一応、辻褄は合っている。
(でも、夢にしてはあまりにも鮮明というか、現実としか思えないのよね)
何を食べたかという記憶もしっかり残っていて、例えばミラが作ってくれたオムライスが最高に美味しかったことも覚えている。
(そういえば、今日の晩ご飯はなんだろ?)
ミラはいつもアタシの好みに合わせて、新しいメニューを考えてくれる。
「ねぇ、ミラ!今日の晩ご飯って、なーに?」
「オムライスでございます」
(…ほう)
「一応聞くけど、ここ最近、オムライスって作ってないわよね?」
「…作っていませんよ?」
「…もしかして今日のオムライスって、ニンニクバードのオムライス?」
「…えっ!その通りですが…」
(…なっ)
まぁ、こういうこともあるだろう。
「もしかして、隠し味に黒酢を入れようとしてたりする?」
「…そ、そうです…黒酢を入れようとしていました…」
「ー!」
(これはあれか!?正夢ってヤツか!夢で未来のことを見ちゃう的な!)
夢の中(?)で、オムライスがあまりにも美味しかったから、ミラに聞いたのだ。
そしたら、ドヤ中のドヤ顔で隠し味に黒酢を使っていると教えてくれた。
(でも、偶然ってこともあるんじゃ…)
すべて夢だったというのは認めるにしても、正夢なんて本当にあるのだろうか。
たまたま夢の内容と同じだったという可能性はないだろうか。
(たまたまメニューが夢とおんなじのオムライスで、たまたまニンニクバードの卵を使っていて、たまたま隠し味に黒酢を使っただけってことは?んな、偶然あるかー!)
そもそも、自慢じゃないがアタシは料理なんて全然したことがない。
なのに夢の中に隠し味の知識が出てくること自体がおかしいのではないか。
(まだ信じられないけど、これってただの夢じゃないのかも)
まだ混乱しているが、少なくとも今日が26日というのは間違いないだろう。
そうすれば、ド軍がいないことや、ミラの傷、カレンダーの印についても説明がつく。
でも、本当に正夢なら、明日の夜、ド軍が攻めてくるってことに、
(なるじゃん!まずいじゃん!)
しかも、もし本当なら、アタシは明日の夜に殺されてしまう。
そして、当然、最終巻も読めない。
(嫌ぁぁぁ!…これはヒジョーにまずい状況ね)
何か助かる方法はないだろうか。
ド軍が攻めて来る前に逃げるというのはどうだろう。
そうすれば、次の日に最終巻を買うことも可能だ。
(でも、魔王国は壊滅だろうな…)
魔族はヒト族の奴隷にされ、最悪の場合、征魔派によって民族浄化、つまり、皆殺しということもあるだろう。
それにアタシは魔王ではなくなるのだから、魔王特権も失ってしまう。
つまり、最終巻は読めても、今後は本を買うことができなくなってしまう。
これは到底、受け入れられない。
読みたい本は「ヴァニアとジュミオ」だけではないのだ。
つまり、アタシが最終巻を読み、これからも終生、引きこもりライフを継続するにはアイツらをぶっ倒すほかない。
そしてなによりも、
(あのムカつくポニーテールをボコってやりたい!)
だが、一番の課題はどう倒すかだ。
アイツらに負けた理由としてはミラを守りながら戦わなければなかったということもある。
ミラから離れて動き回ることができていれば、もっと自由な戦い方もできたはずなのだ。
しかし、一番の敗因は三対一だったということ。
ミラはほとんど戦闘に参加していなかったので、実際はアタシが一人で三人と戦っていた。
(ポニーテール男とタイマンならゼッタイ負けないから!…たぶん)
となれば、こっちもパーティーを組むしかない。
(しゃーない、あいつらを連れて行くか)
アタシの頭にドヴィーとネコ科の顔が浮かぶ。
あまり乗り気ではないが、ドヴィーは魔王国では最強の古代魔法使いだし、ロコもああ見えて、最強の蠱氣(こき)戦士だったりする。
(まぁ、最終巻と魔王特権を守るためだ。アイツらに頼むしかないわね)
ちなみにロコの蠱氣というのは、代々ガオウ族の族長に受け継がれている能力らしいのだが、よくわかっていない。
(んー、でも厄介なのはポニーテール男の蒼い雷ね)
アレを食らってしまうと鎧があってもダメージを受ける上に、マヒ状態になってしまう。
(まぁ、はじめから来るってわかってれば避けれるでしょ。それか、その前に速攻で倒せばいいわ)
とりあえず、明日の夜にドヴィーたちと南城下に行けば、
(あっ!でもアルの話じゃ、明日の夜にはドヴィーとロコはいなくなっちゃうんだった)
つまり、夢のようにアタシは一人で戦うことになってしまう。
(危ない…危ない…うっかり夢の二の舞いを演じる所だったわ。じゃあ、今からドヴィーたちを連れて三人を…)
ダメだ。
あの三人がどこにいるかわからない。
それに場所が分かったとしても、どうやってドヴィーたちに説明すればいいのだろうか。
”正夢を見たの!明日の夜、王国軍が攻めてくるのー!”って言っても、絶対信じてもらえないだろう。
アタシをバカにするドヴィーの顔が脳内を乱反射する。
(実際のところ、アタシ自身、あの記憶が正夢だと完全に信じているわけだし、ドヴィーたちに信じろって方が無理か)
アタシが夢で見た三人が実在すると証明する方法さえあれば、なんとかなりそうだが。
もしくはドヴィーやロコ本人しか知らないようなことをアタシが言い当てるとか。
(…ダメだ)
夢の中でもずっと引きこもってたから、ドヴィーたちが何をしていたかまったくわからない。
アタシの知っていることと言えば、ド軍の襲撃くらい。
しかし、それを確認できるのは明日の夜。
それでは遅すぎる。
その時には、ドヴィーたちはもう城にはいない。
(でも、ド軍ってなんで東門から…)
あっ!
「ミラ!地図ちょーだい!魔王国周辺だけのやつ!」
ミラは不思議そうな顔をしながらも、机の上に地図を広げた。
ド王国は魔王城の北方向に位置していて、その間にはフシミオース平原が広がっている。
農業にも適さない何もない平原だが、これが二国間の国境でもある。
「ねぇ、ミラ。もしド軍が攻めてくるとしたら、どのルートで来ると思う?」
「…ド軍ですか?」
ミラは一瞬驚いたものの、真顔のアタシを見て、何も聞かずに説明を始めた。
「…まず考えられるのが、フシミオース平原の街道を進むルートです。これが最短のルートですね。歩兵ならば十日で魔王城北門に到達するかと思われます」
そう、最短ルートでも十日はかかるのだ。
つまり、もし攻めてくるのであれば、王国軍はすでに行軍中のはず。
それをドヴィーたちに見せてやれば、アタシの言うことを信じてくれるはずだ。
だが問題なのは、ド軍が取りうるルートは他にもあるということ。
「でも、このルートだと平原の真ん中を突っ切ることになるわね。それだと、アタシたちにバレてしまうことになるわ」
「おっしゃる通りです。この魔王城は高い山の上に立つ山城。フシミオース平原を一望できる高さにあるため、ド軍が平原を通ればこちらからは丸見えになります」
実際、アタシの部屋のバルコニーからもフシミオース平原を見渡すことができるが、行商らしき人々や馬車がいくつか見えているだけだ。
「じゃあ、バレずに魔王城を奇襲できるルートは…」
「東門ですね。東門はヤドの大森林につながっています。ド軍が大森林を行軍してきても、背の高い木々が邪魔をしてこちらからは見えません。それに大森林は東門のすぐ近くまで広がっています。ド軍が魔王城を奇襲するのには最適のルートと言えるでしょう」
「でも、よね?」
「はい、ヤドの大森林には老龍の内の一頭、巨蛇ディアボロチがいます」
「ド軍がディアボロチを倒すという可能性は?」
「不可能かと…ディアボロチはあらゆる物理攻撃や魔法攻撃をはじくオリハルコンの鱗に守られています。これまで名のある冒険者や討伐軍が挑みましたが、傷すらつけることなく全滅しました」
「じゃあ、夜の間にこっそり抜けるとか」
「それも難しいかと。…少しお待ちください。」
そういって、ミラは本棚から図鑑を取り出す。
「ヘビの中には、暗闇でも体温で獲物を識別できるピット器官というものを持っている種がいます」
「ぴっときかん?」
「はい。この図のようにピット器官はヘビの頭部についているものなのですが、ディアボロチの場合、これが巨大な体全体についています」
「体全体に?」
「そうです。それも個々のピット器官の感度も普通のヘビの数百倍もあるらしいのです。おそらく、大森林全体をカバーしているかと」
「…じゃあ、こっそり抜けるのもムリか」
しかし、やつらは実際に抜けてきたのだ。
夢の中でアタシを呼びに来たアルは、”東門”に襲撃があったと言っていた。
つまり、王国軍は絶対不可能と考えられている大森林を抜けてきたということになる。
そして、アタシはその不可能を可能にした理由も知っている。
あらゆる攻撃を防げるはずの”業呪の鎧”を装備していたアタシを行動不能にした、あのポニーテール男の雷魔法だ。
あれなら、ディアボロチを行動不能にできたとしても、不思議ではない。
「ねぇ、もしド軍に大森林を抜けられる方法があったとして、明日の夜に東門を襲撃するとしたら、もう山道にいたりする?」
「…いえ、まだ大森林の中でしょうね。大森林を抜ければ、東門までは半日もかかりませんので」
(やっぱりかー山道にいるんならドヴィーに見せれたのにな)
森の中では探す方法はないだろう。
大森林はだだっ広い上に、そこに生えている木々も見上げるほどの高さがある。
その中からド軍を探すとなると、魔王軍を派兵してもかなりの時間を要するだろう。
そもそも、ディアボロチが本当に行動不能になっているかもわからないのだ。
ディアボロチが現れて全滅してしまいましたでは話にならない。
(うーむ困った。せっかく可能性が見えてきたと思ったのに…)
解決方法が見つかった気がしたのも束の間、再びフリダシに戻ってしまった。
(もう無理…)
ドスンッ!
疲れたアタシはベッドに倒れ込む。
横たわったアタシの視界。
部屋の奥に魔王装備が飾られている。
(やっぱり鎧も全然汚れてないわね…)
「…鎧の汚れ?」
(ん?なんか忘れてるような…)
「あぁぁ!」
急に発したアタシの叫び声で、ベッドから逃げていた豆蔵がさらにバルコニーまで後退する。
(ごめん!豆蔵、あとで、スリスリしてあげるから!)
…ではなくて、アイツらの体についていた泥だ。
あの三人は体中に泥がついていた。
ヤドの大森林の中にも小川くらいは流れているかもしれないが、せいぜい膝の高さくらいのはずだ。
(でもアイツらの泥は首近くまでついていた!それに苔っぽいのもついてたし)
体中に泥がつく可能性のある場所、そんな場所は一カ所しかない。
魔王城南側に広がる、”メルロー湿地帯”。
はじめは泥はカモフラージュのためにつけたのかと思っていが、
(アイツら、湿地帯を通ってきたんだわ!でもなんであんなところを…)
もう一度地図を確認する。
魔王城には北門、東門、西門があるが、南門はない。
その理由は城の南側が断崖絶壁になっていて、すぐ下にはメルロー湿地帯が広がっているからだ。
(もしかして、絶壁を登ってきたの?)
ありえる。
あいつらなら多分、可能だ。
泥まみれになっていたところからして、浮遊魔法は使えないのだろうが、アイツらなら登って来てたとしてもおかしくない。
それに、あいつらは南城下にいた。
よくよく考えればあんな所にいること自体おかしいのだ。
ド軍が攻めてきたのは東門だ。
東門と言っても、実際には北東の位置にある。
ということは、アイツらはわざわざ北東から侵入して、南側まで移動してから魔王城を目指したことになる。
アタシを殺すのが目的なら、そんな面倒なことをする必要はない。
たぶんアイツらはヤドの大森林でディアボロチを戦闘不能にした後、本軍と別れて城の南側から侵入したんではないだろうか。
(でもなんでそんなことを?一緒にド軍と攻め入れば…)
陽動か。
きっとそうだ。
おそらく東門から侵攻した本軍ははじめから陽動だったのだ。
アイツらを南側から侵入させ、魔王のアタシを殺させるための。
(それにしても、なんでアタシをそこまで狙ってるの?軍を陽動に使ってまで…)
まぁ、この辺りは今はわからなくていい。
アイツらが湿地帯を通ってきた可能性が高いことさえわかれば十分だ。
これでアイツらの移動ルートが絞れる。
もちろん、このあたりは賭けである。
まだ森の中にいるという可能性も十分あるのだ。
(そん時はそん時ね…)
今のところ、これ以上の選択肢は見つからないし、アイツらがいなければまた別の方法を考えればいいだけだ。
問題はどう探すかだが、軍の出動はたぶん無理だろう。
何の証拠もなしにアルや魔王軍の各部隊長を説得できるとは思えない。
(ドヴィーとロコの三人で探すしかないか…)
もちろん、あの二人が素直に湿地帯まで来てくれるとは思えないが、なんとか説得するしかないだろう。
(よし、決まりね!)
善は急げである。
ドヴィーたちがいつ城からいなくなるかも分からないのだから。
「ミラ!ちょっと出かけるから!鎧の装着をお願い!」
「…鎧ですか?どこに行かれるのですか?」
「ん?ちょっと出かけるだけよ!」
「…では私もご一緒します!」
「え…」
(なんでそうなるのよ!アンタが一緒に来たら意味ないじゃない!)
「ダメよ!アタシ一人で行くから!」
「なぜですか?理由を聞かせてください!」
仕方なく、自分で鎧をつけ始める。
「ちょっと城下に買い物に行くだけよ。一人で選びたい気分なの」
「嘘ですね」
(ぎくっ!)
「本当よ!なんでそんな嘘…」
「では、ド軍の進軍とは何なのですか?」
ぎぎくっ!
(そういうことか、確かにあんなことばっかり聞いてれば心配にもなるわ)
「ごめん!あとで説明するから!」
ガチッ
鎧の装着が完了するや否や、アタシは全速力で部屋を飛び出した。
「ヴァレンティーナ様!どこに行かれるのですか!お待ち…」
そのまま飛行能力で廊下を飛び抜ける。
ミラの叫び声が少しずつ遠のいていく。
(ごめんね、ミラ…)
アタシは急ぎドヴィーたちが待つ作戦会議室へと向かった。
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