第3話 あれ、死んでない?

「襲撃によるラインハウルの被害状況は…」

「っか、はぁはぁはぁっ!」


 自分の首を掴みながら激しく呼吸を繰り返す。


死ぬ!

死ぬ!

死ぬ!


「はぁはぁはぁ……へ?」


(あれ…死んでない?)


 斬られたハズの首を確かめる。


(首が…取れてない!?傷すらない!)


 状況が理解できずにパニックになる。

 アタシの首は確かに斬り落とされたはずだ。

 今の今まで地面を転がっていた感覚すら残っている。

 なのに、なぜか首が元に戻ってる。


(鎧の力で首が再生された?でも、そんなことってありえるの?)


 自分の身に何が起こったのか理解できず、状況確認に必死になっていたが、


(いやっ、それよりもっ!)


 先に確認すべき重要なことがあることに気づく。


(―あいつらは!?ミラはどこ!?)


 周囲を見渡すが、アイツらもミラもいない。

 それどころか、ここは魔王城の作戦会議室だ。

 アタシは南城下にいたはずなのに


(どうして、こんな所に…)


 左手には龍王ドヴィー、右手には獣王ロコが座っている。

 そして、アタシの右斜め後ろには、軍団長のアルが立って…


(―アル!)


 アルは無事だったようだ。


(良かった!)


「アル!城に攻めてきたド軍は!?あの三人はどうなったの!?」


 椅子から立ち上がり、アルに詰め寄る。


「…ん?」

「アナタが頼みに来たじゃない!?三人の別動隊よ!アタシ、止められなかったの!アイツら、まだ生きてるのよ!」

「…なんのことだ?」


(本当に覚えていないの?いや、そんなワケ…)


 忘れてしまったのだろうか。

 まさか、そんなわけがない。


「じゃあ、ド軍は!?もう撃退できたの!?」

「…はぁ…」


 アルからは返事の代わりにため息が返ってきた。


(これも覚えてないの?いやいや、他国が攻め入ってきたことを忘れるなんてありえないでしょ)


「本当に覚えてないの!?」

「だから、ド軍は城に攻めてきてなどいない!外を見て見ろ!」


 窓から外を見れば、城下は平和そのもので、沢山の人で賑わっている。


「…嘘」


 いくらド軍を撃退できたとしても、たった一日でこんなことになるのだろうか。


(というか、もう昼じゃない!アタシずっと寝てたの?)


 色々と理解が追い付かず、もう考えるのをやめたくなってくる。


(全然納得はいってないけど、とりあえずド軍のことは後で考えるとして)


「じゃあ、ミラはどこ?生きてるの?大丈夫なの!?」

「ミラならお前の部屋にいるだろ」

「本当!?…そっか、よかった」


 ド軍や三人についてはまだ分からないけど、とりあえず、ミラが無事でよかった。


(…本当によかった)


「う…う…、もしかしたら死んじゃったかもって…」


 安心したら、涙が溢れてきた。


「また寝ぼけているんですか?」


イラッ!


 振り返るなり、アタシはその声の主を睨む。

 龍王ドヴィーの見た目はヒト族に近いものの、頭に生えている二つの短い角が、彼が龍人族であることを示している。

 武道着のような白い法衣に身を包んでいるがこれは彼らの伝統衣装である。


「ドヴィー!よくもそんなことが言えたわね!アンタが城にいなかったせいで!アタシは…」

「―陛下!月一回の会議、これだけですよ!これが働きたくない陛下にお願いしている、”唯一”の仕事なんです。その会議すら居眠りしてもらっては困りますよ!ただでさえ、ド王国との交渉で忙しくなっているというのに…陛下が交渉に出ないせいで私がどれだけ…」

「―寝てないわよっ!アタシずっと戦ってたんだから!」

「は?」

「だから!アルに頼まれてド軍と戦ってたのよ!でも、殺されたの!そしたら、あいつらがいなくなってて、いきなりアンタたちが目の前に現れたのよ!」

「…はぁ」


 アタシが真剣に主張しているのにもかかわらず、ドヴィーは呆れた表情で眺めている。

 目はこれ以上にないぐらい細くなっている。

 もはや白目に近い。


「…それを夢と言うんですよ…」

『…はぁ…』


 ドヴィー、いや、全員のため息で会議室が満たされる。

 状況が理解できない上に、全員からバカにされてイライラしてくる。


「ロコ!」

「っひ!」


 いきなり怒鳴られて、借りてきた借り猫のように固まってるロコはこれでも一応は獣王だ。

 タテガミやシルエットはライオンそのものだが、ユキヒョウのような白と黒のまだら模様の体毛が彼がガオウ族であることを示している。

 彼の横に立てかけられている巨大なハルバードとそれに見合うだけの巨大な体躯を見れば、誰もが恐れおののくであろうことは想像に難しくないが、実際にはロコはいつも他者に怯えている。


(まぁ、アタシとはちょっと違うタイプのコミュ障かな)


 あとすごく猫背だ。


(それは、まぁいいか。ネコ科だし)


「アンタ、なに一緒になってため息ついてんのよ!ため息つくネコがどこにいんのよ!」

「…ゴメンよ…でも、オイラはネコじゃ…」

「―それより、今までどこ行ってたのよ!猫だって帰ってきたらちゃんと飼い主に尻尾ひっつけてくるもんよ!」

「…オ、オイラはずっと城にいたよ…」


(こいつっ!アタシはアンタが自分の国に帰ったことを知ってんのよ!)


「へーそうなの?…あんた、本当は獣王国に逃げてたんでしょ?ねぇ、アル?」

「…おい。何のことだ?俺は知らんぞ」

「…えぇ!?アタシに言ってたじゃない!もしかして、これも…」


 アルの呆れた表情を見て、これ以上聞く気が失せた。


(なにがどうなってるの?もしかして、アタシ、本当に寝てたの?)


 ここまでくると、自分の記憶に自信が持てなくなってくる。


「いいわ!ミラに聞いてくる!ここで待ってて!」

「…ヴァレ、オイラは猫じゃなくて…」


 ロコを無視して作戦会議室を飛び出し、廊下を走る。


(なんなのよっ!)


 ちょっと感情的になり過ぎているのは自分でもわかる。

 でも、こっちはアイツらが城にいなかった間に死にかけたのだ。

 大事な時に城にいなかったことは100万歩譲って仕方ないとしても、それをまったく覚えていないというのはいったいどういうことなんだろうか。

 

(こっちはあのムカつくポニーテール男に首を斬り飛ばされた上に、ムカつく捨て台詞まで吐かれて!)


 思い出したら、ムカムカしてきた。

 

(なにが、じゃーな!ザコ女♪、よっ!あのポニーテール引き延ばして、音符みたいにしてやろうか!)


 廊下にはアタシの足音だけダンダンと響いている。

 窓から差し込む日の光が目にチラつく。

 こういうときは太陽までもが鬱陶しく思えてくる。


(もうあんなに日が昇ってる…)


 ド軍の襲撃は夜だった。

 半日も経ってる感じがまったくしない。

 ついさっきまで戦ってた感覚がまだある。


「はぁはぁはぁ…」


 鎧を付けていないせいで、すぐに息が上がってしまった。


(そういえば、走るのなんて久しぶりだわ。ずっとベッドの上だったから…)


 仕方なく、トボトボと廊下を歩く。


(それにしても…初めての敗北ね…)


 廊下を歩いているうちに、怒りよりも負けたことへの悔しさが大きくなってきた。

 別に強さに自信があったわけではない。

 実際、アタシが強いのではなく、魔王装備がすごいだけだ。

 なのに、アタシの唯一の取り柄がなくなった感じがする。

 自分の価値がなくなるような。

 

(弱い魔王なんて、存在価値ないし…)



(あーもう!ウジウジしたって仕方ない!今はミラよ!)


 アルは部屋にいるとは言っていたが、無事だとは言ってない。

 大怪我をしてるかもしれないのだ。

 だから、早くミラに会って安心したい。

 彼女が専属メイドだからとかではなく、


(アタシの唯一の友達だし…ミラはどう思ってるか知らないけど…)


 ミラの安否を早く確かめたくなったアタシは再び走りだした。


◇ ◇ ◇ ◇


 ようやく自分の部屋の前に到着した。

 いつもは感じることのない重さを扉に感じる。


(無事でいてね。ミラ…)


「お帰りなさいませ。ヴァレンティーナ様」


 そこにはいつものミラがいた。


「よかった!ほんとに…アナタなしじゃ、アタシ、生きていけないもの…」


 感情を抑えきれなくなったアタシはミラの手を両手で握りしめる。


「きゃっ!」


 驚いたミラがアタシの手を払いのける。


「ご、ごめん…」

「いえ、失礼しました。驚いてしまって…」


(いきなり手を握られたら、誰だってビックリするわよね)


 よく考えたら、ミラの体に触れるのは初めてだった。

 真っ白のミラの顔が赤く染まる。


(怒らせちゃったのかな…)


 気まずくなったアタシはいつもの定位置、ベッドに向かう。


(あっ!豆蔵!)


 言うなり、アタシはベッドの上で横になっている豆蔵に飛びつく。

 

 「キャンッ!」


 この豆蔵はわざわざド王国の王都まで行って買ってきたヒト族の犬だ。

 ド王国では「シバシバ」と呼ばれている犬種らしい。

 

(まぁ買ってきたのはミラだけど)


 なんでわざわざヒト族の街にまで買いに行ったかと言えば、魔族の犬が可愛くないからだ。

 

(顔が三つあったりするし…目もなんかも…、まぁいいや。その点、この豆蔵はモフモフの毛並みとつぶらな瞳の可愛いらしいやつなのだ)

 

 飛びつくなり、自分の頬を豆蔵に擦り付ける。

 豆蔵は必死に逃げようとする。


(3、2、1、よし!)


 豆蔵はアタシが抱き着くのをいつも嫌がる。

 だから抱き着くのは三秒だけと決めているのだ。


(優しすぎだろって?いやーそれほどでも)


 ちなみにヒト族の犬を飼うことは本の場合と同様、魔王国では違法である。

 はじめにミラに頼んで買ってきてもらった時はドヴィーに酷く怒られた。

 それでも、「部屋から出さない」、「散歩は夜に中庭で」という条件付きでなんとか許可をもらった。

 はじめは怒っていたドヴィーも、今では豆蔵を溺愛していて、ド王国に行く時はドッグフードを買ってきてくれる。

 ドヴィー曰く、「陛下の被害者同盟」だそうだ。


「うぅぅぅん!」


 思いっきり伸びをする。

 豆蔵に癒されて、少し気分がよくなった。


(まぁ、いいや。ミラは無事だったし)


 まだ分からないことだらけだが、とりあえず、現状はそれほど悪いわけではない。

 自分を含め、誰も死ななかったわけだし、魔王城も平和だ。

 ようやく気持ちが前向きになってきた、と同時にロコにキツく当たったことが少し申し訳なくなってくる。


(よし、後でロコに謝ろう)

 

 多分、ロコが城にいなかったのにも何か理由があったんだろう。

 彼をネコ、ネコと呼んだことも反省すべきだ。


(獅子はネコ科だけどネコじゃないしね。これからはちゃんとネコ科って呼ぼう)


「ヴァレンティーナ様…」


 いつの間にか、ミラがお茶を用意してくれていた。


「ミラ、ありがと!ちょうど、喉が渇いてたところなのよね…」


(さっきまで喉から血を垂れ流していたアタシが、喉が渇くってのも変だけど)


「ヴァレンティーナ様、ところで先程の”アナタ無しじゃ生きていけない”というのは…」


 顔を赤らめながら、ミラが足をモジモジさせている。


(ん?どうしたんだろう?まだ怒ってる?それともまだ傷が痛む…あっ!)


「そういえばミラ、怪我はどうなの?ちゃんと魔法で修復したの?」


(確か右腕だっけ?)


「えっ、ない!」


 治癒魔法で修復していたとしても、一日で痕がなくなるなんてことはありえない。

 手でスリスリしても、そこにはスベスベの白い肌があるだけだ。


(左腕だっけ?)


 しかし、左腕にも傷はない。

 スリスリしても、やはりスベスベの白い肌があるだけだ。


「ヴァ、ヴァレンティーナ様!さっきから、なんなのですかっ!」


 ミラの手を握っていたアタシの手が再び振り払われる。

 アタシを睨むミラ。

 

(やばっ!また怒らせちゃった!)


「ごめんごめん、怪我は大丈夫かなーって」

「…怪我?なんのことです?」


 ドヴィーたちとおんなじ反応に少し焦る。


「昨日の夜、一緒に戦ったでしょ?ミラが火傷してたから心配して…」

「…」


 何を言ってるんだコイツ的な表情のミラ。


(まさか、ドヴィーやロコのやつ、ミラまで巻き込んで城に居なかったことをうやむやにするつもりじゃ…)


 いや、ロコはともかく、ドヴィーがそんなことをするとは思えない。


(もう、ワケがわからない。なんで誰も覚えてないの?危うく死にかけたのに…「ヴァニアとジュミオ」の最終巻ももう読めないものかと…)


「…あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」


 アタシの絶叫に驚いて、豆蔵がベッドから飛び降りる。


(今日が「ヴァニアとジュミオ」の発売日ってことをすっかり忘れてた!)


「ミラ!本はどこ!?」

「何の本ですか?」

「もう、意地悪しないでよ!毎回、本を買いに行かせてるのは悪いって思ってるわよ」

「…?この数日は本を買っていませんが?」

「ぬわんですってぇぇ!今日は「ヴァニアとジュミオ」の発売日でしょ!?忘れてたの!?」

「発売日は28日です。今日はまだ26日ですよ」

「いやいやいやいや、アタシは今日をどれだけ待ち続けてきたか!見て、こうやってカレンダーに毎日印を付けて、26日にだってちゃんと印が……」


(…ない…印がない…)


 おかしい。

 アタシは毎朝、この印をつけるのを楽しみにしていたのだ。

 当然、26日には印をつけたし、昨日の朝なんて、手を震わせながら27日に印をつけたものだ。


(…なのに!なのに、自分で書いたはずの印がない!)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る